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我を忘れて美鈴はその姿を見ていた。自分と変わらない小さい体で大の大人を近づく順に斬っていく。時には見惚れるほどきれいな動きで、時には小さい体を利用したしなやかな猛獣のような動きで、時にはじっと相手の攻撃をしのいで、一瞬の隙を見逃さず、時には無造作とも言える刀さばきで……そして刀を仕舞ったと思った次の瞬間、振り抜いた姿勢になっていて、その刀の軌跡は離れていても全く見えなかった。
「花音……ちゃん」
周りを取り囲む信者の勢いが明らかに落ちている。無理もないだろう、十代も前半の少女が刀を振り回して誰もそれを止められない。それどころか次々に戦闘不能にされていくのだから……
ただ……美鈴の目にはそれがただ強いだけには見えなかった。そこまで動けるはずがないのだ。遠山が姿を見せたくらいの時点でかなり疲弊していたのだから……
「今の花音ちゃんは……」
命をすり減らしながら戦ってる。すでにハルカを担いだアスカの姿が見えなくなってからずいぶん経つ。大粒の涙を流しながら美鈴は絢香を静かに地面に横たえるとふらふらと立ち上がった。
誰もその美鈴の行動を咎めなかったのは、ひとえにそこにいる全員の視線が花音に集中していたからだ。
ふらふらした足取りのまま、目の前の信者を押しのけ、時には命令してどかせて花音の近くまで来た。十分に知覚できるほどの位置にいるというのに、花音は一切こっちを見ない。
「ああ、花音ちゃん……」
「き、救世主様!危険です」
ようやく誰かが気付き声を張り上げたが、美鈴の足は止まらない。遠山が何か叫んでいるような気がしたが耳にははいってこない。
意識は、ただ目の前で刀を振るう花音に向かっている。
「離れてください!」
信者の一人が美鈴の腕にしがみついた。あと数歩近づけば花音の間合に入るからだろう。さっきから、その間合に入った者はことごとく斬られているから。
「邪魔しないで」
美鈴は無造作に腕を振って、信者を振りほどいた。よろよろと後ろ向きに歩いた信者は花音の間合に入り……ぽかんとしたままの顔で首をはねられた。
「もうやめよ?花音ちゃん」
「救世主様っ!」
美鈴に飛び掛かろうとした信者が空中で真っ二つにされる。後ろから掴まれれば、足を掛けて転ばせる。地面でもがくうちに花音が斬った。
「花音ちゃん……」
両手を広げて花音を抱くように一歩、一歩近づく。そして、いよいよ花音の感情の抜けたまなざしが美鈴を捉え、花音の姿がぶれる。
ああ、斬られるんだ。でも花音ちゃんに斬られるのなら幸せなのかもしれない。後に残してしまう花音と絢香申し訳がなくなるくらい。
薄く微笑みを浮かべ、両手を広げた美鈴は斬られる事を望んで近づいたように周りからは見えただろう。そして花音が動いた。
斬られた。誰もがそう思い、思わず閉じていた目を開けた時……そこには意識をなくした花音を抱いて涙を流す美鈴の姿があった。
まさしく救世主足りえるその姿に、信者たちはその狂相を潜めてその場に跪いた。ようやく我に返った遠山の声にも誰一人耳を貸さず、信者たちは祈りをささげていた。
確かに斬られたと思っていた。だけど、刀が私に届く寸前で花音ちゃんの瞳に色が戻ったのが見えた。急激に勢いをなくした刀は、その場に転がり少し微笑みながら意識を手放した花音ちゃんは私の腕の中に身を預けてきた。
少しだけ残念と思ってしまった事は後で花音ちゃんに謝ろう。そう考えながら美鈴は大勢の信者に祈りをささげられる中心で花音を抱きしめた。
結局、遠山は花音ちゃんに手を出すことができなかった。美鈴が抱き留めた少女を殺すという事は救世主の意図に反するという事になってしまう。血管が切れるのではないかと思うくらい歯噛みしていた遠山は何度も地面を蹴りながら本拠地に向かって帰って行った。
美鈴と絢香、それから花音は信者たちが担ぐ神輿のような物に乗せられ運ばれている。聞こえてくる話によればどこかの学校を本拠にしているらしく、そこに向かっているようだ。
「アスカさん達、無事に逃げれたかな?」
意識を取り戻した絢香は自分が耐え切れず気絶してしまった事を激しく悔いていたが、美鈴が何度も話して今は落ち着いている。
神輿の中は何もない板にじゅうたんみたいなもの敷いてあるだけだ。絢香はその壁に寄りかかるようにして膝を抱えて座っている。
美鈴に諭されて自分を責める事はしなくなったが、それはそれとして思うところがあるんだろう、考え込みがちになっていた。
「大丈夫だと思う……あの時の花音ちゃんすごかったもの。多分誰一人追わせていないと思う。」
美鈴は今も意識を取り戻さない花音の顔を見つめながらそう言った。美鈴も最初からみていたわけではないが、花音はあの時、正しく「壁」だった。真実誰も後ろに通していない。
ただそれほどの事をした代償は大きいようで、花音の両腕はひどく熱を持ち、倍近く腫れあがっている。意識もないのに、ずっと痙攣しているくらいだ。
「そんなすごかったんだ……」
その時の事を見ていない絢香は半信半疑の様子だが、今の状況が全てを物語っていると言ったらすんなりと納得した。
遠山は失い、今の状況の花音を一目見ると、もう脅威ではないと判断したのか、鼻を鳴らしただけで武器だけ取り上げて共にいる事を許した。
愚かな男と、内心美鈴は見下している。あの時の花音を見て武器を取り上げただけで何もできなくなるとどうして思えるのか……
今の花音は動けないだろうが、もし花音があの時と同じくらいまで体調を戻したら、素手でもだれも止められないだろうに……あの時ですらひどく疲弊した後での動きだったのに……できたとしてもさせるつもりはないが。
この神輿のような物に乗せられてから、美鈴はある程度の事なら美鈴の言う事は何でも聞く信者に対して水とタオルを要求して手に入れている。
今はそれを使って花音の腕を冷やしたり、汚れをぬぐってやったりしている。美鈴が信者たちに対して、命令のような事をした時には、絢香が目を見開いて驚いていた。
これまではそのような事は一切したことがなかったからだ。信者たちを気味悪がるばかりで一切目を向けようとしなかった姉が、向き合って何かを要求した事に驚きながらもうれしくなっていた。
花音が全身を使って見せたものは、美鈴の中の何か大きなものを揺り動かしたのかもしれない。絢香はそう考えるとこれから何かが好転するかもしれない。根拠はないがなんとなくそう感じていた。
今は、地獄の中で知り合ったこの少女が一刻も早く目を覚ますようにしなくては。そう考えて固く絞ったタオルで腫れあがった手を冷やしてやるのだった。
そして、花音を見つめる目はもう二対あった。遠山が陣取っていたカフェ。そのすぐ近くの民家にアスカとハルカは隠れていた。
花音を残してしまったアスカは激しく後悔していた。それでも不思議と冷静さは保っていた。自分が残ったところで花音は意識を失ったハルカを移動する事は出来ないだろう。ハルカを連れて行く事を前提にしたら花音が残るしか選択肢がなかったことも理解していた。
それでもアスカは冷静に行動した。いくら頑張っても意識のない成人女性を連れて早く遠くに逃げるなんて事は現実的ではない。すぐにそう考えたアスカは、信者たちの目から逃れたらすぐに回り道をして、元いた場所まで戻って隠れたのだ。
そのおかげでばれる事はなかったが、わりとすぐ意識を取り戻したハルカと二人、花音の奮戦をみていたのだ。
「花音ちゃん……カナタったら、花音ちゃんをどうするつもりなのかしら」
呆れた口調でハルカは言っているが、そのまなざしは奮闘する花音を捉えて離さない。結局、美鈴に抱きかかえられて神輿のような物に乗せられて運ばれていくのをただ見ていることしかできなかったのである。




