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「あそこが駐屯地です」
小高い丘の上から広い敷地を見下ろす。何より目立つのは、真ん中を突っ切るように通った破壊の跡、その後 跡に群うように集まってくる感染者と、それに応戦する駐屯地側の兵士。
駐屯地側は、次々に押し寄せてくる感染者を捌ききれずに銃器など音の大きい武器を使わざるを得ず、その音がさらに遠くから感染者を呼び寄せている状態だ。
「ああ、なんか懐かしいなぁ……No.4も最初の壁を作ってしまうまであんな事やってたなぁ」
「ああ……そうだったねぇ。」
懐かしそうにスバルが言い、ダイゴが遠い目をして応じていた。
支給刀などが作れるようになって、銃器に頼らず何とか感染者を退けられるようになるまで、ああいった事の繰り返しなのだ。
そして感染者に疲労という概念はないため、最後は物量で押されて、人間側が退くまでがセットになっていた。
「押し込まれるな……」
呑気に話しているスバル達を横目に、厳しい表情をしてカナタが言った。
市街地ではなく、少し離れた場所にある事が幸いして、派手に音を立てているにも関わらず、駐屯地に押し寄せてくる感染者の数はそれほどではない。
ただ、それは慣れているカナタ達の視点であって、一般論では決してない。
拙い戦いぶりと士気を見るに、押し返す事は難しいと思える。
「あの、デブが無能」
辛辣な言葉を投げつけるゆずの視線を追うと、必死な感染者の群れを押し返そうとしている男達の後ろで、居丈高に怒鳴りつけている少し……すごくぽっちゃりとした男がいた。
黙って見ていると、戦いに慣れている前線の兵士が効果的な配置をとっていても、その男が無駄に動かしている。多分最も自分の前が厚くなるようにしたいのだろう。
俯瞰で見るとそう言うのは一目瞭然なのだ。
「あのデブを真ん前に押し出せばいい。二人分の壁になるし、やられたらやられたで食費がきっと浮く。一石二鳥」
ゆずならやるんだろうな、とゆずが太った男を蹴り付けている姿を幻視する。
カナタが乾いた笑いを浮かべていると、竹中がその男を睨みつけながら言う。
「あいつは……今の友愛の会のガンですよ。代表の政治に媚を売って地位を手に入れた男です。政治の周りは歯牙にもかけていないのに、政治だけはいい気分になって……」
「政治というのは?」
「この前会った。あのスカした顔をしていたむかつく男。政治家の二代目とかなんとか言ってた」
「おお、意外と覚えてるんだな、お前にしては。ちょっと意外だったよ」
と、少し感心したように言ったカナタに、ゆずはふふん!と薄い胸を張った。
「ああいうむかつく男は、機会があったら遠慮なく張り倒そうと考えてるから自然と覚える。今殴りたいランキングの三位にいる」
「お前……それはどうかと思うぞ……」
感心した顔から一転、引き攣った顔になったカナタは、一位と二位が誰なのか気になったが、怖くて聞けなかった。
「ええ、機会があったら遠慮なくやってください。なんなら自分が抑えときますよ……政治の父親の一勝さんは本当にいい人だったんですが……あれはただの引きこもりでした。一勝さんも長男の大輔さんからも見放されてましたからね。」
憎々しげに竹中が言う。何も言わないが妻も娘も思うところはありそうだ。
「そんな奴がなんで代表やってる。」
ゆずが冷たい口調で言うと、竹中は悔しそうに言った。
「友愛の会はパニックが起きた当初は規律正しく、避難してきた人を誘導したり匿ったりしていました。一勝さんの指示ですが、大輔さんも先頭に立って戦いながら一般人を救って、感染者や暴徒から守ってくれていたんです。当然そう言うところには人が集まり、大きな勢力になりました。本来勢力が大きくなれば維持していくのに大変になるのですが、一勝さんは私財を投じて食料を集め救い続けました……」
「素晴らしい人じゃないですか。何でそんな人が政治みたいな奴を……」
「政治はパニックが起きても引きこもりのままでした。追い出しこそしませんでしたが、一勝さんも大輔さんもいない者としてましたからね。ただ、そうやって頑張って、駆けずり回って食糧を集め、避難民に食わせていたのが、暴徒達には余裕があるように見えたのでしょう。当時暴徒になっていたグループに政治の同級生のガラの悪い連中などもいて……」
そこまで言って悔しさに歯噛みする竹中を見て、大体理解した。
「なるほど理解した。バカがアホを利用して襲った。……世の中クソが多い……」
「こらゆず!女の子がクソとか言うんじゃありません」
柔らかく嗜めると、ちょっとだけカナタを見て、ゆずは訂正した。
「世の中排泄物並みの人間が多すぎる」
「……あんまりかわってないなー……ま、まあいいか」
「お兄ちゃん……諦めないで」
「おい、あれ見ろよ。デブが逃げる準備しだしたぞ?」
スバルがそう言うので、視線を戻すと、もう全然はぐちゃぐちゃの乱戦になっていた。おそらく無駄に隊列を動かして、隙間にどんどん押し込まれたのだろう。
「人間側は一発まともに攻撃されたらアウトなんだから入り込まれると弱いのにな……あーあ、近くの人間にも前に行けとか言ってるぜ。聞こえないけどすぐわかるな」
スバルの言うようにデブの周りにいた奴らに前に出るように身振りで示して、その間にも自分は下がろうとしている。
「チッ!」
舌打ちと、ライフルを構える音が隣から聞こえ、カナタは頭を抱えた。
「ゆずさん?今俺たちは気づかれてないの。思うところはあるけど、あいつらは敵だし感染者が穴を開けてくれれば、俺たちは潜入しやすくなるの。わかる?」
カナタがそう言うが、ゆずはライフルの初弾を装填してスコープを覗き込みながら言い返してくる。
「そんな事はわかってる。ただ、あのデブが殴りたいランキングを急上昇してきた。めでたく十位以内に入ってきたし、当人がそこにいる。これは仕方ない」
「いや、仕方なくはないからな……はあ、まずあそこの……右のフェンスに内鍵があるだろ、あれを打ち抜けるか?できるなら、デブは好きにしろ。竹中さん達はここで待っていてください。ゆずと由良はここで待機。喰代博士やリョータと竹中さん達を守れ。残りはゆずが開けた入り口から突入」
ゆずができないとは思ってもいない口調でカナタは指示を出す。その緊張感のない口調で大胆な事を言って、しかも周りが受け入れている事に、竹中達がびっくりしている。
「あ、あそこにはまだたくさんの戦える人がいます!危険ですよ!」
その竹中の言葉を、狙撃するポイントをフェンスの内鍵に変えたゆずが変わらない口調で抑えた。
「今にも感染者が中に入ってこようとしているのに、出てきもしない奴らなんか、カナタくん達の相手にもならない。はっきり言ってカナタくん達は感染者より怖いから、きっと反対側から逃げ出すのがここから見れるはず」
なんて事のないようにそう言うゆずを信じられない物を見るようにしている竹中に、口調を鋭くしたゆずが言った。
「……撃つ。耳を塞いで。奥さんと子供を守ることだけ考えていればいい!」
そう言われ、ハッとなった竹中が妻と娘を抱くようにしてゆずから距離を取った。
次の瞬間、ターン!と下で聞こえる乱雑な銃声とは明らかに違う音が響いた。同時に金属が弾けるような音がしたと思うと、カナタが丘の上から身を乗り出していた。
「十一番隊、突撃!」
号令と共に、丘を駆け降りるカナタに、気負う事もなく、次々と続いていく仲間達をポカンとした顔で見送る竹中の横で、ゆずが下がるように言った。
喰代博士が荷物から人数分のイヤーマフを出して装着しているので、遠くから聞こえるようなゆずの声と銃声を、どこか違う世界の出来事のように竹中は見つめていた。




