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【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られた都市~  作者: こばん
2-1.再会

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7-6

アスカも花音もすぐには動けないでいる。このまま美鈴と絢香を奴らに渡せば、どんな目に合わせられるか……ひどい目に合う事だけは確かだ。

 しかし、彼女らを救う術もないことも確かなのだ。今だって彼女らの身柄と引き換えに命を長らえているようなものだ。


「お願い……言ってください。遠山は黙って言う事を聞くような奴じゃないです。今はお姉ちゃんの命がかかっているから様子を見ているだけ……ね、花音ちゃん?私たちあなたと友達になれてホントによかった……友達を救わせて?」


 絢香がそう言った瞬間、花音は支給刀の柄で思い切り地面を叩いた。

アスカにもその気持ちはよくわかる。己の力のなさが悔しいのだ。救いたい人を目の前にして、何にもできない自分が……


「アスカさん、ハルカお姉さんをお願いします。」


「花音ちゃん?なにを……」


花音は支給刀を鞘に納めると、美鈴と絢香の所に歩いていく。


「お願い、花音ちゃん……逃げて……」


 涙を流しながら逃げろという美鈴を、口を引き結んだ花音は見つめて言った。


「絶対助ける!」


 そして流れる涙を袖でぐいっとぬぐうと踵を返した。そして意識のないハルカを抱えようとしているアスカを手伝う。二人でハルカを肩に担いでゆっくりと大勢の信者が見つめる前を歩く。

 信者の中には黙って逃がすのが納得できないのか、少し動きを見せる者もいる。


 そんな信者を見て、花音は鋭い声を叩きつけた。


「私たちの前に立ったら斬る!細切れに……肉片になるまで、斬る!」


 その気迫に、その信者は思わず動きを止めた。


 花音の胸中では嵐が巻き起こっている。友人を助ける事もできずに、苦しい思いをすることが分かっている所に置いていかないといけないつらさ、助けてやることもできない無力感。ネメシスの名乗ったふざけた宗教団体に対する憎しみ。そういったものが混ざり合って自分でも制御できないでいる。


 食いしばりすぎた口からはいつからか血が流れていた。



 その背中を憎々し気に見ている遠山。自分に対して歯向かったばかりか傷を負わせた者をむざむざ逃がしてしまってなるものかと思うが、今も首に刀を添えている姉妹を考えると手を出すわけにはいかない。絢香はともかく美鈴の方には途方もない価値がある。


 そしてもうすぐ花音たちが視界から消えようとした時だった。


「絢香!」


 美鈴が悲鳴のような声を出した。疲労か、緊張のためか。お互いに刀を突きつけていた妹のほうが膝から崩れるように倒れたのだ。


 慌てて絢香を抱き起す美鈴。もうその手には何も握られていない。


「あいつらを追え!何が何でも私の前にひきずりだせ!」


 嗜虐的な感情を隠しもせず、遠山が叫ぶ。信者たちが一斉に動き出した。


「ああっ!」


 慌てた美鈴が周りを見て刀を探すが、すでに近くの信者の手にあった。愕然として花音たちの方を見る。ちょうど花音がこっちを振り返るところだった。



 花音たちも異変にはすぐ気づいた。「絢香!」と美鈴の声が聞こえただけで、すべてを察した花音が叫ぶ。


「アスカさん!ハルカさんを連れて逃げて!」


「で、でも……」


 しかしそう言った花音はすでに刀を抜いて振り返っている。


「ここは私が足止めします。いつまで持つかはわかりませんが……ハルカさんを。その人に何かがあったらカナタさんが悲しむんです!私はそれが一番つらい!」


 涙交じりに叫んだ花音の胸中を察してしまったアスカはそれ以上何も言えなくなり、いまだ意識のないハルカの顔を見つめる。


「……わかった。花音ちゃん死なないで。ハルカさんは絶対カナタさんの所まで届ける。花音ちゃんは自分の命を第一に考えて!」


 そう叫ぶとアスカはろくに弾も残っていない散弾銃を投げ捨て、支給刀やかさばるものはすべて投げ捨てた。そして全身の力を込めてハルカを抱えると走り出した。


「逃がすな!」


「追え!回り込んで囲め!」


 後ろからは信者が口々に叫んでいるのが聞こえる。


(誰が……捕まるか!花音ちゃんが……誇り高い小さな花音ちゃんが守ろうとした人を……指一本たりとも触らせるわけにはいかない。自分の命に代えて)


 そしてここからアスカの命をかけた決死行が始まった。



 アスカの足音が遠ざかるのを聞いて、花音は息をついた。ハルカだけは逃がす。そう決めた時、カナタの顔が頭にちらつく。

(おこられるかな……。)


 カナタは自分の命をかけてハルカを逃がそうとしたことをけして褒めてはくれないだろう。いくらハルカのためといってもそこに花音の命がかけたと知れば許してはくれないだろう。


(それでも……ここは通さない)


 アスカが身を削った逃避行なら、こちらは文字通り命をかけた壁になる。


 花音は密かに練習を続けてきた。毎日刀を振るっていたのは、今日のためかもしれない。

 遠くに泣きながらこっちを見る美鈴が見えた。周りを信者に囲まれているが、危害は加えられていない事に安心する。


(ごめんね、絶対に助けるって言ったのに……)


 花音は美鈴に向かって三人で時間つぶしに覚えたハンドサインを出した。それを見たらしき美鈴が顔を伏せて泣いているように見えた。


 もうすぐそこまで信者が迫っている。先頭の男は先ほど花音が怒鳴りつけた男みたいだ。その顔は狂気に支配されている。


「ふう……」


 手の震えは止まらない。それでも意外と心は薙いでいる。すらりと腰の刀を抜いた。


 それを構えた瞬間、花音は考える事をやめた。




「ああ……」


 美鈴は涙でぼやける世界の中に修羅を見た。小さい体で不釣り合いな刀を振るう花音は修羅になっていた。宣言通り先頭の男を細切れにした花音は、それでも足を止めない狂信者に対して一切の遠慮なく刀を振るった。全身を返り血で染めた花音は近づく信者を片端から斬っていった。

 一回刀が振るわれるたびに一人の信者が倒れ伏した。


 感染者と違い、生きた人間はある程度の傷を負わせると動けなくなる。花音は十一番隊宿舎で毎日刀を振るっていたが、時間があえば指導してくれる人もいた。

 いつも早い時間帯だったので、一番多かったのはヒナタだ。きちんとした理論の元、効果的な剣筋と動き方を学んだ。次に多かったのは意外にゆずだった。夜勤の時などは朝方に帰ってくるので、疲れているだろうに付き合ってくれた。ゆずからは人の体を効果的に壊す方法を学んだ。


 聞こえは物騒だが、今の世の中危険はどこにでも転がっていて、危ないのは感染者ばかりじゃない。「花音はかわいいから気を付ける。変な事しようとする奴には遠慮しなくていい。好きなところを再起不能にしてやればいい。後からガタガタ言うようなら、私やカナタ君が黙ってないから」と、言って教えてくれたものだ。


 花音は無造作に手を伸ばしてくる信者には、あえて力を抜いて下がりながら相手の腕に刀を添えるだけ、それだけで勝手に腕から血を噴き出しながら動けなくなる。その後ろからは木刀を持った信者が振りかぶってきた。

 お粗末な構えだ。芯の通ったヒナタとは程遠い。振り下ろされる木刀に刀の腹同士を合わせてくるりとまわす。てこの原理を利用して、相手の木刀を巻き取った後は、下腹を一文字に斬る。


 そうすればあふれる内臓に慌てて動けなくなる。ゆずの教えだ。


 これまで学んだことをフルに生かし、花音は動いた。その目は何の感情も映さず気合の声一つ上げるわけでもない。ひたすら無の境地で……


 頭の中には、十一番隊の面々が今まで教えてくれた事が再現されていた。「ここはこうすればいいよ。そうすればあまり動かずに効果的に斬れるから」 「相手がでかくても関係ない。逆に狙いやすいと考える。私はそうしている」 「守る時は徹底的に守るんだ。安易に手を出さない。必ず隙はできるからね」 「いや、あんまり難しく考えなくていいんだよ。こうくればガッと行くみたいな感じでさ」「花音ちゃんは運動神経がいいみたいですからねぇ、相手の動きをちゃんと見て、自分から動かずに相手に斬らせに来させるやり方が向いてるんじゃないですかぁ?」


「いいかい花音ちゃん。俺は花音ちゃんが刀を振るうのをあまりいいとは思わない。でも、どうしてもの時はあるからね、止める事もしない。花音ちゃんか、花音ちゃんの大切な人のためにその刀は振るうんだ。怒りとか憎しみとかはすぐにエネルギーが尽きる。でも大切な人を守るためって時は実力以上の力が出る。俺は結構そのおかげで生き延びてる。」


 最後に出てきた人はそう言って少し遠慮がちに微笑んだ。でもその人から学んだ技術が花音の動きの元になっていた。後の先。相手の動きに合わせて、先に斬る。


 信者との間合いが離れた時、無意識のうちに花音は納刀した。それを見た信者がチャンスと思って勢い込んで向かってくる。


 シャン


 鞘走りの音がやけに大きく聞こえ、次の瞬間には目の前の信者の首がごろっと転げ落ちた。その居合の構えは誰かの動きの生き写しまであった。

 

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