1-2
校門を出て逆方向となるハルカと別れ、カナタ達は学校からほど近いバス停で、バスを待った。
田舎のため本数は少ない。その分、普段あまり話すことのない田島と中尾もしばらく話せばすぐに打ち解けて、くだらない冗談やテレビの話などで盛り上がりだす。
笑いながら話しているカナタ達に、ゆっくりと迫る影があった。
「ね、お兄ちゃん」
聞き慣れた声に振り向けば中学の制服を着た少女がそこにいた。なにか言いたそうな顔をしながらも固い表情をしている。
「ヒナタ?どうしてここに?家に帰るのにこの道は遠回り……」
少し驚いた声を出したカナタの言葉を、少女が遮った。
「お兄ちゃん、まだ帰らないの?」
カナタが疑問を口にしてしまう前に質問をかぶせてきた女の子は、カナタの妹 剣崎 ひなた。カナタの四つ下の妹である。
妹の質問にカナタはすぐに返事できず気まずい顔になる。今日遊びに行く事を伝えていなかったからだ。
それに、少し話しづらい理由もあった。
「こんにちは」
カナタがすぐに返事をしないので、ヒナタはにこりと笑って後ろの友人たちに挨拶をする。
兄への態度とは違い、愛嬌のある言い方と表情に友人達も愛想良く応対する。
ヒナタが通う中学校は高校とそう離れていない。どちらも自宅から歩いて通える距離だ。しかし位置的に中学校より高校が遠い。つまりここに来てしまえば、だいぶ遠回りになる。
「ああ、ヒナタ。今日はスバル達と寄り道して帰ってくるわ……」
少し言いにくそうにカナタが伝えると、ヒナタは意外にあっさり頷いた。
「そっか……遅くなるなら連絡してね。じゃ」
それだけ言うとヒナタは友人たちに会釈をして、来た道を戻っていった。
ここからだと引き返したほうがまだ近いくらいだから戻る事はおかしくない。ただここまで何をしに来たのかという疑問は残る。ヒナタの意図がつかめずカナタは困惑する。
「大丈夫?なんか予定あったんじゃないの?」
同じ事を考えたのだろう、ダイゴが心配そうな表情でカナタに言うと、思案顔だったカナタは首を振った。
スバル達はもう、ヒナタが来る前の話題に戻っている。
「いや、何もない。大丈夫」
念のため約束事がなかったか思い返してみたが、心当たりはなかった。だからカナタはそう言ったが、ダイゴはまだ思案げな顔だ。
「でもわざわざここまで来て・・・一緒に帰るつもりだったんじゃ」
ダイゴは遠くなったヒナタの後ろ姿とカナタを交互に見て、本当に心配そうにしている。
「お前はほんと心配性だな!」
雰囲気を変えるために、少し明るめに言ったがあまり効果がなかった。カナタ自身、ヒナタの考えがわかってないせいもある。
そうこうしているうちにバスが来たので一行は話を打ち切りバスへと乗り始める。ダイゴも少し躊躇していたが、最後に乗り込んできた。
席に座り、バスの窓から外を眺めながら、カナタは先ほどのダイゴの言葉を思い出していた。わざわざカナタと一緒に帰るために遠回りしてくる事はないだろうと思った。もしかしたらハルカとでも帰るつもりだったのかもしれない。とも考えたが、ハルカは先に帰っている。
バスの座席に深く腰掛け、友人たちの他愛もない話を聞き流しながら考えていると、去年カナタが言ってしまった心無い一言にたどり着く。その時からヒナタとの間にどこか溝ができた気がしている。カナタの脳裏に驚いた顔のまま涙を流すヒナタの顔が思い浮かんだ。
恐らく、その日のうちにでも笑いながら一言謝っていればなんという事もなかったのだろうが、それをしないまま今に至っている。
この時はまだ、そのうち謝ればいいと思っていた。今日帰ってからでも、別に明日だっていい、と。その機会が失われてしまう事など想像できるはずもない。流れる景色をぼんやりと見ながらまあいいかと、カナタは思考を打ち切った。テストも終わったことだし今日は楽しもう。
◆◆ ◆◆
須王町中心街のバスセンターで降りたカナタはなんとなく心が浮き立ちさっきまでの思考は頭から消えてしまった。
バスセンターのある中央通りは、かつての商店街の名残をのこしつつ、シャッターの下りた店舗が目につく。
「この辺も店がだいぶ少なくなってるな……」
「小さい頃はもっと店が沢山あったよなぁ」
思わず呟いたカナタの独り言をスバルが受け取ってそう言った。
「今じゃ買い物は、郊外で田んぼ埋め立ててできた大型施設のほうにばっか行くからね。これが時代の流れってやつなのかな?」
少ししんみりした様子でダイゴもそう言った。
今日のカナタ達の目的地もそっちの方なのだからシャッターを下ろした店が多くなるのも仕方ないのかもしれない。
それらを横目にしながら中央通りから郊外の方に抜ける路地に入る。徒歩であれば路地を抜けた方が早いのだ。
それぞれ、目当てのゲームの話や新しい機種の事などを話しながら歩いていると、楽しそうに話すカナタ達の声を塗りつぶすように、苛立ったような声が聞こえてきた。
「だから何を言ってるのかわからんと言うとるじゃろうが!」
聞こえてきたのは、今歩いている道から横に入った奥の方からだ。思わず立ち止まってしまったカナタ達が顔を見合わせていると、老婆らしき声が憤慨している様子と、かすかに日本語以外の言葉も聞こえてくる。
カナタとスバルはチラリとダイゴの顔を盗み見た。ダイゴは明らかに気になっている様子で今にもそっちに向かっていきそうな顔をしている。
それを見てカナタとスバルは苦笑いを浮かべる。
「おい、行こうぜ。関わらないほうがいいって。面倒だし」
対照的に、言葉通り面倒そうな表情を隠そうともしないで、田島はカナタ達を促す。
中尾は気にもせずに、すでに何mか先に進んでいる。
しかし、すでにダイゴは足を止めてしまっている。長くダイゴの友人をしているカナタとスバルは苦笑いしつつも「しょうがないなぁ」という雰囲気を出している。
「先に行ってて、後で追いつくから」
ダイゴがカナタ達の予想通りの言葉を口にする。これまでの経験からダイゴが明らかに困っているであろう老人を放っておけないだろうと思っていた。
二人ともダイゴが老人の声に反応した時点でこうなる事が簡単に予想できていたのだ。
「あ~……そういう訳だから先行っててくれよ。俺ら後で来るわ」
ダイゴが言ったセリフをそのまま田島と中尾に回すスバル。どうやらカナタもスバルもダイゴを止めるつもりはないらしい。少しだけ迷った様子を見せたが田島は中尾の腕をつかみ、じゃ、先行ってるわ。と言い残し足早に去って行った。
「二人も行ってて良かったのに」
そう言いつつもどこかうれしそうなダイゴにスバルが吹き出しそうになる。
「まぁ、さっさと解決してあいつらに追いつこうぜ!」
そう言うとスバルは先になって歩きだし、笑い合いながらカナタとダイゴもその後を追った。
しかしこの選択こそが、カナタ達の命を救うことになるとはこの時、誰も想像することはできなかった。
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