11-3
「こんにちは……警察の方ですか?」
ハルカは花音と共に、気づかれないように刀剣博物館に近づいた。
そしてある程度まで近づくと、花音の手を引いた姉妹みたいな雰囲気を出しながら、博物館の入り口に立つ警察官に声をかけた。
突然の事で、ビクッとして慌ててハルカ達にライフルを向けてくるが、ハルカの目は整備もろくにした形跡もなく、油と錆で汚れているライフルのセーフティがかかっている事を一瞬で確認した。
「な、なんか……なにか用ですか?」
驚いた警官達はしばらく声も出せないでいたが、ハルカと花音を頭のてっぺんからつま先までしっかりと見た後、そう答えた。
心なしかもう一人の警官の頬が緩んでいるようにも見える。
「いえ……その。私達は姉妹で……親も離れ離れになって、なんとかここまで逃げてきたんですけど、警察官の方がいらっしゃるのが見えて、思わずきてしまったんです。その……」
そこまで言うと、そこから先を言いにくそうにしているように見せる。
「もしかして避難先を探してるんですか?」
それまで後ろで様子を見ていた方の警官がそう言いながらハルカの前に立つ。そして、ジロジロと無遠慮にハルカや花音の体を見る。
「武器は持ってないんですか?」
明らかに違う所まで見ていた警官は、緩む頬を隠しきれない様子でそう聞いてくる。
引っぱたきたいのを、作り笑顔の下になんとか隠したハルカは、視線を地面に落とす。
ニヤニヤしている警官の顔を見たくないためだが、警官から見たら怖がっているようにも見えていた。
「ここに来るまでに無くしてしまって……」
なんとかハルカがそう答えると、警官は何度か頷いて鷹揚に言った。
「それならば安心してくれていい。私は山田巡査部長。そっちは鈴木巡査長だ。ここは安全だからね。一応聞くけど、本当に武器は持っていないんだね?ここのルールでね、外に出る時以外は武器は持てないんだ」
「はい、持ってないです」
ハルカがそう言うと、ハルカの手を握っている花音も怯えた様子で頷く。
「そうか、君たちは運がいいよ。生きてここに辿り着けたんだから。中に入って……そこの入場券を買う所があるだろう?そこの椅子に座って待ってるがいい。案内がくるから」
警官の男がそう言うと、ハルカは深く頭を下げた。
「ありがとうございます。なんてお礼を言えばいいか……」
頭を下げているハルカを見下ろして、警官の男達は顔を見合わせてニヤァっと笑う。
そして顔を取り繕うと、ハルカ達を博物館の入り口の所にまで案内した。
「……あいつらも通信手段を持ってるわね。何も通信はしてなかったと思うけど……インカムかしら?」
博物館に入り、指示された椅子に座って周りに人気がない事を確認すると、ハルカはいつもの口調に戻りながら、左の袖口をいじっている。
「耳にも何もつけてませんでしたね……あと、ハルカお姉さん気づきました?さっきの男のおでこ」
花音は気味が悪い物を見たような顔になっていた。声をひそめてハルカが聞き返す。
「おでこ?おでこが……」
しかしハルカの言葉はそこで止まる。こっちに近づく気配を捉えたからだ。
そして指で静かに、と花音に合図すると再び、ここまで命からがら逃げてきた少女の顔になった。
少し離れた場所で待機している残りのメンバーはハルカ達が建物の中に案内される様子を見ていた。
「どうしたんでしょうかハルカさん」
少し心配そうにアスカがポツリと言うと、それにスバルが答えた。
「ああ、あいつ昔から警察官に憧れてたっていうか……両親二人とも警察関係に勤めてたらしいんだけど、尊敬してたみたいでさ。だからか、警官に対して理想が高いって言うか……不祥事とかを許せないっていうか……」
「ハルカくん、あいつらが偽物だって言ってたね。つまり警官と偽る彼らが許せないという感じなのかな?」
喰代博士がそう言うと、スバルは少し考えて頷いた。
「たぶん。それだけではないと思うけど……」
そう言いかけたところで、アスカが耳を押さえた。そして、静かにするようにジェスチャーで周りに伝える。
そばに置いてあったメモに何かしら書き殴ると、しばらくそれを見て顔を上げた。
「ハルカさん達、博物館の中に潜入成功したそうです。そしてやはり警官は偽物だったそうです」
「え?もしかしてインカムからコトコト聞こえてたのって……」
アスカはびっくりしているスバルに微笑むと言った。
「モールス信号です」
一方、博物館の中に入ったハルカ達は館内を歩いていた。
「ハルカお姉さん、殺気が漏れてますよ」
声をひそめて隣を歩く花音が言うと、ハルカはハッとして苦笑いになる。
入り口で言われた通り待っていると、案内と言ってやってきたのは寡黙な女性だった。一見するとハルカより少し年上ぐらいの顔立ちの整った美人なのだが、一切の感情を感じない。まるで人形のような女性に案内されて移動を始めるとすぐにハルカから苛立ちを感じた。
展示スペースなのだろう。今でこそ色んな物が雑然と積んであるが、広い空間で壁にはガラスを隔てて展示物を置いておくスペースがある。
ただ……そこに展示されていたものは何も残っていない。
ガラスは割られ中は荒らされている。
中には刀だけ取ったのか、一緒に展示してあった鍔や鐺などが割れたガラスの向こうに乱雑に散らばっている。
近くにはハルカも聞いた事があるような、由緒のある刀の名前があり、散らばった刀の小物が無念そうに見えた。
ハルカも刀を扱う者として、それなりの心得を祖父から仕込まれている。
刀は世界的に見ても切れ味が鋭く、その細さの割には腰があって強い刃物だ。ただそれなりに扱いに気を使う必要があるし手入れも必要だ。
展示されていた刀は数100年の歴史を、その美しい姿を保ったまま生き抜いてきた物なのだ。
それが乱雑に扱われたと考えると腹の底から重い感情が湧き起こってくる。
花音はハルカの後ろを歩きながら、またハルカが殺気を撒き散らし始めたのを感じて苦笑いして、もう言うのをやめた。
花音は刀という物にあまり思い入れはない。元々興味があったわけでもないし、No.4に来てからも訓練するようになるまでは触った事もなかったくらいだ。
「……刀がお好きなのですか?」
その時、案内していた女性が初めて声を出した。そう言えば展示スペースに入って、ハルカが刀が置いてあった場所を気にしだしてから歩く速度を自然に落としてくれていた。
「えっ?あ、はい。その……祖父が詳しくて、私も小さい頃から色々聞かされていたので」
ハルカも急に女性が話したことに驚いている様子だったが、なんとか取り繕うようにそう言った。
「そうなのですね……。ではお祖父様もここを見たらさぞかし嘆かれるでしょう。ここにあった刀達は、心得も気概も持ち合わせていない輩に使われて、刃が欠けたり折れ曲がったり……」
そう言うとそれまで一切の感情を見せなかった女性に初めて悲しみという感情が見え隠れしだした。
「あの……あなたも?」
そっと聞いたハルカに、女性は力無く微笑んだ。
「私は酒井といいます。この博物館で働いていた者です」
酒井と名乗った女性はかすかに会釈する。そしてゆっくりと歩きながら、ハルカ達を案内するていをしながら声をひそめる。
「あなた達がどうしてここに来たのか知りませんが、一刻も早く出た方がいいです、ここにいる連中は警察官なんかじゃありません」
そう言うと、酒井は周りを気にしながら、ここの事を話し出した。




