8-4
教室の中はがらんとしている。これまでと違うのは机も椅子も片付けられて何もないくらいか……
「何もなさすぎて嫌な感じだね?」
後ろからヒナタがそう言うので頷く。まさにそう思っていたとこらだ。
おかしいと考えたカナタは、それまで外部から見られる可能性があったので、近づかなかった反対側の窓に近寄ってみた。
姿勢を低くして外から見られないようにして、窓から外を見てようやくこの校舎に人がいない事と、これまで外部から監視していても動きを確認できなかったわけを理解した。
「あー……なるほどね。」
隣にきて外を見たヒナタもそう呟く。
この学校は上から見ると校舎が「ロ」の形になっていた。今カナタ達は「ロ」の下の棒の所にいる。そして、「ロ」の上と下の棒を繋ぐのは、それぞれの階にある渡り廊下である。
その渡り廊下にも階段があり、それを使うと……「ロ」の中心、つまり中庭に降りていける。
中庭は自然を意識してあるのか、芝生やたくさんの樹木が植えられているようだが、今はそのどれもが趣味の悪い飾り付けをされている。
(総員、校舎の、内側。中庭を見てくれ、奴らはそこにいる)
インカムでそう伝えると、じっくりと観察する。パニック以前は生徒の憩いの場所であっただろう、その中庭に現在はいくつものテントが張られている。そこには明かりに照らされて白づくめの集団が音を出さないようにして動いているの見える。
「外から見えないわけだ」
カナタがそう呟いていると、インカムから声が聞こえた。
(カナタくん!正面の校舎、四階!)
それと同時にカナタの付近を明かりが舐めるように通っていった。
慌てて姿勢を下げて隠れた。
同じようにしているヒナタを見るとリョータを抱き寄せていた。
「ごめん、見られたかも……」
咄嗟に動いたカナタ達とは違い、インカムをしていないリョータは部隊内の会話など聞こえない。
ゆずが発した警告も聞こえず、明かりが照らしていった時もそのまま立っていたらしい。
そっと顔を上げると、見張りだろうか、四階に複数人の白づくめがいて、慌ただしく動き始めていた。
(おい、カナタ。なんかあいつらの様子がおかしいんだが?)
スバルからため息混じりの言葉が届く。耳を澄ませるとカナタ達がいる上の階から足音らしき音も聞こえてきた。
(こっちで見られたみたいだ。……俺たちが上に登って派手に動くからそっちは……ガガガ!)
「うわ!なんだよ」
慌ててインカムの通信スイッチから手を離す。これは誰かが送信スイッチを押して話している時に、別の誰かが送信スイッチを押した時の電波が干渉した音だ。
(了解、こっちで動く。カナタくん達はそのまま隠密行動。花音をお願い。以上通信おわり プッ)
(おい、ゆず!おい!)
「またあいつ電源落としやがった!指示聞くつもりあんのかあいつは!」
文句を言うカナタの隣でヒナタは「アハハ……」と苦笑いを浮かべるだけだった。
「以上通信終わり」
そう言ってさっさとインカムの電源を切るゆず。その後ろでは由良が信じられないような顔をして、目を丸くしている
「おまえは……」
スバルも思わず苦笑いになって呆れているが、ゆずはどこ吹く風だ。
「戦力的にこっちの方が戦闘には向いている。向こうは近接職二人。こっち近接一人に遠距離二人いる。それに……」
「ん?それに?」
「どっちにしても戦いになったら、由良はともかく私は音は消せないし、遠慮するつもりはないから、カナタくん達に隠密行動してもらった方がいい。これは適材適所」
そう言って顔を上げたゆずは、ライフルを手に獰猛な笑顔を浮かべていた。
「あー……なんていうかほどほどにな?」
「ん。善処する。けど多分無理。さっきから身体が疼いて仕方ない」
そう言うゆずを見て、スバルは乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。
パパパン!パパパン!
断続的な発砲音とマズルフラッシュが校舎を照らす。
「早速始めやがった……言う事聞く気無しだな」
呆れた顔をするカナタの腕にそっとヒナタが手を置いた。
「きっとね、ゆずちゃん嬉しくてもう止まらないんじゃないかって思う。久しぶりに本当のお兄ちゃんに戻ったみたいだったから……」
「……だから心配なんだけどな。もう、こうなったら信じるしかないけどな」
口を尖らせながらもそう言ったカナタにヒナタも嬉しそうな顔を向ける。
「そうだよ、ちなみに私もゆずちゃんに負けないくらい、やる気に満ちてます!」
むふふー!と鼻息も荒いヒナタをじっと見たカナタは……
「お、お手柔らかにな?」
と、別の場所でスバルが言ったような事を言うしかなかった。
ゆず達は教室を出て渡り廊下まで来たところで向かいの校舎から来る白づくめと出くわしていた。さっきの射撃音はその姿をみた瞬間、ためらいなく発砲したゆずのライフルの音だ。
ゆずが向かいの校舎から来る白づくめに対し、牽制射撃をして、由良が渡り廊下にある階段をのぼって来ようとする白づくめに撃っている。
「由良!そっち側弾幕薄い。近寄ってきたら面倒。」
「は、はいぃ……」
震えながらも由良が階段に向かって撃っているが、相手にも銃を持っている者がそこそこいて、少しづつ間隔を縮められている。
ゆずは由良にそう言いながら次のマガジンを銃身に叩き込むように装填して、荒々しくチャージングレバーを引いた後、そのまま腰に手をやり、由良が撃っているほうに向かって無造作に何かを投げた。
壁に隠れながら近づく隙を狙っていた白づくめの前にそれが転がる。
「は?」
間抜けな声をだした白づくめの前でそれが爆発する。
ドゴン!と校舎を揺るがすような音が響いて、煙が晴れたころには、何人もの白づくめが倒れていた。それを見た後続はうかつに近寄れないでいる。
№3特製のグレネードだ。火薬の量はそれほどないので、範囲は狭いが、近くにいればかなりの被害を与えるように作ってある。
「……お前、容赦ないな」
武器を構えてはいるものの、やる事がないスバルが頬を引きつらせながらゆずに言う。
「当然!」
そう言い返したゆずは渡り廊下の向こうに向かって弾をばらまいた。
「おうおう……派手になってんなぁ」
ちらりと視線を上に向けたカナタがそう呟く。カナタ達はゆず達と反対の階段を一階まで降りて、中庭に向かっている。
ゆず達が敵の気を引いてくれているうちに、花音を探し出したい。
「ここが中庭に行くドアだね?」
ヒナタが手を引いているリョータに聞くとリョータははっきりと頷く。リョータはこの学校の生徒だったらしく、中庭に降りる最短ルートを案内してくれていた。
「開けるよ?」
そう言ってヒナタが扉を開ける。カナタはヒナタが開けた扉に滑るように身を入れる。
「だ、誰だ貴様!ここは……」
扉のそばにいた白づくめがカナタを見て誰何していたが、逆手に「桜花」を抜いたカナタが、撫でるように斬り上げていた。最後まで言葉を続ける事が出来なかった白づくめは首の太い血管を斬られたらしく、大量の血を流しながら膝をついて倒れた。
「リョータ君。あまり見ないほうがいいよ。気にしない気にしない!」
軽い口調で、血だまりに倒れた白づくめを見て、真っ青になっているリョータを引き寄せて頭をなでる。
「この格好をしてる人は、人としてやっちゃダメな事をしているから、同じ人間だと思う必要はないから。そう簡単にはいかないだろうけど、今はなるべく気にしちゃダメ。いい?」
ヒナタはリョータの前にしゃがんで同じ目線でそう言い聞かせる。リョータはまだ青い顔をしていたものの、ぐっと口を結んで頷いた。
「よし!それでいい。頑張って男の子!」
そう言ってにっこりと微笑みかけるとカナタを追って移動する。ちょうどカナタは中庭に入ろうとしていた。