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朝の光が差し込んでくる鉄格子の入り口をくぐると、そこに花音の姿はあった。中庭の木の根元に体育座りをして、膝に顔を埋めるようにして座っていた。
「……花音?」
カナタがゆっくり近づきながら声をかけると、花音は膝に埋めた顔を何度か左右に動かしてから顔を上げた。
「カナタ、さん……」
「体調は?痛い所とか違和感はないかい?」
そう聞くと、赤い目をした花音は俯いて首を振った。
「私、無理して戦ってしまって……ぼんやり意識はあるけど動けなくて……。……あの、私と同じくらいの二人の女の子、見ましたか?」
花音の問いに、カナタは一瞬答えに詰まった。「知らない」そう言ったほうがましかとも思ったが、ハルカ達から聞いた花音の姿は一人前の戦士だったと聞いている。
もう、守るべき少女ではなく、仲間の一人として扱うべきなのかもしれない。
「カナタさん?」
逡巡するカナタを見上げる花音。カナタはそんな花音に微笑みかけると、正直な話すことに決めた。花音が言う二人の女の子。おそらくはあの両面宿儺と呼ばれた人造の感染者にされてしまった女の子の事だろう。ハルカやアスカの話とも照らし合わせ、カナタはそう結論付ける。
カナタは昨日の事を話した。細かい描写は伏せるが、宿儺の様相は詳しく伝えた。
話を聞いていくたびに、花音の目線は下がって行き、すっかり俯いてしまっている。
「私がした事は、無駄だったんですかね?」
そうして小さな声で呟いた。
「無駄なんて事はないと思う。彼女たちは、感染者にされた後も花音を大事にそうに抱えていたよ。傷つけないようにして、俺たちに渡したあと、去って行った。花音がした事が無駄だったなら、きっと花音はもう生きていないと思う」
少しつらい言い方かもしれない。そう自覚しながらもありのままをカナタは言って聞かせた。庇護すべき少女ならごまかしたかもしれない。ぼかした言い方で柔らかく伝えたかもしれない。でもカナタは、花音を一人の仲間として見た。それならばありのままを伝えるべきだと、そう思ったのだ。
「そう、ですか。私、頑張ったのになぁ……みんなが教えてくれた事全部使って、私が学んだ全部を使って……でも、結局助ける事はできなかった……」
そう言う花音のうつむいた顔からぽたりとしずくが落ちる。
そんな花音を見てカナタは手を伸ばして、花音の頭を胸に抱くようにして引き寄せた。一瞬、花音の体に力が入ったが、拒むことはなかった。
「なあ花音。きびしいこと言うようだけど、今の世界はくそったれだ。そうやって花音が全身全霊をつぎ込んでも、俺が片腕を犠牲にしても、守りたいものは簡単に手の隙間からこぼれていってしまう。」
少しだけ肩を震わしながら、花音は黙ってカナタの話を聞く。
「それでもお前も得た物はあったと思うんだよ。それだけ必死に戦って腕が動かなくなるまで刀を振り回して……お前の望む結果にはならなかったかもしれない。でも今の世の中、望んだ結果で終わる事の方が少ないんだ。それでもお前は生きて行かなくちゃいけない。だから、望んだものは手に入らなくても、その結果得た物を見るんだ。厳しい言い方かもしれないけどな……それにな?お前の気持ちはあの二人には伝わってた。俺の見た感じだが、それだけは俺も強く言える。もしかしたらお前がそうしてなかったら、俺たちも昨日で全滅してたかもしれない。あの子達が怒りのまま動いてれば間違いなくそうなったと思う。でもあの子達に心を怒りだけにしなかったのは、花音。お前のやったことがあったからだ」
黙って聞いていた花音は次第に、息が荒くなり嗚咽が混じりだす。そしてカナタの胸を掴むと大きな声で泣きだした。もうカナタは何も言わない。ただ、花音の頭を撫で続けるだけだった。
それでも、花音はそう長くは泣かなかった。時間にして五分もなかっただろう。
「ごめんなさい……」
涙をぬぐいながら震える声を花音は絞り出した。
「何を謝る必要がある。お前が頑張った事は知ってる。むしろ手伝えなくてごめんな?」
カナタがそう言うと花音は激しく首を振った。
「あの二人を助ける事ができたのは私だけだったんです。でもできなかったことは……忘れません。カナタさん、お願いが二つあります!」
きりっとした顔つきでカナタを見る花音の瞳からはもう新たに涙は出ていない。
「私を十一番隊に、カナタさんの部隊に入れてください。そして美鈴ちゃんと絢香ちゃんを……倒すお手伝いをしてもらえませんか?」
世が世なら花音は中学校に入るか入らないかくらいの年齢だ。そんな女の子がそんな過酷な決断をしないといけない。やはり今の世界はくそったれだと改めて思う。
「花音はとっくにうちの部隊員だ。ただデビューしてなかっただけのな。俺の知らない所で初陣を飾ったみたいだが……いいのか?」
カナタが改めて聞くと、花音は口を引き締めて強いまなざしで頷いた。
「よし、十一番隊隊長として、花音の実戦への参加を許可する。二人の女の子……やつらは両面宿儺って呼んでいたが、彼女たちの処遇は、最悪お前が言うように倒さないといけない。だが、まだいろんな事がわからない状態だ。喰代博士もここの資料を徹夜で調べてくれている。最悪の場合の覚悟は必要だ、でも希望は最後まで捨てるな。十一番隊隊長からの最初の命令だ」
そう言うカナタを、少し驚いたような顔で見た後、破願した花音は元気よく返事をした。
「またカナタ君が女の子をたらしこんでる」
戻ろうかとしていたところ、先にみんなの方が出てきた。ただ、最初に出てきたゆず、その言葉は訂正を求める。
「訂正も何も、カナタ君はちょっとかわいい女の子にはすぐ口説きにかかる」
「おい待て、誰が口説いたって?花音はまだ子供だろう!」
そう言うとゆずはやれやれというようなジェスチャーをする。それどころか別方向からもカナタを非難する声が飛んでくる。
「お兄ちゃん酷ーい。花音ちゃんみたいにしっかりした女の子捕まえてまだ子供だって……信じられない。ねえ花音ちゃん」
ヒナタがそんな事を言いながら花音をなぐさめるようにして抱き寄せる。
「いや、待て。別に花音をどうこう言うわけじゃなくてだな……」
「カナタさん、さっきまで私にあんなに熱い言葉をささやいてくれたのは……お子様へのお遊びだったんですか?」
よよよ……と鳴きまねまでして見せた花音を、ヒナタとゆずがかばうように立って、カナタを非難する。
「まずい……なんか俺をからかってくる奴らが増えたような……」
「からかうとはひどい。カナタ君こそ女心を弄ぶのはいい加減にしてほしい。でないと背中に刺さるナイフが二本や三本では済まなくなる」
そう言いながらゆずは、隊服に備え付けてあるナイフを抜き差ししている。
「待てって!なんで刺される前提で話してんの?まずは刺さない方向でいこう、な?」
「「それは無理かも……」」
カナタの懇願にヒナタとゆずがにっこり笑って声を合わせてそう言った。
ただ……気のせいだと思いたい。思いたいが……三人分の声が聞こえた気がした事にカナタの顔はいつもより大きくひきつった。




