10-2
自分を仲間として、一人の隊員として扱ってくれる事に花音は心の底から感動の様なものが湧き上がってくるのを感じた。
隊員としては未熟もいいところ……周りと比べて、動きもお世辞にも機敏とは言い難い。
それでも自分のわがままを聞いてくれて、一人前として扱ってくれるカナタに花音は深く感謝した。
共にいた時間こそ短いが、苦楽を共にすれば時間は関係ない。気心を知るには時間ではなく濃度だ。
実際、花音は平和だった頃の友人よりも美鈴や絢香と深い繋がりを感じていた。
その二人がここで暮らしていたと考えれば感慨深いものがあるし、ここで実験を受けていたと考えれば地上から消し去ってしまいたいくらい憎くもある。
「ともかく一般の人を間違えて攻撃する危険性がなくなっただけ、動きやすくなります。なるべく動かない様にしてください。ここからは少し派手になります」
カナタの言葉に不安そうにしながらも二宮は頷いた。
周りを見ても反論はない。みんな一様に怯えた表情で二宮よりも前に出てこようとはしない。
友愛の連中との折衝も二宮が行っていたのだろう。
六十歳を少し過ぎたくらいだろうか、乱れた髪型はそのほとんどを白髪が覆い尽くしている。疲れた表情からも苦労が偲ばれる姿だ。
小さな会社の気のいい社長といった風体の二宮は心配そうに花音を見ているが、花音はそんな二宮に安心させる様に微笑み返した。
「あの……美鈴ちゃんや絢香ちゃん。ここにいたんですよね?」
二人の名前を出すと、二宮はハッとした後苦いものを噛み砕いた様な顔になった。
「うん、ここにいた。美鈴ちゃんだったかな?彼女が特に奴らに目をつけられて、いつも絢香ちゃんが心配していた。ここから連れて行かれた人で帰って来たのは美鈴ちゃんだけだったんだ。いつも二人で寄り添って……仲のいい姉妹だった。彼女達には……助かって、欲しかった」
そう言うと二宮は俯き、何滴かの滴を地面に落とす。
「私が助けます。……友達なんです。だから、私が!」
力強く花音が言うと、顔を上げた二宮は驚いた顔をして、次にはとても優しい顔になった。
「そうか……あの子達の友達なんだね……。力のない大人ですまない……あの子達を守れなくて、あんな姿に……それを君に……」
拳を握り締めて俯いて、血を吐くような言葉を並べる二宮はいい人なのだな、と花音は思った。
花音は二宮に近寄って、その肩に手を置く。痩せていて震えている……それでも重いものを背負っている肩だ。
「任せてください。私、こう見えて結構強いんですよ?ね、カナタさん!」
わざと明るくそう言う花音に、カナタも微笑んで言った。
「ああ、そうだな。花音ちゃんは強いよ。俺もゆずも花音ちゃんには頭があがらないからな」
「もう!それは朝起こしてあげてるからですか?」
ぷんぷんと擬音がつきそうな顔でそう言うと、ダイゴとスバルが笑った。
その様子に、二宮を始め不安そうな避難民達の雰囲気がふっと軽くなった様な気がする。
「……そうか。君たちは強いんだね。私たちなど足元にも及ばないな……では、私からもお願いしようかな?花音ちゃんといったね?美鈴ちゃんと絢香ちゃんをどうか……よろしくお願いします」
そう言って二宮は深く、深く頭を下げた。自分の祖父と言ってもいいくらいの年齢の大人に頭を下げられ、花音は少し焦ったが、カナタが優しく肩を押してくれる。
「はい、任せてください!」
二宮の頭を上げさせながら、もう一度花音が言うと、二宮はようやく柔らかい表情を浮かべた。
「……何がしてあげたい気持ちは山々なんだか……あいにく何もなくてね……その、邪魔になるなら捨ててくれていいから、これを受け取ってくれないかい?」
そう言って、二宮は首から下げている物を取り出した。
古ぼけたお守りだった。色褪せて所々擦り切れているお守り。
愛おしそうな目でそれを見ながら二宮は言った。
「これはね、私の孫がくれた物でね。孫が言うには病気も怪我もしなくなって、色んな運もよくなる……なんでも効くお守りなんだそうだ。単なる修学旅行先のお土産屋のお守りなんだけどね?」
二宮は笑って続けた。
「それでもここまで私の心を支えてくれたお守りなんだ。ここに避難した当初、誰も避難民をまとめる人がいなくて友愛の連中に言われるがままだった。今は私が代表みたいな事をして、交渉する事で支給される食料も増えたし、少ないが薬品なども手に入った。不肖ながら私が声を上げる事ができたのはこのお守りが私の心を支えてくれていたからなんだよ。今度はほんの少しでも君の力になってくれれば私も、奴らに連れて行かれた孫も……嬉しい」
そう言ってお守りを差し出してくる二宮は、優しい顔をしたおじいちゃんの顔になっている。花音は両親の里が遠く、ほとんど記憶になかったが、二宮の顔に確かにおじいちゃんを見た。
「いいの?大事な物なんでしょ?」
「大事だからこそだよ。これくらいしか君の役に立ちそうな物を出せないんだ、情けない大人ですまない」
そう言う二宮に花音は首を振って、笑って返す。
「ありがとう!大事にします。」
そう言ってお守りを受け取ると、腰に帯びている刀の鍔に結びつける。
「こうしてると、二宮さんや二宮さんのお孫さんが守ってくれそうですね」
そう言って微笑むと、二宮はまたポロポロと目から涙をこぼしながら、それでも微笑んで頷いた。
「うん、うん……願わくば花音ちゃんの力になってくれ……心優……」
そっとお守りに触れた二宮は、孫の名らしき言葉を口にする。
そんな二宮に花音はそっと抱きついた。驚いた二宮は両手を宙に彷徨わせる。
「きっと美鈴ちゃんと絢香ちゃんを救ってみせます。そしていつかこのお守りを返しに来ますので二宮さんもそれまで頑張って下さい」
二宮の胸に顔をうずめて花音が言うと、さまよっていた二宮の両手は、遠慮がちに花音の背中に回される。
「そうか……それは頑張らないといけないね。まいったな……力になってやりたいと思って渡したのに……また別の力をもらってしまった。ありがとう、頑張るよ。花音ちゃんにまた会う時まで」
二宮がそう言うと、花音は満足した顔で二宮を解放した。
そしてカナタのところに戻ると、そっと頭を撫でてくれた。
「それでは、行きます!決してここから動かないで。」
カナタがそう言って踵を返す。毅然と普段のおちゃらけた姿を感じさせない姿だ。
カナタの後に続くハルカやダイゴ達の後に花音は大部屋を出る。
出る前に振り返って、不安そうに見つめる二宮に小さく手を振った。
遊びに行く孫がおじいちゃんに手を振るように。
慌てて手を振りかえす二宮に、ちょっとだけ笑った花音が再び前を向いた時には、戦う者の顔に変わっていた。
……絶対負けない。無意識に手が伸びた刀の柄でお守りについた鈴がチリンと鳴った。
重そうな錠がかかるのを背中で聞いて、カナタ達は通路を進む。すでに全員が抜刀して、竹中を守る様な隊列で歩いている。
「この先が元の幹部がいた棟です。基地内の清掃なども我々がやらされていましたが、あそこにだけは入る事が許されませんでした。おそらく……実験室などもそこかと」
竹中の案内で最短距離で進む事ができた。基地内は意外と複雑な造りで、案内がなかったら迷っていたかもしれないと思わせるものだった。
ここまで抵抗らしい抵抗は受けていない。多分幹部棟で迎撃するつもりなんだろう。
「ここまでくればわかります。竹中さんは戻ってくれても……」
振り返ってカナタがそう言ったが、竹中は首を振った。
「ここまで来たら最後まで皆さんと……あいつらに一泡吹かせるチャンスですし、娘にいい格好をしたいじゃないでふか」
そう言って笑う竹中の手は震えていた。予備で持っていた拳銃を渡しているが、普段使ったこともない物を使ってもそう役には立たないだろう。
それでも共に行くと言う竹中を無理に追い返す事はカナタには出来なかった。
娘を守る父親の顔をした人を追い返す事は……




