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「ここにいる連中はヤクザのなり損ないみたいな、奴らです。世界が壊れてしまってから、徒党を組んで荒らして回って……。ここに来たのは、保管してある刀剣が目的で……。貴重な物が、……たくさんダメにされて」
酒井はこの博物館の関係者だったのか、涙を溜めながらそう話した。
ハルカや花音が心配そうな顔を向けているのに気づくと、慌てて目を擦り誤魔化すような笑顔を浮かべる。
「ごめんなさい、私の父がこの博物館の館長だったもので……小さい頃からよく来ていたし、話も聞かされていたので、つい。私、ここに勤めていたんです」
そう言う酒井にハルカは花音と顔を見合わせて、たずねた。
「そんな人がどうして、偽警官の手伝いなんか?」
ハルカが聞くと、酒井は自嘲するような顔をして目を逸らした。
「どう思われても構いませんが……私は父や先人達が大切に保管してきた刀が、あんな奴らに触られるのが……それを使って人を傷つけるのがどうしても耐えられなかったんです。私がなんとかここに辿り着いた時、奴らは入り口を破って中に入ろうとしていました。私は鍵を持ってましたので、裏口から入り、貴重な刀剣を隠したんです」
「じゃあ、無事なんですか?」
花音が少し嬉しそうに言った。ショーケースや保管してあった所のガラスが破られていたのを、悲しそうに見ていたので、酒井が隠していると聞いて嬉しくなったようだ。
ただ、喜色を見せた花音を見て、酒井が足を止めて、その顔が曇るのがわかった。
「……あなた方も刀剣を求めてここに?」
酒井が警戒したのを見て、慌てて否定する。
「あ、違うんです!どっちかと言えば、私は警官のフリをしているのが許せなくて……」
ハルカがそう言ったが、酒井はまだ疑いの眼差しを向けている。
「私も酒井さんと同じようなものです。私は両親が警官なんです。今は離れて暮らしてますけど。警官の姿で安心させて悪い事をしているのなら許せないと思って……彼女以外にも仲間がいるんですけど、わがままを言って来てしまったんです」
照れたような顔をしてそう言ったハルカを見て、ようやく酒井は警戒を解いた。
「ああ、なるほど……だから警官達が偽物だと言っても驚かなかったんですね?簡単にわかったんですか?」
酒井が納得したように頷いて、そう聞くとハルカもうなずく。
「そうですね。着こなしや……階級も間違ってましたし」
「やっばり分かるもんなんですね?」
そう言って初めて酒井は笑顔を見せた。
それから酒井は二人を先導して、二階に上がる階段の所で止まった。
「……この先は事務所や倉庫など、ここで働いている人しか入れないスペースです。そこに偽警官達の残りがいます。……私は玄関に若い女の子が来ているから連れてこいと言われて来ました。その……逃げませんか?今なら奴らの目はありませんし、その、妹さんのためにも……」
話をして、ハルカ達が悪人でないとわかったからか、酒井は心配そうに言った。このまま行けば悪い事になると言って……
「ありがとうございます。でも心配無用です。偽物の警官なんかに負けませんし、私も刀を扱う身として、由緒ある刀が雑に扱われるのは見てられませんし……」
そう言いながらハルカは上着を脱いだ。その背中には外から見えないように刀が結びつけられていた。
「え、あなたは……」
ハルカが紐を解いて刀を持つのを見て、酒井は目を丸くさせていた。ハルカの隣では花音も小振りの刀を握っている。
「これまで話した事に嘘はないですよ?それに加えて、私達は四国に作られた都市から来ました。そこで守備隊という部隊に所属しています。」
刀を帯びながらニコリと笑うハルカに、酒井は驚きを隠せないでいる。
そして、我に帰ると急に周りを見て、誰もいない事を確認してから、声をひそめて言った。
「ここにいる連中は、外の化け物をこの中に連れ込んでます。危険ですよ!詳しくは知りませんけど、その化け物は奴らの言う事を聞くんです!」
「感染者を?ここも感染者の研究を?」
酒井の言葉に警戒を表したハルカはそう聞いた。
「研究?よくわかりませんが……ここにいる奴らはそんな事はしてないと……ただ、外にいる大きいグループと取引していたみたいです。友愛の会って名前のグループなんですけど……」
友愛の会の名前を聞いて、ハルカは思わず眉をひそめた。
「ここでも友愛の会か……何がしたいんだろう」
酒井の話によると、協力関係にあったようだ。
「喰代博士にも見てもらったほうがいいわね。宿儺もそうだし、ここにいる感染者は人の言う事を聞くらしいし……思ったより研究が進んでるのかもしれない」
ハルカが言うと、花音も神妙な顔つきで頷いた。宿儺の件もあるし情報は少しでもほしい。
「酒井さん、ここには何人くらいいますか?一般の人はのぞいて」
ハルカがそう聞くと、酒井は俯いて答えた。
「さっき言ったヤクザ崩れみたいな連中が三十人くらいです。一般人は……いません」
「いない?」
その答えはハルカにとって意外だった。入り口に警官の制服を着た者が立っているから、知らない人は助けを求めてくるだろうと、思っていたからだ。
「そうですね……確かに助けを求めてたくさんの人が来ました。奴らは、そんな人達を受け入れて、物資だけ奪って……」
「なるほど、容赦はいらないみたいね。行こっか?花音ちゃん」
ちょっとそこまでと言うような言い方でハルカが言うので、酒井も止めるタイミングを見失ってしまった。
花音と二人でさっさと階段を登り始めたハルカを、ただ茫然と見ていた。
「てめぇ!なにもんぐぁ……」
「ちょ、ちょっと待ってくだしゃ!」
一般人がいないと聞いて、遠慮は投げ捨てている。まして、人を守るべき警官の姿で偽って、助けを求めて来た人を害するような奴らをハルカは許せなかった。
「うわっ!おまっ」
鉢合わせした男が驚いた顔のまま倒れた。
遠慮はしないが、殺しはしていない。今後まともに体が動くかどうかまでは保証しかねるが、さすがに花音と一緒にいて、命を奪う事は躊躇われたし、そうしてしまうと彼らと同じレベルになるようで嫌だった。
二階は酒井が言うように、事務室や倉庫という客が入らないスペースだからか、殺風景な造りになっている。まっすぐ伸びた廊下の両側にドアが並んでいて、片っ端から開けて行っている。
気配を窺うなんて事もしない。無造作に開けて、誰かいれば問答無用で昏倒させている。
「手応えないわねぇ。弱い相手としかやり合わないのね、きっと」
峰打ちとはいえ、急所に一撃入れるだけで意識は刈り取る事ができる。
構えも動きも拙い相手ばかりだったので、どんどん進んでいたのだが、一つの部屋を開けた所でハルカの動きが止まった。
「?」
訝しんだ花音がハルカの後ろから部屋の中を覗こうとするのを、ハルカが慌てて止めた。
「……ここは!見ないほうがいいよ、うん。次に行こ?」
「……ハルカお姉さん。私も覚悟をして皆さんと一緒にいます。気を遣ってくれるのは嬉しいですけど」
隠されて、不満そうな顔をする花音をジッと見たハルカは、部屋の中を見せる事はしなかったが、中に何があったかだけは伝えた。
それを聞いた花音は息を呑んだ。
中には、おそらく助けを求めてここにきたであろう人たちの、荷物の残骸があった。
無造作に開けて中身だけを取って、投げ捨てた。そんな感じのバッグやリュックなどが山積みにされていた。その中には小学生が使うランドセルなんかもあった……
「ここ……潰します」
静かに花音が言う。全くの同感だったハルカは、ここに入ったばかりの時に、指で叩いてモールス信号で様子を伝えたきり、電源切っていたインカムを耳につける。
そして、外で待つ仲間に伝えた。
「今から博物館の中で大騒ぎが起きるから、その隙に入って来て。一般人は一人だけ、警官の格好をした人は偽物だから。」
そう言って、酒井の背格好を伝えた。
インカムの向こうで焦った声が聞こえていたが、耳に入らない程度には怒っていた。
「行こっか?花音ちゃん」
二階に登ってくる前にも言ったセリフを再び口にするハルカ。ただ、その口調はさっきと比べものにならないくらい重いものだった。




