8-2
8-2
カナタの前でヒナタの肩がピクッと動く。
避難民の安全よりも作戦行動の方を優先したように言ったからだろう。でも……
「ヒナタ、間違うな?いつもならもっと迷うだろうし、できる限り避難民の安全策をとるだろう。でも今日はあえてそれを置いて進む事を決めた。だからと言って作戦を最優先したわけじゃない。今の判断で一番優先したのは仲間だ。」
「え……なかま?」
「そうだ。」
真剣な顔で頷いたカナタはインカムの送信ボタンを押しながら話した。
「(みんなも聞いてほしい。避難民の安全を確保してから進むのが最適解だと思う。だけど、そうすると高い確率で相手に気付かれるだろうし、非戦闘員を抱える事にもなる。最適解に近づければ近づけるほど、味方のリスクが増えていく。今回ばかりはそのリスクを許容できない。俺が万全じゃないし、次期隊長に短い時間でできるだけ伝えないといけない。だから今回の判断は俺のせいだと思ってくれていい。)」
「(今は俺の持ってるものを出来るだけヒナタに渡すためのロスタイムだと思ってる。それも、いつホイッスルがなるかわからない。正直な気持ちを言うと余計なものに拘って貴重な時間を消費したくない)」
それだけ言ってカナタは送信ボタンを離した。
罵倒されても、軽蔑されても、失望されてもいい。非難は甘んじて受けるつもりだ。
ただ、今のカナタにとっての最優先は、No.4の守備隊としてではなくカナタ個人にとってのものという事なのだ。
カナタは黙って仲間達からの言葉を待つ。正直なところ、そこまでめちゃくちゃな事は言われないだろうと思っている。でも人としてどうか、と言う事を言っている自覚もあるので、なんともいえないのだ。
しばしの沈黙ののち、初めに話し出したのは……
(カナタ、お前さぁ……)
……スバルか。軽そうに見えた意外と正義感がある奴だからな……
(バッカじゃねぇの?)
少し予想と違う事を言われて、カナタは少し戸惑った。
(最適解とか最優先とか色々言ってるけどさ、ヒナタに全部教えたいから他の人を構ってるヒマないです。でいいじゃん。何絶対に助けないといけない事が前提になってんだよ)
真面目ちゃんか!
そう言い捨てられてスバルからの通信は終わった。そして、カナタが何か言う前に、次が話し出す。
(カナタくんは真面目すぎる。……そのおかげで私は救われたし、今もこうして生きている。だからそんなカナタくんを否定はできないけど、肯定もしない。こんなルールやモラルもなくなった世界でそれは美徳だと思う。でもそれでカナタくんの選択肢が狭まるのは間違ってる。助けたくないなら助けなければいい。助けようとした時点で自分の命をかけないといけないのに文句を言われる筋合いはない。もし、何か言う奴がいたら教えてほしい。私がそいつの頭にヘカートの弾ぶち込んでやるから)
スバル……ゆず……
「お兄ちゃん……私はお兄ちゃんの妹だから、どちらかって言えばお兄ちゃんの考えに近いかもしれない。誰かいれば助けないとって思っちゃうし。でもそれはそれとして、自分を優先していい時ってあると思う。お兄ちゃんにとってそれは今なんじゃないかな?……ロスタイ、ムとかさ……悲しいこと、言わないでよ……終わりが、決まってるみたいな、事言わないでよ……」
俯きながら言葉を紡ぐヒナタの声は、だんだん湿り気を帯びてきて言葉も詰まり出す。
それでも絞り出すように話すヒナタを見ていると、カナタもつらくなり思わずヒナタを抱き寄せた。
ヒナタはなんの抵抗もなくカナタの胸に収まり、しがみついて顔をうずめて肩を震わしている。
「そっか……俺は難しく考え過ぎてたみたいだな。全くいい仲間を持ったもんだよ」
プツっとインカムのスイッチを誰かが押した音が聞こえた。
(カナタ君、カナタ君は隊長だから余計に深く考えてしまってるんだと思う。それは隊長としては必要な事だと思うけど、十一番隊は他とは違うんじゃないかな?)
十分電波が届く範囲なのだろう。それまで黙って聞いていたダイゴがそう言ってくれる。
(そーだよ。十一なんて他所にはないんだ、同じである必要なないだろ?いいんだよ、カナタが思うように動いて。俺らは黙って着いていくんだから)
そう言ってくれたスバルの言葉にスッと胸が軽くなった気がする。
もしかしたら自分は隊長というものを難しく考え過ぎていたのかもしれない。こうあるべきと縛って、隊員から非難されないような行動をしないといけないと考えてしまっていたのかもしれない。
……隊員っいっても、いつもの仲間ばっかなのにな。
カナタはやや力を入れてヒナタの頭を撫で回した。
「ちょ、お兄ちゃん⁉︎やめ、やめてよもう!」
撫で回すカナタの手から逃げたヒナタは、真っ赤な目で、恨めしそうに見る。
「ごめん、ヒナタ!俺は焦ってたみたいだ。なんか隊長の理想像みたいなやつをお前に押し付けるところだった」
そう言ったカナタは晴れやかな顔になってる。そして、カナタはインカムの通信スイッチを押して話す。
「(悪い!なんか俺らしくない事をしてた!らしくなく、最後をどう迎えるかとかそんなんばっか考えてた。最後なんてそこらへん、いくらでも転がってんだから難しく考えても無駄なのにな)」
「もう!そこら辺に転がってるけど、絶対拾わせないから!ゆずちゃんと二人でじゃましてやりますー!」
頬を膨らませ、ヒナタはプイっと横を向く。そんなヒナタの頭を撫でながらカナタは話を続けた。
「(俺がみんなの命を守らないといけないなんて、おこがましいこと考えてたよ。違うな、俺たちはそんなんじゃない。)」
(全くその通り。今頃理解するなんてカナタくんはまだまだ。修行が足りてない。隊長を譲るなんて問題外。罰としてもうしばらく隊長として私達の道を示す事。これは決定事項!)
「(……そっか。まぁやれるだけやるよ。そんかわりあんま期待すんなよ?)」
「(なんか十一番隊っぽくなってきたんじゃない?)」
いつになく弾んだ声でダイゴが言うその後ろで、「ダンゴさん、なんか嬉しそうやなー」という声と何かがぶつかってきたような音が入る。
思わずカナタはにんまりとしてしまう。今頃スバルは歯噛みしているだろうなと、考えると自然と浮かんできた。するとまたスイッチが入る音と同時にゆずの声で……
(今スバルくんが顔真っ赤にして悔しがってる)
などとわざわざ言うから吹き出してしまう。そのままゆずの通信から「おまっ!わざわざインカムでいうなよっ!」などと聞こえてくるから余計に……
ここがどこかも一瞬忘れて笑ってしまった。
「ほら、お兄ちゃん。見つかっちゃうよ?」
と、ヒナタも笑いながら言ってきた。
……ああ、なるほど普通と違う十一番隊か。よく考えると、できた当初からあまり普通な事はして来ていないな。
と、一人考えていると、左腕に軽い衝撃と重みを感じる。
「むっふふー。独り占めっ!」
何が楽しいのか、カナタの腕に自分の腕を絡ませて、ヒナタが上機嫌になっている。
そしてそのままの格好で見上げて、にっこりと笑って言う。
「ほらほら、お兄ちゃん!号令を掛け直さないと。多分みんな待ってるよ?」
「……ああ、そうだな」
そう言ってカナタも微笑み返す。
「景気良くいってみよー!」
と右腕を突き出すヒナタに、苦笑いになったカナタが言った。
「なぁ、ヒナタ。一本しかない腕にそうされると何もできないんだが?」
ヒナタはきょとんとした目でカナタを見上げてきた。




