9-6
「よし、準備はいいな?出発する!」
カナタの号令に11番隊全員が声を合わせて応じる。その中には、まだあまりにも若い声が混じっていたようだが、今の世の中、外で生きていこうと思ったら、戦わないといけない。
若いから、女性だから……戦えない者だからと躊躇するような相手ではないのだ。
それは感染者ばかりではなく、乱れてしまった世界に暴力を使って生きていく事を決めた連中も例外ではない。
カナタも経験があるのだが、探索中に略奪者グループと交戦になり、アジトに踏み込むと7〜8歳くらいの男の子がいた。
泣きながら走ってくるので、救出しようと手を伸ばしたらナイフで切り付けられた。
捕まえた子供に聞くと「お父さんにそうしろ」と言われて部屋に置いていかれたらしい。
その子はno.4の保護施設で元気に暮らしているが、そうして油断させて刺す事を何度もやっていて、人を傷つける事に忌避感を持たなくなっていた。
矯正するのに、かなりの時間を要したらしい。
「て、事もあるんだ。例え相手が女子供でも、もう死にそうな人だったとしても油断だけはするなよ?」
カナタが並んで歩く花音に心構えを言ってきかせている。
利己的な考えで動く人は思ったより多い。本州の方はよく知らないが、大きく違うことはないだろう。
「その割にはカナタさん、私の時は無警戒で手を伸ばしてきましたよね?すごく安心したのを覚えてます。あの時に周りにいた人は、正しくカナタさんが言うような人達でしたから……」
「うっ……いや、あの時は周りの状況とかを総合的に判断してだな?」
「きっと、カナタくんは花音が可愛いから警戒もしないで手を伸ばした。そうに決まってる!」
ゆずが話に割り込んできた挙句、言いがかりをつけてカナタの足を蹴り始めた。
「いた!おい、蹴るな……いって!人聞き悪い事を言うな!俺が外見だけで人を判断したすると思ってるのか?」
ゆずの言うことはあんまりだったので、さすがにムッとしたカナタだったが、ゆずはフン!と鼻を鳴らして離れて行った。
「なんだよあいつ……やたら機嫌悪いな」
ゆずの背中を見ながらカナタが呟いていると、何故か隣の花音が謝ってきた。
「ごめんなさい、カナタさん……私のせいですね。でも、私もいつ死ぬかわからないので……遠慮はしない事に決めたんです!」
謝った思えば、こぶしを握り気合いを入れている。
「お、おう……頑張れ……」
と、しかカナタは言えなかった。
カナタの元を離れたゆずは、少し先を歩くヒナタの隣を歩き出した。
「ゆずちゃん、ちょっと大人気ないよ?」
苦笑しながらそう言うと、ゆずはため息をつく。
「別に花音に対してはどうこう思ってるわけじゃない。花音が言う通り、こんな世界だから遠慮して、心残りをしたまま死ぬなんて馬鹿らしい……思ったことをやるべき。それはそれとして、カナタくんの対応にイラッとしただけ」
ゆずが口を尖らせながら言うことに、ヒナタは何も言えずに苦笑したままだった。
確かに花音はまだ子供と言っていい年齢だ。ただこの世界は心も逞しくないと、生きていけない。立ち上がったのであれば、花音も一人の女性として扱うべきなのだ。
カナタはその辺を理解しようとしない。ゆずはそれが腹立たしいのだろう。
カナタ達11番隊は進路をそのまま西に進んでいる。ルートは考えなくていい。
おそらく両面宿儺が通ったであろう道がはっきりと残っている。障害物など関係ないとばかりに一直線に進み、邪魔な物は全て打ち壊して進んでいる。
まるで、目的地まで直進ルートを作ってくれているみたいだ。
「感染者の数も少ないのは助かるね。装備も心許ないから、数でこられると厄介だからね」
ダイゴは出発前に左手の包帯を外し、きつくテーピングを巻いてもらいその上からベルトでシールドを固定していた。
比較的軽いポリカーボネート製とはいえ、固定されてしまったら動きにくいだろうし、それなりの重量はあるはずなのだが、ダイゴの動きにはまるで影響が見えなかった。
本人の強い希望で、前衛に戻っている。
前衛にダイゴとスバル。それからカナタとヒナタが控え、中衛にアスカと花音が喰代博士とリョータをカバーしながら歩き、そして後衛にゆずと由良という編成で動いている。
これまで小規模の感染者の集団に何度か遭遇したが、わけなく突破している。
「やっぱりこのやり方が一番動きやすいな!」
先頭を歩くスバルが、上機嫌な様子で付近を警戒しながら、そんな事を言っている。
「状況は綱渡りだけどねぇ……」
その隣で同じく警戒しているダイゴの顔色が悪いのは怪我のせいだけではないだろう。
「確かにこのまま進むのは危険。私も由良も丸腰。どこかで補給しないとお荷物」
追いついたゆずがダイゴの言葉を肯定する。学校に手の戦闘で、ゆず達射手は持っている弾丸全てを撃ち尽くしている。
由良は弓を持っているが、ゆずは仕方なく支給刀を抜いている。
「お前バカスカ撃ちまくるからだろ!俺が出る幕ないぐらい撃ってたじゃないか!」
「む!障害物もない廊下で、近接職の出る幕はない。それに、相手もガンガン撃ってきてたから、きっと在庫があると思ってた」
言い返すゆずの言葉尻が萎んでいく。あの学校にいた白づくめ達は、確かに景気良く撃ってきていた。あれから出る前に隅々まて調べたが、弾丸の類はほとんど残されていなかったのだ。
たまたま、あの時の戦闘で撃ち尽くしたのか、戦闘中に誰かがどこかへ運んだのか。
すっかりアテが外れてしまったゆずは、ヘカートの弾は当然のこと、M-4の弾ですらろくに集められなくて、しばらくはがっかりしていたものだ。
「ほら、元気出してゆずちゃん。一緒に探しましょ?ね?」
「ありがと、ヒナタ……」
言葉少なめに礼を言うと、とぼとぼとゆずは歩き出す。
その向こうでスバルがダイゴに叱られていた。
「急いで追いかけたいところだけど……後衛が機能しないのはつらいし、食料も心許ないものね。積極的に探索しながらいきましょう」
それを見ていたハルカが困り顔でそう言った。
「とは言うものの、元々銃社会じゃない日本でどれだけ手に入るかは疑問だけど……んー?なぁ、あれ!」
そう言いながらも付近の警戒はしていたスバルの声に緊張が混じる。
「左手!人間、三人。何かから逃げている」
素早く見たものを端的に伝えると、近くの廃棄車両の影にスバルは身を隠した。
スバルだけではない。その声を聞いた瞬間、それぞれが誰かがいるであろう左手から見えないような場所に素早く身を隠していた。
何かから逃げているからといって、必ずしも助けるべき相手とは限らないし、人間の同士の抗争なら巻き込まれると面倒だ。
ゆずはわずかしか弾のは言っていないライフルのスコープで、カナタやハルカは荷物から双眼鏡を出して様子を見ている。
「追われてる。追っているのは……雰囲気は略奪者だな。どうする?」
冷静に双眼鏡で見えた情報を口にしながらカナタが周りに意見を聞く。
「……追っているのは、姫路城で会ったなんとかの会の連中。バッジをしている。あれは見覚えがある」
ライフルを微妙に動かして、動いてる人に合わせながらゆずはそう言った。
「ああ、友愛の会ね。聞いた、ネメシスと共闘関係にあるらしいわよ。美鈴ちゃん達から聞いた」
ハルカが双眼鏡をヒナタに渡しながら言った。
「双眼鏡の倍率じゃ、そんな細かいとこまでは見えないな……間違いないか、ゆず?」
「……私は悔しい思いをさせてくれた相手の事を忘れない。少なくともバッジは間違いない」
そこまで言うと、全員の視線がカナタに集まる。
その時、タタタッと銃声が聞こえ、逃げていた三人のうち一人が体勢を崩した。
「介入しよう!情報と、うまくいけば物資も改修できるかもしれない」
そう言うが早いか、カナタは隠れていた所から飛び出している。
「弾!」
逃げている人も、追いかけている人も目に入らないのか、ゆずがそう叫んで走り出した。
「由良!射程距離に入ったら、姿を隠しながら援護してくれ!ハルカ!ヒナタと一緒に逃げている方に接触してくれ。残りは、そのなんとかの会にあたる。ああ、ダイゴはハルカ達と行ってくれ。」
「了解!」
それぞれがそう返して走る。
すでに友愛の会の連中は、追うのをやめて障害物に身を隠して、走ってくるこっちを警戒しだしている。
「一人は話せる状態で残せよ!」
そう言いながら、カナタはゆずに向かって手を伸ばす。
まるで、以前からそうしていたような動きで、ゆずが背負っている「桜花」をカナタが取りやすいように、体の向きを調整して……抜刀した。