8-5
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「き、貴様なにも」 「し、侵入し」
カナタが中庭に入ると、監視だろうか二人の白づくめがバールや鉄パイプを持って立っていた。それを無造作に斬ってカナタは蹴り飛ばした。
「う、うわあ!」
その後ろにいた白づくめは白い装束を血で染まりかかっている仲間が自分に向かって倒れてきて、情けない悲鳴を上げて、仲間を横に押して倒した。
その頃にはもう間合に入っているカナタの「桜花」はするっとその白づくめの喉の部分に差し込まれた。
「がっ!がぼぼぼう」
喉から溢れる血で、声を出せずにその場に倒れこむ。
「やっぱりお兄ちゃんが持ってる時の方がよく斬れてると思うなぁ」
それを見ていたヒナタがぽつりとこぼした。
「ん?いや、誰が使っても変わんないだろ。その人の技量差はあるかもしれないけど、それならヒナタが使う方が斬れないとおかしいし」
ビュン!と空を斬って血払いをしながらカナタがそう返す。刀自体の切れ味は一緒だろうと。それでもヒナタは納得できないのか、しきりに首をひねっている。
わりと呑気な会話をしているが、その周りは結構な惨劇となっている。装束が白いために対比で余計に赤黒く見える血が飛び散り、そこかしこに白づくめが転がっている。
リョータはもう無心でいることに集中することにしたようで、視線は前に固定してそこらにある白づくめを見ないようにしている。
それでもさすがに思うところがあったのか、リョータが繋いでいるヒナタの手を引いた。
「ん?どうしたの、リョータ君」
「お、お姉ちゃんは……怖くないの?」
視線は伏せたまま、リョータはそう口にした。
「怖くないよ」
はっきりとリョータの目を見て、ヒナタはそう言い切る。それを聞いて、ややびっくりした様子のリョータに、ヒナタは優しく諭すように言った。
「だって、お兄ちゃん……そこのお兄ちゃんは私の本当のお兄ちゃんなんだけど、お兄ちゃんがいるし、リョータくんもいる。リョータくんは私が守るって約束したよ?その私が怖がってたらお話にならないかなぁ」
それを聞いたリョータは視線を彷徨わせながら、口を開こうとしていたが結局言葉が思いつかなかったのか、口を閉じて頷いた。
そして小さく「僕も頑張ります」と呟いた。
そしてヒナタに抱きつかれ、また顔を赤く染める羽目になるのであった。
そのまま進むと、やがて向かい側の渡り廊下までやってきた。樹木や白づくめが張っているテントで視界はあまり良くないが、それなりに怪しい場所がないか探しながらここまで来ている。
渡り廊下の上の方では、今も激しい銃撃の音が響いている。かなりの数の人の声をも聞こえるので、大多数の信者が上に行っているのだろう。
いくらゆず達が頑張っても、弾丸は限りがあるし相手の数は多い。
「早く花音を見つけないと……」
少しカナタの心に焦りが生じてくる。
それに比例するようにどこからか白づくめは現れてくる。
「こんなにいたのか?(ダイゴ、外を見てくれ。白づくめの奴ら外から入ってきているような様子があるか?)」
カナタがインカムで問いかけると、すぐに返事がある。
(いや、校舎の方からは派手な音が聞こえて来てるけど、こっちは静かなもんだよ?外からも入って来ている様子はないみたいだし)
……やはりおかしい。上ではいまだにかなりの音がしているし、俺たちがここにくるまでに見て来た所には、誰もいなかった。それなのに次から次にやって来やがる。
それも……
「また来た。お兄ちゃん、後ろからくるのおかしくない?」
ヒナタも疑問に思ったようだ。カナタ達が通って来た時にはいなかったのに、通り過ぎてからかなりの数の白づくめがやって来ている。
「どこかに隠れてたのを見逃した?」
しかし、敵はカナタが考えているからといって待ってはくれない。
カナタ達の姿に気づくと奇声を上げながら向かってくる。覆面で人相はわからないが、狂信者の雰囲気が滲み出している。
「うおぁああ!」
「死ぃねえぇ!」
カナタが迎え討つべく、構えているとその前に入り込んできた影があった。
「おい、ヒナタ……」
カナタの呼びかけには答えず、あっという間に白づくめとの距離を縮めたヒナタは、両手に持った短刀で血煙を巻き起こした。
一人目の白づくめが、たたらを踏むようによろけると、それを蹴って大きく跳躍したヒナタは、一回転しながら相手の首筋を斬りつけた。
「ああ、血、血がぁあ!」
己の首から大量に流れる血を見て、叫びながら武器を投げ捨てて、手で押さえるが指の隙間からどんどん流れ落ちる。
ヒナタは構えているが、もうそいつには戦う意志などかけらもなくなったようで、血を流して喚きながらどこかへ消えていった。
短刀を鞘に納め、カナタの方に歩いて来ていたヒナタがピタッと止まった。顔はまっすぐカナタに向いていて、じわじわと赤色に染まっていく。
「……ねぇ、お兄ちゃん。…………見た?」
先程宙返りをした時の事を言っているのだろう。正直に言えば見えていた。あれほど言っているのに、なかなか治らない。
「……いや。暗かったし見ようとしてなかったから……」
ついと目を逸らしながら言うと、ヒナタは安心したような残念なような不思議な表情になった。
「……リョータくん、さっきお姉ちゃんの下着、見えちゃったかなぁ」
「おい!」
カナタが止めようとしたが、すでに遅く、また正直なリョータは顔を赤くさせながらもしっかりと頷いていた。
「ねーお兄ちゃん?」
「俺は見てない」
「ほんとかなー?」
目を合わせづらくて横を向くカナタの視線にわざわざ入って来てそう言いながら見上げてくる。
「そんな気にするならもう少し動き方をだな……」
「ホントは見えてた?ん?」
「ち、ちょっとだけ……」
「きゃー、お兄ちゃんのえっち!」
そう言って楽しそうにカナタの背中を思い切り叩いてきた。
「俺はどうすりゃいいんだよ……」
そう言って嘆くカナタを楽しそうにヒナタは見ていた。
「ところでお兄ちゃん、さっき宙返りした時見えたんだけど、白づくめ達、中庭の中央の方から出て来てたよ」
「中央?」
普通、中庭の中央に何かあるのか?カナタがそう考えていた時だった。
「……あ」
小さな声が聞こえた。それはヒナタに隠れるようにして立っているリョータの方からだった。
リョータにカナタとヒナタの視線が向く。それに気づいたリョータは恥ずかしいのか、すぐに下を向いたが思い直したようにまた顔をあげた。
「あの……化け物から逃げてる普通の人達を集めて、何か作って?ました。多分中庭だったと思います」
そう言ったリョータの言葉に、カナタとヒナタは顔を見合わせる。
「リョータくん。何か作ってたってのは間違いない?」
「うん!……その、父ちゃんと母ちゃんがそれやってたから……あいつら手伝ったら食べ物くれるって言って……それで」
「うん、わかったよ。ありがとうリョータくん!助かっちゃった」
そう言ってヒナタは、ガシガシとリョータの頭を撫でた。
「わ、わ……」
リョータは驚いていたが、けして払い除けようとはしなかった。
「確定だね。この中庭の中央に何かあるんだよ。どうしますか、隊長!」
そう言ってヒナタはおどけて敬礼して見せている。
そんなヒナタの姿を見ていると、傷つけてしまった事をいつまでも謝れなくて悩んでいたあの頃がとても滑稽に思えてくる。
こんなに愛おしくて大切な存在に、いつか謝ればいいか。なんて考えていた自分が信じられない。男女のそれとは違うものの、確かにある親愛が離れていったかもしれないのに……
「よし、ヒナタ隊員はそのままリョータ隊員の援護。隊長自ら先陣を切る。行けるかリョータ隊員?」
冗談混じりに急にそんな事を言われたリョータはどう答えていいか迷っていたが、チラリと敬礼を続けているヒナタを見ると、真似をして敬礼をした。
「了解です!」
そう言ったリョータを二人がかりで撫で回すのだった。