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9-1 両面宿儺

9-1 両面宿儺

同じ……感染しているもの同士、何か感じる物があったのか、階は断言している。


「多分悪いようにはならないわ。先輩からの置き土産……ヒナタちゃん?あなたの技術はとても素晴らしいわ。動きも太刀筋も言う事ないくらい。ただ、ちょっと素直ね?もうちょっとズルくなってもいいのよ、アマネちゃんの動きを思い出すといいわ。ハルカちゃん、あなたも強くなったわね。先生がその刀を預けたのもわかる。はるか同士高め合うといいわ。でもまだ刀に振り回されているわ、あなたが振るう方なのを忘れない事。しっかりと地面に足をつけて、あなたの腕で「はるか」を振るうの。きっと答えてくれるはず……」


 そこまで言うと烏丸の顔がまた浮かんで消える。


「そろそろ限界みたい……最後に……」


 階はよろめきながら鉄格子の方を見る。全身から血を出している遠山はもうピクリとも動いていない。


「できればでいいから、あの子達を救ってあげてほしいの。今は難しいと思う。しっかりと見て……もっと強くなって……しっかりと準備をして、助けてあげて?私の最後のお願いよ?」


 そう言って階は鉄格子方へゆっくりと歩んでいく。


「キザさん……」


 カナタがそう呟いた瞬間、地面が爆発した。


 いや、まるで爆発したかのように、地面の下から物凄い力で土砂が巻き上げられたのだ。


「おお……いよいよか……」


 書き物に夢中だった佐久間も、ペンを取り落としてその方向を見る激しく巻き上げられた土砂が落ちてくる頃にそれは姿を現した。


 そこにいる全員が息を呑んだのがわかった。


 現れたのは、意外にも小柄だった。それはそうだ、おそらく素材となっているのが十代前半の女の子なのだ。ただその姿は異様、二面四臂の異形な姿をしている。その顔は一面は怒りや憎しみを宿し、もう一面は感染者のように感情を感じさせないものだ。

 

 その姿に最も激しく反応したのは、ハルカとアスカだった。


 いきなり駆け出そうとするのをヒナタと由良が止めた。


「ああ……美鈴ちゃん……絢香ちゃん」


 それぞれ止められてからはがっくりと膝をついている。


「はは!素晴らしい……完璧な両面宿儺だ。感染者の融合、これまでは融合してもすぐに崩壊していたが……生まれつき感染しない者と融合すればよかったとは……」


 佐久間は喜色を満面に表して、両面宿儺とやらを見つめている。


「ハルカ、あの女の子を知っているのか?」


 カナタが駆け寄って、その肩を抱きながら聞くと、ハルカは震えながら頷いた。


「カナタ、達とはぐれてから一緒だった。花音ちゃんと一緒だったはず」


「おい、あれ!」


 スバルが叫んで指を指している。それは両面宿儺の肩の後ろ、四つある腕の一本が支えるように花音を抱いていた。


「くっ、花音を離せ!」


 桜花を手に、花音を取り戻そうとするカナタの前にハルカが立ち塞がる。


「まって、カナタ!お願い……あの子達は」


「ハルカ、気持ちはわかるけど、感染して発症もしている。わかるだろ?」


 そう言い聞かせるカナタにハルカは激しく首を振る。


「ちがうの!二人のうち、一人……お姉ちゃんの美鈴ちゃんは感染しないの。生まれつき……傷だって確認したわ!間違いなく美鈴ちゃんは感染しないのよ!今だってきっと……」


「落ち着いてくれ、ハルカ!」


 とめどなく言葉を並べるハルカを落ち着かせようと、ハルカの肩に手を置く。普通なら両肩に……

 ハルカの視線が本当ならカナタの手が置かれていたであろう、自分の左肩とカナタの右肩を往復する。


「……ごめん、でも……」


「わかってる。できるだけの事はやるさ。お前の知り合いならほっとけないだろ」


 何の迷いも見せず、そう言い切ったカナタをハルカは黙って見つめていた。


「スバル!体育館に走って、ダイゴ達を呼んできてくれ喰代博士にも意見を聞きたい」


「おう!」


 そう返事を残して、スバルは走り去る。


「あとは……」


 姿を見せた両面宿儺には、キザさんが向かい合っている。多分ギリギリまで足止めしてくれるつもりなんだろう。

 

「キザさんにも救ってくれって頼まれてたもんな」


 カナタは一人、そう呟いた。


「さて……どうしましょうかしら。本音を言うとあなたの相手をできるほど力は残ってないのだけれど……」


 そんな状態でも微笑みを絶やさず、目の前の不幸な少女達を見やる。

 少女達は我を忘れている。同じ感染体を宿す階じゃなかったら即刻排除しようとしただろう。


「美鈴」のほうは、怒りに顔を歪めているが、意識はない。今動いているのは感染してしまった「絢香」の意識だ。


 下手なことをすれば抱いている花音の身などたやすく引き裂いてしまうだろう。

 それだけに階にも手を出せないのだ。刻一刻と自分の命がこぼれ落ちているのは実感してわかっていた。

 何とかしてカナタ達を逃さないといけないのだが……


 おそらく両面宿儺が抱いている花音と呼ばれた少女を取り戻さないかぎり、彼らは逃げようとはしないだろう。


「しょうがないわね。私がなんとか頑張るしか……」


 油断していたとはいえ、佐久間などに捕まって感染させられた挙句、烏丸の体に入れられいいように使われて、カナタ達に大きな迷惑をかけてしまった。先輩として最後くらいは良いところを見せないといけない。


 そんな階の気配を感じたのか、美鈴の方が反応を見せた。怒りを表に出していた顔がわずかに揺れ動いた。


「あなた達のお友達、お兄さん達が迎えに来てるわ。返してあげないといけないでしょ?ほら……」


 そう言って右手をゆっくりと伸ばした。


「シャアアアぁっ!」


 絢香の方が普通の感染者とは違う叫びを開げた。まるで蛇が出す威嚇音を数十倍にして、物理的な威力を持たせたような声が耳を塞ぐ間もなく通り抜けて行った。


 それと同時に耳から入ったカミソリが脳を削って言うかのような、激しい痛みと不快感を感じた。


「ちょっと……それやめてくれない」


 自分でこれなら、カナタ達は……。そっと振り返った階はわずかに目を見張った。

 全員が耳を押さえ、地面に膝をついていた。カナタに寄り添っていた鍛えていない少年などは、倒れて苦しそうにしている。


 音と衝撃。一時的な平衡感覚の欠如……素早く状況を見て取った階はスッと目を細める。


 ……鼓膜や脳に障害がなければいいのだけど。


 そう懸念したが、自分にとってはむしろよかった。もちろんそれなりの不快感はあったものの、それまでに支配を取り戻そうと、しきりに騒いでいた自分の中にいるジジイがのたうち回っているのを感じる。


 どうやら内部にダメージを与えてくるさっきの声は、烏丸により大きい衝撃を与えてくれたらしい。

 さらに……


 さっきの声によって「美鈴」の方が目を覚ました。キョロキョロと忙しなく辺りを見て……苦しそうに、つらそうに表情を歪めていた。


「つらいわよね……妹をこんなにされ、自分を守ってくれていた人を傷つけて……自由にも動けない。私もクソジジイに体を支配されていた時、味わったわ……」


 そっと目を閉じると、これまで傷つけた様々な人が思い出される……最後に浮かんだのは、アマネの顔。


 衝撃と、絶望。屈託のない彼女に、似つかわしくない顔をさせてしまった。


「その子を返してくれるかしら?」


 手を伸ばす階に、恐怖を浮かべる「美鈴」と威嚇をする「絢香」。

 階が一歩近づくと、一歩下がってしまう。


「シャアアッ!」


「絢香」が短く声を出すと、一本の腕が目にも止まらない速度で振るわれ……階の手を半ばほどから引きちぎってしまう。


 そしてそれを見てさらにつらそうにする「美鈴」。


 ……いっそ、意識がないほうがどれだけましか。自分の体であって自分の体でない。意識はあっても意思はない。

 知らないうちに階は頬を濡らしていた。

 

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