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8-7

8-7

「ごああぁっ!」


 腕のみそれまでのの二倍以上になった男は、性格まで変わるのか血の混じった唾を飛ばしながら雄叫びを上げる。


 スッと「十一」と「梅雪」をヒナタが構える。しかし、それを阿賀部は冷めた目で見ていた。


「やはり、大人に投与すると凶暴になりますねぇ……子供はこんなに従順になるというのに……」


 そう言って禿頭の大男を見る。


 チリ……と「桜花」が鳴った。


 ……なるほど、斬っていい奴という事か。


「リョータ、にいちゃんの後ろから離れるなよ?」


 振り向いていうと、リョータはしっかりと頷く。その頭を軽く撫でて、カナタも抜刀した。


 次の瞬間、トラックでも事故ったのかというような音が響く。

 カナタの前で両腕がでかくなった男とヒナタが戦闘を始めたまでは見ていたのだが、意識を阿賀部に集中させていたカナタがヒナタの方を見ると……


 太い樹木を素手で殴りつけてへし折っている所だった。


「あーあ……がっかり」


 恐ろしいほどの怪力を見せつけている男に、その攻撃は躱したのか、少し間合いを空けたヒナタはどこか残念そうにそう言った。


 そしてカナタの方を少し見ると、そこまで下がって来た。


「おい、ヒナタ。あのバケモンは」


「ああ、あれ?なんか強そうっておもったのにさー。」


 ヒナタの言う「あれ」は、倒した樹木を押し除け、ヒナタに近づいてくる。

 それを不満そうな顔で見つめる。


「ぐううう……」


 動物が威嚇するような声を喉の奥で出しながら一歩一歩進んでくる男は、ヒナタとの距離が十歩を切った所で、殴りつけようと大きく腕を引き寄せた。


 そして……倒れた。腕に対してあまりにも普通な首は、もう半分ほとしか、つながっていない。


 いつ移動したのか、その横で刀を振って血振るいしているヒナタ。


 ……あいつ……まだ速くなってるのか。


 心の中でカナタが呟く。男が殴ろうと腕を引いた瞬間、ヒナタは一気に間合いを詰めて男の首を斬っていた。

 ただ、カナタの目にもほとんど見えない速度だったというだけだ。


 ……勝てないなぁ。と心の中で呟いて嘆息する。

 道場で共に学んでいた時から、ヒナタには随分と前を走られていた。それはカナタが真面目にならなくなったのもあるが、守備隊に入って、嫌でも刀を振るっているうちにたいぶ追いついて来たと思っていたのだが……この妹はまだ先を走っていた。


 感心して、阿賀部に視線を移すと、阿賀部は興味もなかったのか、なんの感情も表していない。


 ただ男が倒れた方を見ている。


「お兄ちゃん、あれ……」


 カナタの元まで戻ったヒナタが、倒れている男の奥を指す。


「なるほど、あれか」


 それまで大きな樹木に隠れて見えなかった鉄格子が見えている。

 この中庭は中央が小高くなっているから、少し斜面になっている地面に、やや真新しい鉄格子。

 さっきまでの白づくめ達もそこから出て来ていたのだろう。


 その鉄格子が……開く。


 キィという音と共に開いた鉄格子からは見た事のない男が姿を見せた。

 男は阿賀部とカナタ達を順に見ると、阿賀部に話しかけた。


「阿賀部さん、奴らが侵入者ですか?」


「そうらしいですね。どうします?あなたがやりますか?」


 信頼とも尊敬とも取れるような感情を見せる男と、なんの興味もなさそうな阿賀部。

 阿賀部はどうでもいいといった感じでそう言ったが、男は喜色に塗れた顔でカナタ達の方を向いた。


「はい!お任せください!」


 そう言った男を阿賀部は冷たい目で見ていたが、やがてクルリと背を向けた。


「おい、逃げる気か?」


 背中を向けた阿賀部にカナタが声をかける。

 その習慣、顔を歪めた男が何か言おうとしたが、それよりも早く阿賀部が話し出す。


「ええ、拠点に帰ろうかと。ここでの目的は済みましたし……」


 そういうともう一度カナタ達方に向き直って、独特な祈りを捧げるような仕草をしてみせる。


「……よい終末を」


 そう言い残し、クスクスと笑いながら阿賀部と禿頭の大男はその場を立ち去ろうとする。


「まて……」


 カナタが呼び止めようとした時、スッと大男が動いた。カナタの方ではなく、阿賀部を守るように……


 ダーン!


 聞き慣れた銃声が響き、大男の背中にパッと血色の花が咲いた。同時にインカムからゆずの声が聞こえてくる。


 (カナタくん、知らない間に楽しそうな事をして……こっちは延々と白づくめと……まあいい。そいつは?)


 撃った後に聞いてくるゆずに戦慄をおぼえるが、見た目が普通じゃないから、まあいいかと思うあたりだいぶゆずに毒されている。


 (四国を出てからすぐの道の駅みたいなとこであっただろ。宗教者みたいなやつ。)


 (あー、棺桶引っ張ってた)


 ヒナタと同じような印象を持っていたようだ。その間にも大男の様子を見ていたが、阿賀部を守るような姿勢のまま動かない。

 やがて撃たれた背中の筋肉が混ざり、と動き出した。


 (うわ……きも)


 わざわざインカムでそんな感想を伝えてくるゆずに返事を返す余裕もなかった。もぞりと動いていた背筋からポロリと何かを吐き出した。


 (!……ヘカートの……弾頭)


 音でわかっていたが、ゆずはヘカートを使って狙撃したようだ。あの化け物じみたライフルはマザーにすら一定のダメージを与えていたのだが……


「ご苦労さま。行きましょうか息子よ」


 なんでもないように阿賀部は言った。


「あなた!自分の息子を……感染させたの⁉︎」


 思わずだろう。そう叫んだヒナタの声に、ゆっくりと振り向いた阿賀部は感情のない顔で「それが何か?」と返してきた。


「っ!」


 言葉に詰まるヒナタをつまらなそうに見た阿賀部は、もう興味などないという様子で、また歩き始めた。


「待ちなさい!」


 そう叫んだヒナタの前にさっき出て来た男が立ち塞がる。


「阿賀部さんの邪魔はさせん!」


 そう言って男が手を上げると、鉄格子の方からまた現れた禿頭の大男。


「一体、何人……」


 自慢げな男を視線で殺せるくらいにヒナタが睨みつけてつける。


 (ゆず……また別の大男が出て来た。狙撃できるか?)


 さっきの大男は倒せなかったが、ヘカートの威力は本物だ。最悪動きを止めれば自分が首を飛ばす。

 そう考えて、インカムでゆずにたずねる。


 (狙撃は可能。首でも頭でも撃ち抜いてみせる。ただ……弾がない)


 弾がない。そう言ったゆずの声は捨てられた子犬みたいに弱かった。


(え、もうないの?あれほど無駄遣いしちゃダメって言っただろ?)


 (そんな事言っても無いものはない。どっかその辺で補充したい)


 どっかその辺て……コンビニに買いに行くみたいに言っても……


 (と、とにかく弾がないなら合流してくれ。)


 そう言って、目の前の敵に向き直る。


「お兄ちゃん……あれ、行かせていいの?」


 そんな中、ヒナタの視線は阿賀部の後ろ姿に固定されている。それだけ「息子」という言葉が衝撃だったんだろう。


「いい……わけはないとおもうけど……今は。あいつゆずのヘカートで撃っても貫通もしなかった。まともにやり合うなら覚悟がいる。今は花音だ」


 さすがに花音の名前を聞けば、ヒナタも無理に追うとは言わない。

歯噛みしていたが、やがて阿賀部はその姿を消した。


「多分花音もあの中にいる」


 鉄格子を睨みつける。


「そのためには……あいつをどうにかしないとな」

 

 なにやら自信たっぷりにこちらを見る男を見やる。男のそばに控える大男は阿賀部が連れている者とは違い、両手の平が肥大していた。

 まるでグローブでもはめているかのようだ。


「こいつもヘカートで抜けないくらいだとつらいんだけどなぁ」


 カナタが思わず泣き言を言ってしまう。それくらいこの部隊の最大の威力を誇るのがヘカートなのだ。

 

 ……ゆずが言うように、どこかその辺で手に入らないかなぁ……

 カナタは思わず空を見上げて逃避するのだった。

 

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