9-7
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階に居合を見せる時に、ゆずが桜花を持ってカナタが抜刀する。と言うやり方をしてから、ゆずはまるで自分の役目だと言わんばかりに桜花を離さない。
ただ、同じ前衛ならよかったのだが、ゆずは後衛。ポジション的にはカナタの近くにいない。
それを解消するために、カナタは抜刀するまではゆずと行動を共にしないといけない。
「片手で満足に抜いたり納めたりできるわけがない。周りに人がいるのだから頼るべき!」
それがゆずの主張で、他のみんなもそれを生暖かい視線で見守っているため、そうなってしまった。
なので、桜花を抜いたら後衛の位置まで下がっていいのだが、依然ゆずはカナタの少し前を走っている。
その手には短めの支給刀……
弾が手に入るかもしれない事に興奮しているようだ……
「ゆず!やりすぎるなよ?」
そう声をかけて左右に散る。一瞬遅れて、カナタ達がいた場所に弾丸が浴びせられた。
気をつけろとか、後ろに下がれとかではなく、やりすぎるなよと声をかけられたゆずは、気分が高揚するのを感じていた。
目の前の連中が弾を持ってるからだけではない。カナタが近接戦をする事を許可するような事を言ったからだ。
「ふふ……情報と弾丸は洗いざらい吐き出してもらう」
不敵に笑いながら近寄ってくるゆずに、相手は動揺し始めていた。
「なんだあいつ……笑ってやがる。」
「おい!撃て、撃て!近寄らせるな。」
崩壊した建物の瓦礫に隠れながら、友愛の会の構成員らしき男達が騒いでいる。
声だけでなく弾も飛んでくるのだが、ゆずは危なげなくかわしつつ着実に相手との距離を縮めて、一気に踊りなかった。
「ひ、ひぇー!」
「に、逃げるな!……ひぃ!」
逃げ出した仲間を少しだけ振り返って、前を向くとすでに首筋に刃が添えられていた。
「とりあえず、ライフルと持っているだけの弾を地面に置く……話はそれから」
「お、俺たちにこんな事をして、ただですむと思って……イタ!おい、切れてるって!」
「大丈夫、それくらいで死にはしない。まぁ、この刀で何体も感染者を切ってるから、そっちの方は知らない」
カナタが到着した時には、ほとんど終わっていた。ゆずに脅されている男以外は逃げてしまったようだが、もともと一人残す予定だったから問題ない。
首筋に刀を添えて、まず弾をよこせと言っているところがゆずらしい。
「おとなしく言う事を聞いておいたほうがいいぞ。その子はうちの装備部から5.56mmの弾丸を喰らうモンスターって恐れられているからな」
カナタがそう言うと、男とゆずの顔色が変わる。
「ひ、ひいい……」
「大袈裟な……私は弾を喰らったりしない。むしろ吐き出すほう」
顔色を青くしている男と、怒りなのか照れなのかよくわからないが、少し顔を赤くしながら言い返すゆず。
ゆずの言う事になるほど……と思いかけて、気配に気づいた。
「ゆず!」
カナタの声が聞こえるかどうかのタイミングでゆずは刀を引いて、男を蹴り飛ばしその反動でその場を離れた。
咄嗟に伏せたカナタの頭の上を、弾丸が飛んでいく。ゆずのいた所にもかなり弾着しているようだ。
ゆずに蹴られた男は、元の位置にいたら蜂の巣になっていた事を遅れて理解したのか、地面に伏せて震えている。
「ゆず!」
「無事!問題ない。ふふ、久しぶりの満タンのマガジン……」
瓦礫に背を預け、その近くを音を立てて弾丸が通り抜けていくのに、さっきの一瞬で男が捨てた弾薬を拾っていたゆずが早速自分のライフルに装填した。
「俺の位置から五人いるのが見えた。うち、二人は銃持ちだ。」
今まで我慢していた分、撃ちたくてうずうずしているように見えるゆずに軽くため息をついたカナタは、一応口に出しておく。
「無計画に撃ちまくれば、また弾切れ生活だぞ」
「あいつらからも奪う。むしろさっさと撃つのをやめさせないと無駄に減る」
これはもう何を言ってもダメなやつだ。と、カナタは嘆息する。
なにしろさっきまで持っていた小ぶりの支給刀はどこに投げ捨ててきたのか、見える範囲には無い。
「ふふん、大丈夫。あれ程度に無駄弾は使わない。」
そう言ったかと思うと、隠れていた瓦礫からサッと半身を出して、無造作に三射。
それで的確に標的を捉えている。撃ってきていた奴らの手、射撃に援護されて近づいてきていた手製の槍みたいな武器を持っている男の足。
ろくに狙いを定めていたようにも見えないのに、一瞬で撃つべき所を判断して、かつ命中させる。
「なるほど、同じ弾でもゆずが使ったほうが有益だ」
「当然!」
そんな言葉を交わしながら、同時に隠れていた瓦礫から飛び出す。
目の前には、一瞬で三人の戦力を沈黙させられ、慌てふためいている男達。
手に持っている武装などから見ても、ゆずが撃った三人が主力だったとわかる。
「く、くるなぁ!」
「お前、行け!」
「お前が行けよ。ほら!来てる」
いつのまにか一人増えていたが何の問題もない。戦う覚悟ができていない奴など、数のうちにも入らない。
一気に接近して、苦し紛れに振るわれた鉄パイプをかわし、ナイフを桜花で弾くと地面が抉れるほどの踏み込みと同時に横凪に斬り払い、標的に当たると同時に反対側に振る。
「朱雀流二連草薙……って技なんだけど。甘いな……キザさんが得意だった。」
隣では、もはや弾を消費するのも勿体ない相手と思ったのか、ライフルのストックで強かに殴られて、鼻血を拭いて倒れている男を容赦なく足蹴にして、弾丸を持っていないから所持品を確認しているゆず。
その様子を見て、ガラにもなく感傷に浸っている自分を笑い飛ばした。
相手が立っている位置と自分の位置を考えた時に、道場でさっきの技を披露してきた階を思い出して、無意識に体が動いたのだが、階が見せた鋭い技と比べて、数段劣る拙いものだった。
「まぁ、真面目にやってなかったからなぁ……」
ポリポリと頭をかいて、銃弾のカツアゲ現場を眺めていると、周りの喧騒も収まっていた。
襲撃者は十人くらいはいたはずだが、一分と保たなかったらしい。
「ゆず!」
カナタが声をかけると、その意図を察してゆずが背中を向ける。ゆずの背負うリュックにしっかりと結びつけられた鞘に桜花を納める。
……結び方に絶対に離さないと言ったゆずの気持ちが現れている。これ、ほどけるのか?
まぁ、もう諦めているが……
「カナタくん。こいつら近くにキャンプがあるらしい。そこにまだ弾があるって言ってた。どうせ完全に敵対した組織。だから……」
さすがに自分の欲だけで、攻めようとか襲い掛かろうとは言いかねたのか、言葉が萎んでゆずも俯いている。
「わかったわかった!逃げてきた人から話を聞いてからな。どうせ物資は補給しないといけないし、どうせあいつらの持っている物も別の所から奪ってきたものだろう」
カナタがそう言うと、パッと表情を明るくさせたゆずがご機嫌になって、カナタの腕を組んでくる。
「ばっ!おい、歩きにくいだろ!」
「何言ってる。私はカナタくんを介助している。黙って従うべき」
ご機嫌そうな表情は隠せないが、言葉だけはぶっきらぼうにゆずが言った。
「自衛隊の駐屯地⁉︎」
「はい。この先にあります。だから守りも硬くて武器弾薬の類いもそれなりに……」
逃げていた三人は親子だった。この先にあるらしい自衛隊の駐屯地を占拠している友愛の会に捕らわれている一般人で、隙を見て逃げ出したのだが、見張りが厳重だったためにすぐ追っ手がかかって……との事だった。
チラリとゆずを見ると瞳がランランと輝いていてちょっと怖い。




