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8-9

8-9

 佐久間はカナタを見下ろしてバカにするような口調で言った。そして隣の烏丸を見るとアゴでカナタ達を差した。


「時間まで遊んでやれ」


 佐久間からそう言われ、(きざはし)の見た目をした烏丸はニタリと笑った。


 そしてひょいっと二階の渡り廊下から飛び降りた。


「ふふふ……ハルカちゃんにカナタちゃん。ヒナタちゃんもいるのね。久しぶり。少し揉んであげるから、かかってらっしゃいな」


 こちらもまるで道場でけいこをつけてくれていた頃を思い出させる表情と口調で烏丸はカナタ達をゆっくりと見渡した。


「いつまでもキザさんの顔を使って……いい加減に」


 ヒナタが、するりと間合いを詰めて、二刀を振るう。

 まるで嵐のような連撃だったにも関わらず烏丸は余裕のある表情で受け切って見せた。

その上で強い一撃を放ってヒナタとの間合いを強制的に開けさせた。

 

「さすがねヒナタちゃん。次はハルカちゃん、いらっしゃい。」


 まるで稽古をつけているような様子に、ハルカは戸惑っていたが、意を決したように飛びかかった。


「やああっ!」


 まるでお手本のような動きで、時に変化をつけながら斬り掛かるのだが、烏丸は受け流している。


「ハルカちゃんも腕を上げたわね。先生がその刀を任せただけあるわ。……さぁ、最後はカナタちゃんね」


 そう言うと、ヒナタの時と同じように強い一撃でハルカを下がらせた。


「キザさん。なんですか?」


「やだ、他に何に見えるかしら?」


ふふふと口元を押さえて烏丸だったはずの人が優雅に微笑む。

 それは道場でよく見ていた階の姿に見える。


「む……おい、烏丸!意識が抑えてられているのか……。まさか……いや、前の段階の仮説で……」


 佐久間もやはり研究者なのだろう。想定外の事らしいが状況をメモして推論を立てているようだ。


 その時、呼びかけられたからかわからないが、階の表情に変化が現れる。

 以前見た事のある、醜い老人の顔が一瞬うかんだが、苦しそうにして消えていった。


「ふふ……少しお黙りなさい。今忙しいの。カナタちゃん、あなたには天音ちゃんが伝えた技を見せて欲しかったのだけれど……この無理がしら」


少し首を傾けて、残念そうに階が言うと、カナタは両手を片手を広げた。


「そうですね。このザマではさすがに……「飛燕」はおろか、普通の居合も難しいっすね」


「残念な。カナタちゃんの居合は綺麗で好きだったんだけど……」


 この人は烏丸という男が本体で、敵のはずなのに……話す言葉も雰囲気もキザさんでしかない。不思議な感覚に包まれながら話していると、くいくいと右袖が引かれた。


「ん?おお、ゆず。ああ……大丈夫だ。今は多分だけど危険はない。わかるだろ?」


 敵を前に呑気に話しているので、不安に感じたのかと思ったらそうではないらしい。ゆずは口を引き結んで思い詰めた顔をしていた。


「……その人はカナタくんの先輩?アマネさんと同じ……」


「そうみたいだ。ほら、ヒナタもハルカもああしてる」


 カナタが指した先では、ハルカが泣きじゃくるヒナタの肩を抱いている。そのハルカも目にいっぱい涙を溜めてキザさんを見ているわけだが……


「ごめんなさい。ゆっくりお話ししたいんだけど……私の中のジジイがずっと出てこようとしてる。もし、負けちゃったらあなた達を襲うと思うから……」


「むう……烏丸の意識はあるというのか……ではあの階という者が押さえてる?これは今までにない事だ」


 渡り廊下では、しきりに佐久間が呟きながら何かを書き殴っている。


「さ、カナタちゃん?今のあなたの精一杯を見せて頂戴」


 そう言うと、優しい顔を向けて階は刀を構える。

 カナタも頷いて、桜花を抜こうとしたが、引っかかって抜けない。


「おい……ゆず?」


 見るとゆずが必死に押さえてる。


「ゆず……時間がないみたいなんだ。尊敬してた先輩との最後の機会なんだよ」


 諭すように言うと、ゆずはキッと真剣な眼差しでカナタを見上げる。


「そんなのわかってる!わかってるから……カナタくんはカナタくんのできる限りを見せないといけない!」


「そうしたいのは山々なんだがな?片手……「私がカナタくんの腕になる」


「は?」


「大丈夫できる。任せてほしい。カナタくんは何も考えず、精一杯を見せるべき!」


悪ふざけやイジワルで言ってないのは、その顔を見れば明らかだ。


「わかった、ゆず。一発勝負だ。ダメだったらキザさんに俺の情けない一撃を見せることになる」


「そうはならない。カナタくんは何とかって奥義を見せてやればいい」


 もう何を言ってもゆずは引かないだろう。今も桜花をしっかりと握って離さないのだ。


「ふふ……カナタちゃん、素敵な子ね?」


「ちょっとばかり素敵すぎて、俺の手には持て余してるんですけどね」


「いいじゃない……まるでアマネちゃんみたい。こうと決めたら絶対に譲らないんだもの……」


 昔を思い出しているのか、階の顔がとても柔らかいものになる。

それを見たカナタが苦いものを飲み下すような顔をしたが、頭を振ってゆずを見た。


「いいか、ゆず。動かないように固定するだけでいい。あとは俺の腰を握って……動きを感じてくれればいい。……俺も、お前を信じてる」


 最後の言葉を聞いたゆずがパッと頭を上げたが、カナタはもう違うとこを見ていた。

 ムッとしたゆずがカナタの腰にぐーでパンチする。


 そして、カナタが言った通りに腰に手を当て……腰に抱きついて桜花を持った。


「おい、ゆず」


「カナタくんうるさい。さっさとやる」


 ぎゅううっと締め付けてくるので、なんだか柔らかい感触が押し付けられて、ゆずの女性を無理やり感じさせられる。


「……はあ、わかったよ。行くぞ」


 カナタが腰を落として、左手を桜花の柄に乗せる。ゆずは鯉口を切った状態で、体全身を使って桜花を支える。


「キザさん……行きます」


「ええ……いつでも」


「朱雀流…………」


 カナタの体がグッと沈み、ゆずはもう目も閉じて全身でカナタの動きに合わせていた。


「飛燕!」


 滑るように前進したカナタが刀を振り抜いた。シャン!という鞘走る音とカナタが地面を蹴る音が同時に聞こえ、本来なら納刀するのだが、さすがにそれはしなかった。万が一ゆずを刺してしまったら目も当てられない。


 クルリと刀を回して、血振るいするように一度振って残心……


 一瞬の静寂ののち、階が口を開いた。


「素晴らしいわ。アマネちゃんが惚れ込むのもわかる。万全の状況でもないのに、私にも受け流せなかった」


「え?」


 カナタが驚くと同時に、階の胸に一文字の傷が開いて血飛沫が舞った。


「これはお世辞でもなんでもないわよ?この距離まで届く斬撃と速さ。私にも見切れなかった。先生ならもしかしたら見切れるかしら?」


 階は、本当に嬉しそうに言うが、今も大量に出血している。


「き、キザさん!」


「動かないで!」


 慌てて駆け寄ろうとしたカナタを階は鋭い声で制止した。カナタだけではない。ヒナタもハルカも動こうとして止まっている。


「いいの、私はもう私ではないもの……あなた達の腕を見たら自分でこうするつもりだった。まさかカナタちゃんに引導を渡して貰えるなんて……私嬉しいわ」


 激しく出血しながらも階の表情はとても穏やかだ。そして、ポケットから何かを取り出すとカナタに向かって投げた。


「え、これは?」


 階はチラリと佐久間の方を見て、佐久間が書き物に夢中になっているのを確認して、微笑んで言った。


「それはね?烏丸が感染者としての力を抑える時に飲んでいた薬よ。あなた達の所にいる学者に見せなさい。そしてカナタちゃん、飲みなさい。あなた……感染しているわね?」


 

 

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