8-6
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中庭の中央は、周りに比べ、少し高くなっていて樹木もたくさん植えられいる。その間に沢山の花があったようで、今は枯れてしまったプランターが大量に並んでいる。
それらを囲むようにベンチが並べてあることから、かつては花や樹木などを眺めて休息する場所だったのかな?とカナタは平和だった頃のこの場所に思いを馳せていた。
ところが今は……
「鍵持ってるんでしょ?さっさと出さないと折れるよー?」
沢山の白づくめが倒れており、そのどれもが気絶しているか苦しそうにうめいているかとなっている。それを少し離れた所からリョータの手を取ったカナタが見つめていた。
事の発端は、アクロバティックな動きをしたヒナタが見たと言う白づくめがいた場所に移動した事から始まる。
大体の場所を知っているリョータが指を指したのが、中庭の中央にある小高い樹木のたくさんある所。その樹木の間からギィという、金属の柵が開くような音が聞こえて、ひょっこり白づくめが姿を現したのだ。
それに素早く反応したのがヒナタ。お兄ちゃんと一緒にいて!と言い残し、リョータをカナタに任せて、風のように白づくめに接近したと思うと、武器を振り上げた白づくめの腕に絡みつくように、自分の手と足をかけたと思うと一気に極めた。
ゴキリと鈍い音と白づくめの呻き声を地面に押さえつけて聞こえないようにしたヒナタが、白づくめに詳細を聞こうとした。
ところが、また柵が開くような音がして、次々に白づくめが姿を現したのだ。その数八名。完全にヒナタを取り囲んでいる。
助けに行こうとするカナタを止めたヒナタは、一人一人さっきと同じようにして見せた。最後の方は白づくめの腰が引けてたような気もするが、なにやらテンションの高いヒナタは誰一人逃す事なく、利き腕と心を折っていった。
ちなみに本当に折ってるわけではないらしい。関節を故意に痛めて非常に痛いだけで、時間が経てば動くようになると、こっそり教えてくれた。
そして、今が最後の一人だ。
「ほら、両腕使えないと何もできないよ?感染者の群れに放り込まれたらどうするー?」
ギリギリと関節を決めている腕を捻り上げ、軽い口調で言われる方が怖いこともあるのだと、カナタは初めて知った。
なにしろ関節を極めるまえに、反対の腕は躊躇なく痛めているのだから、すでにその激痛は経験したばかり。
誰も耐えきれず、知ってる事を話すのだった。
「だ、話したから、話したから助けてくれ!」
「ねぇ、その捕まえてきた人達で実験した時、助けてって言われなかった?」
「そ、それは……」
これまでヒナタが一人一人丁寧に書き込みをしてわかったことは、ここにいる白づくめの集団は生存者を助けるふりをしてここに連れて来て、感染させて実験に使っていた。
最初の男がそれをペラペラと喋ったものだからヒナタの責めが苛烈になったのだ。
さらに姫路城で遭遇した友愛の会ともつながっているとなれば、遠慮会釈の必要はない。
「ま、いいや。じゃ最後。最近女の子がここに来たはず、その子は……」
それまで痛みに耐えてうまくばかりだった信者の男が、ヒナタが質問を口にした途端、豹変した。
「キサマ、救世主様が狙いかぁ!渡さん、ようやく戻ってこられた救世主さまをキサマらに渡さん!」
喚きながら男は立ちあがろうともがき出した。腕の関節を極められているので、起きようとすれば激痛が走るはずなのに。
「わださんぞぉ……救世主さまあ、うおおああぁっ!」
ゴキっという音がカナタの方まで聞こえ、慌ててヒナタが手を離したが、身を起こす時に折れてしまったのか、何とか立ち上がった男は両腕をだらりと下げたまま、ヒナタを睨みつけている。
「ふぅ……ふぅ……わたさん。二度と……」
「いきなり何?……折っちゃったかも……」
カナタの所まで下がって来たヒナタは男の豹変に驚いている。
そんな時、どこからか飛んできたダーツのようなものがその男に刺さる。
「素晴らしい。その気概、救世主様もさぞ喜ばれるでしょう……そんなあなたには救世主様の尖兵になる栄誉を与えます。さぁ、邪魔者を始末しなさい」
声の主は太い樹木の幹から姿を現した。これまで散々出て来た白づくめとは真逆の、まるで宗教者を思わせる黒い服を着て、薄ら笑いを浮かべている。
そして、その後ろから禿頭の大男が現れて、黒服の男のそばに立つ。
「お前、大鳴門橋の道の駅にいた……」
どこかで見たことがある。そう思ってこれまでを振り返って、大男を見てようやく思い出した。
「そういや、お前も救世主がどうとか言ってたな……」
ああ、棺桶運んでた人!と聞こえたのでヒナタも思い出したのだろう。
「まさか再び見えるとは思いませんでしたよぉ。少し過小評価していたようです。ですが、救世主さまが戻ってこられて、さらに救世主として覚醒なさった。もうあなた方のことなどどうでもいいのです。些事です」
やけに余裕たっぷりに話す黒服……阿賀部を見ていると、なんとなく腹の底がざわめくような……落ち着かない気持ちになる。
「お兄ちゃん、なんか気持ち悪い」
ヒナタも何か感じ取っているのか……あいつはこのままにしておいてはいけない奴かもしれない。
そう考えて、一気に斬りかかろうと思っていると、ヒナタに両腕を使えなくされていた男が、急に雄叫びを上げた。
「おおおおおぉっ!」
雄叫びをあげているうちに、だらんと垂れ下がっていた両腕の筋肉が盛り上がり、蠢き出した。
「なんかやばい雰囲気だな……ヒナタ!」
リョータを頼む。そう言おうとしたカナタに、ヒナタ「うん、わかった!」と返事を返す。
「お兄ちゃん、リョータくんをお願いね?あいつは責任持って私が……」
ペロッと唇を舐めたヒナタは、両手に持っていた短刀をクルリと手の中で回した。
「や、そうじゃなくて……」
「あ、そうだ。」
そう言ったヒナタは片手の短刀を仕舞うと、「桜花」と交換した無銘の刀を抜いて、じっと見つめている。
そうしている間にも、その向こうでは両腕の筋肉がモリモリと盛り上がり、元の太さの倍ほどまでなったところで、ピクリと動く。
筋肉が、ではない。腕が、である。加減して痛めつけただけの腕だけではなく、相手が動いてしまったせいで折れた方の腕も……
男は動くようになった腕を、確かめるように回したりして、ニヤリと笑った。
しかし、ヒナタは相手の方を一切見ていない。刀を眺め透かしながらぶつぶつ呟いている。
「んー、よし決めた!キミの名前は十一だ。いつまでも「無銘」じゃ可哀想だしね!」
……どうやら銘のない刀に名前を考えていたらしい。愛称みたいなものだし好きにすればいいと思うけど、君の前の人無視されてプルプルしてるから。腕が動くようになって、どうだ?みたいにニヤリってしてた顔が引き攣ってるから……
「なに?」
刀に命名してご満悦の様子のヒナタは、改めて前を見て、睨みつけている男と目が合い、冷たくそう言った。
あ、プルプルがひどくなった。