11-2
「よかったの?花音ちゃん」
宿儺が破壊しながら通った道を黙々とと歩いていると、突然ハルカから声がかかった。
「え?よかったのって……?」
花音が小さく首を傾げると、ハルカは優しい目をして花音を見て言う。
「カナタ達の方に行かなくてよかったのかって事。美鈴ちゃん達の事は任せてくれてもよかったんだよ?」
ハルカの言っている意味がわかり、花音の頬にさっと朱が差す。
ただ花音はそれほど悩む事なく首を振った。
「カナタさんと一緒に行きたかった……ですけど。美鈴ちゃんも絢香ちゃんもお友達ですから。一緒にいた時間は短かったですけど……なんていうか」
花音が言い淀んでいると、ハルカは花音の背を優しく撫でる。
「ごめんね、花音ちゃん。余計な事言っちゃった。花音ちゃんの言う事、私わかるな。人との付き合いって、そりゃ共有した時間の長いほど親密になるけど、それだけじゃないもんね?逆に長く一緒にいて嫌になる人もいるし、ほんの少ししか一緒にいないのに、昔から知ってるみたいな気になる人もいるしね?」
ハルカがそう言うと、花音も頷いた。
「その……ハルカお姉さんこそ、よかったんですか?……カナタさんと離れて……」
少し探るような目で見る花音にハルカは苦笑いになる。
「私はね。ここの部隊は指揮を取れる人が少ないから必然的に別々になりやすいし……カナタは一緒にいても気にしてこないからね?」
少々不満げにハルカがそう言うと、花音は乾いた笑いが浮かんでいた。
まだ経験が浅く、男女の機微など理解できていない花音だが、カナタが向けられる好意に対してとても鈍感なのはわかった。
そもそも恋愛体質じゃないのか、自己評価が低くて自分なんかと思うのか。
そこそこダイレクトに好意をぶつけられても、それを受け取るどころか見えてもいない様子なのだ。
「昔からだけどね……。なんか興味がある事に対しては貪欲なのに。それにね?隊長なんかになっちゃうと、自分の事よりみんなのことかを気にしちゃうんだよ。カナタは特にそれが強いもん」
少し寂しそうな目になり、そう言うハルカは地面に転がっていた石を蹴る。
「だから……うん、そっか!花音ちゃん、こっちに来て正解だったかも!」
クルッと花音の方を向くと、笑顔に戻ったハルカは優しく花音の両肩に手を置いた。
「あいつは近くにいると安心して、気にしなくなるから離れて花音ちゃんは大丈夫かな?って思わせといたほうがよっぽど意識するわ。二人でせいぜい心配させちゃいましょうか?」
変わらない優しい顔でハルカからそう言われ、花音はたまらなくなって、俯いた。
どう考えても、自分は邪魔者なはずなのに……後から来て、歳の差もあって……馬をかき乱しているだけと言われても仕方ないと思う。それなのに目の前の姉のような人は一緒に頑張ろうと言ってくれる。
いろいろ敵わないなぁ。心の中でつぶやいて顔を上げた時には花音も笑顔になっている。恋愛ドラマみたいにここで泣き出すほど弱くはないつもりだ。
そんなんじゃ生きていけないし、カナタについて行くなんて無理な話なのだ。
だから笑ってハルカに頷いてみせる。「二人でやきもきさせちゃいましょう!」。そう言って、ハルカが笑って前を向いた隙に目の端の水気を拭うだけだ。
先頭を歩くハルカが握った手をさっと上げた。
「止まれ」の合図。全員がその場に止まって辺りを警戒する。
ハルカは宿儺が破壊した家の壁に身を隠して、その先を窺っている。
そっと近づくと、ハルカと目が合って先を見るように手振りで合図された。
ハルカと同じように壁に背中をつけて、壊された家の外壁から少しだけ顔を出す。
元は和室だったのか、畳は無惨にめくれ上がり真ん中から真っ二つになっている物もある。廊下を挟んで台所らしきスペースがあり、その先におそらくハルカが警戒している理由があった。
「……警察?」
いわゆるお巡りさんの制服を着た男が二人立っていた。手には警察に似つかわしくないライフルを持って付近に注意を払っているように見える。
そっとハルカに肩を引っ張られる。人差し指を立てて自分の口の前に立てて、親指で少し戻ったところにある、物置を指した。
物置は人がたくさん乗っても大丈夫な事をウリにしているメーカーの物で軽自動車なら車庫でも使えそうなくらいのサイズがある。
正面のシャッターは降りているが、側面にあるドアが開いていた。
「アスカちゃん、あの建物は?」
全員が中に入り、扉を閉めたところでようやくハルカは声を出した。長距離を移動しそうだったので、戦闘能力の高い順に身軽に動けるように荷物は少量持っているだけだ。
その分バックアップや戦えない者が荷物を多く持つ。近くにあった書店から、なるべく詳細な道路地図を二冊拝借して、カナタ達のグループと一冊ずつ持っている。
それにほんの少し空気が弛緩したのを感じつつ、アスカが荷物から出した地図をみんなで見る。
「えーと……」
進んできた道路を指でなぞりながらアスカが地図を見ていると、その指が途中で止まる。
そこには備前長船刀剣博物館と書いてあった。
「ああ、博物館ですね。船用の刀?なんですかね。その博物館みたいですよ」
そう言ったアスカにハルカはクスッと笑った。
「それは船刀じゃないわ。備前長船っていう昔の刀匠の名前よ。」
「あっ……」
ハルカの言葉にアスカは恥ずかしそうにしていた。そう言われれば聞いた事があるような気もする。
「じゃあ、あそこにいけば刀が置いてあるって事が?」
スバルが期待した声を出すがハルカは首を振った。
「それはどうかしら。あそこを占拠している人たちがいるみたいだし……もうとっくに使ってるんじゃないかしら?……鎌倉時代くらいの刀匠だったと思うけど、そんな昔からある価値のある刀なんだけどね」
刀剣博物館を占拠しているのがどういう人間かわからないが、背に腹は変えられない。武器として使えるのだから使っているだろう。
刀を身に帯びる者として、歴史ある名工が打った刀を素人が振り回す事になんとも言い難い寂しさが胸にあるし、自分ならとても使えないが、興味がなければ抵抗もないだろう。
「で?その刀剣博物館がどうかしたのか?」
スバルが本題に切り込んでくる。宿儺の通り道は刀剣博物館をわずかに逸れていた。ギリギリ駐車場を横断したようで建物は無事に見えた。
誰が占拠していても、無理に関わる必要はないはずだ。
スバルの問いにハルカが眉を寄せて、視線を下げる。
「ごめん、ちょっと気になることがあるのよ。少しだけ寄り道してもいいかな?」
周りを見ながらハルカがそう言うと、アスカと由良は最初から従う姿勢だし、花音もハルカが言うならといった感じだ。
スバルと喰代博士はその理由が聞きたいという顔だ。
ハルカは二人を交互に見て、もしかしたら何も問題ないかもしれないけど……と、前置きして言った。
「刀剣博物館の入り口で警備していたでしょ?警官が二人。あの警官……偽物かもしれない。」
ハルカの言葉に全員の目が少しずつ丸くなっていった。




