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【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られた都市~  作者: こばん
2-1.再会

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7-5

7-5

「ハルカさん!」


 アスカがそう叫んだのを聞いて、花音は前を見た。一人感染者の集団に向かって走るハルカの後ろ姿が見える。


「ハルカお姉さん、そんな……」


 膝が震え、力が入らなくなる。感染者に迫られようが、近づいて刀で斬り付けようが、けして折れなかった花音の心が強く揺さぶられる。


 ハルカが向かっている方向には二階建てのカフェがあり、その二階にまるで見物をしているかのように見ている信者らしき集団がいる事に気付く。


「ああああ!」


 気合の声を挙げながらハルカは先頭の感染者の喉に突きを入れた。突き出したと思ったらもう引いている早業で。ごぼっという音を出して、口から血をあふれさせた感染者は崩れ落ちる。

 ところが、膝をついたその感染者の肩に足を掛けたハルカは大きく跳躍した。続けて後ろの感染者の肩も踏んで、さらに高く……

 カフェの二階に届けとばかり大きく跳躍したハルカの考えにようやく思い至る。ハルカは刺し違えようとしているのだ。テーブルについて優雅に飲み物を飲んでいる男と。この中で一番偉いですよと主張している男に……


「ああああ!」


 もう一度気合の声を上げたハルカが刀を振り上げた。高さも勢いも十分とどく。はずだった……


 男は慌てるそぶりを見せず、薄笑いさえ浮かべてカップに口をつけた。そこにハルカの白刃が迫る。


「きゃあっ!」


 次の瞬間、聞こえたのはハルカの悲鳴。一瞬何がおきたのかも分からず、目を見張る花音。


 これまで座っていたのかハルカ達の位置、下からは見えなかった。決死の覚悟で飛び込んできたハルカをそれは手で弾き飛ばした。

 飛んできた距離よりも大きく弾かれたハルカは、受け身を取ろうとしてなんとか頭を守る事が精一杯だった。背中から激しく地面に叩きつけられたハルカは肺の空気が強制的に吐き出され、息も吸えなくなる。


 うすれゆく意識のなか、見えたのは自分を弾いたらしき巨大な手を持つ禿頭の男だった。



「ハルカさん!」


 地面に叩きつけられたハルカに、アスカと花音が走り寄る。


 それをまるで演劇でも見ているような優雅な表情で見下ろす男がいる。


「っ!遠山……」


 美鈴が吐き捨てるように口走る。先ほどまで優雅な雰囲気で飲み物を飲んでいた男は、今は優越感を隠すこともなくアスカ達を見下ろしていた。


「どうかね、わが教団「ネメシス」が作り上げた使徒は。この男の両腕は大きさだけでなく力も成人男性の数倍に達する。その女も愚かなことをしたものだ。我らが使途が守るこの僕を狙うなんてね」


 ははは。と笑う遠山をアスカも花音も視線で人が殺せるならばとっくに殺しているであろう、そんな視線を向けている。

 それすら何とも思わない様子で遠山は片手に持ったままのカップを口に運ぶ。


「まったく……手を煩わせてくれたね、美鈴くん。君は救世主様として信者たちの頂点に、ただ黙って座っていればいいものを……その妹かい?余計な事を吹き込んだのは」


 そう言って絢香に視線を向けると、絢香は跳ね上がるように肩を震わせたあと、視線を下げた。


「待って!絢香は関係ない。今回も無理やり連れてきただけ……私が戻ればいいんでしょう。この人たちも関係ないから……ほおっておいて!そうしたら……黙ってあんたのそばにいる。」


 両手を握りしめて震えるのを必死でこらえながら美鈴が言うのを絢香は泣きそうな顔で見つめている。せっかくここまできたのに……そう考えると頭を抱えてわめきたくなる。


「だめ……美鈴ちゃん。諦めたら……だめ」


 ハルカの様子を見ていた花音がそんな美鈴をかばうように前に立ち、刀を構える。


「私は最後まで諦めない。きっとそれがカナタさんの十一番隊なんだから」


 そうは言うが、疲れも限界に近い花音の剣先はぷるぷると震えている。ただ構える事も厳しいほど疲弊しているのが見ただけでわかるのだ。遠山の位置からもそれが分かるのか。何も言わず面白そうに眺めている。


「そうね……私もそう聞いてたわ。十一番隊は死地からでもスキップしながら帰ってくるって……」


 それはもはや風評被害といっていい噂だが、あえてそれを口にしたアスカの口元には笑みが浮かんでいた。


 花音と並んで散弾銃を構えたアスカは狙いを遠山に定める。しかし、遠山が使途と呼ぶ異形の男はその巨大な手をかざして盾としている。


「ハハっ!無駄だよ、散弾じゃあ使途の皮膚を抜くことも難しいよ。せめてマグナム弾くらいは用意してほしいなぁ」


 まるであざ笑うかのように遠山が声高に言う。自分は絶対に安全なのだ。そう言わんばかりの自信と……油断があった。マグナム弾など所持しているはずがない。そんな高威力の武器などありはしない、と。


「そ、ならこれは……どう、かしら」


 息も絶え絶えな言葉は地面にひれ伏すハルカの物だった。そしてその手には……アスカと同じような散弾銃があった。


「くどいな……散弾銃ではどうにも……」


 遠山の言葉はそこで途切れる。最後まで言わせる事もなく発射されたハルカの散弾銃に入っている弾はサボット弾。散弾ではなく、実際の口径より小さくなるが散弾銃で一発の弾丸を撃つための弾だ。速度や飛距離は散弾より優れている。


 ドゴオンという射撃音が響いた後、使途と呼ばれる者の巨大な手のひらに大穴を開けていた。そして貫通した弾丸は……遠山の頭をかすめ、その後ろの建物の壁を穿った。

 発射の反動で再び地面に叩きつけられたハルカはピクリとも動かない。


 ふらふらとよろめいて、しりもちをついた遠山は、そっと頭に手をやるとべっとりと血がついていた。


「き、きさまぁ!慈悲を持って臨めば……これだ!あいつらを捕まえろ!」


 それまでの優雅さは消え失せた遠山の指示によって信者たちに囲まれた。もはやアスカと花音しか戦える者はいない……


 遠山の指示に応じて、建物の中から信者が出てくる。せめてもの幸いなのか、感染者たちは遠ざけられたみたいだ。じりじりとアスカ達を囲む信者達。

 アスカ達は美鈴と絢香、それから倒れたハルカをかばうような位置で立ちはだかっている。


「何をしている!女子供にいつまでも。さっさと捕らえて私の前に引きずり出せ!」


 二階から遠山の怒号が聞こえ信者たちの顔色も変わった。


「来なさい!命の惜しく無い順に叩き斬ってやるから!」


 アスカが悲鳴に近い声を出している後ろでは美鈴が覚悟を決めた顔をしていた。その手を強く握りしめているのは絢香。けして離さないとその顔が語っている。


 信者たちの包囲の輪が狭まってくると、アスカと花音の間を通って美鈴が前に出た。


「ちょっと美鈴ちゃん!」


「美鈴ちゃん!


 アスカと花音が叫んで連れ戻そうと手を伸ばすが、わずかに届かなかった。


「私たちを遠山の所に連れて行きなさい。」


 目の前の信者の男をにらむように見つめて美鈴が言った。言われた信者は戸惑った様子で遠山の方を見上げている。


「なんだ、ようやく言う事を聞く気になったのか。おい、救世主様を私の所に連れて来い」


 遠山が命じると、美鈴の前の男は美鈴を捕まえようと手を伸ばした。


 パシン!

 

 美鈴がその手を力いっぱい弾いた。手を弾かれた信者の男は分かりやすく狼狽が見えている。


「その前に、この人たちをどこかにやって、手を出さないで。私たちがここまで無事に生きてきたのはこの人たちのおかげ……この人達は、私たちを救おうと頑張るから……私たちはもう会わなくていい。そのかわり何もしないで!」


 遠山をにらみ、美鈴が精一杯の威厳を込めて言った言葉を遠山はせせら笑うようにして受け取った。


「はっ!ここまで手を煩わせて、この私に傷まで負わせた奴らをただで逃がせと?随分わがままをいうじゃないか」


 そう言った遠山に対して、美鈴と絢香が取った行動は……


 いつ持ったのか、支給刀を構えてお互いの首筋に沿えた。それを見た遠山の笑みが凍り付く。


「いいわよ別に……私の言う事が聞けないなら、ここで私達はさよなら。あなたにも二度と会わないですむ。どっちでもいい」


 そう言い切った美鈴の目は諦念に満ちている。本当にやる、そう思わせる目だった。


「だめ、美鈴ちゃん!戻ったらまた……」


 花音が悲痛な声をあげるが、美鈴は少し肩を震わせただけで振り向きはしなかった。


「くっ!いいだろう……おい!」


 遠山が合図をすると、包囲していた信者が動き、道ができる。


「……ごめんなさい、私たちを救おうとしてくれたあなた達の事は本当に感謝してます。私達にできるのはこれが精一杯……あいつが諦めるとも思えません。できるだけ早く、ここから離れてください」


 アスカ達に背を向けたまま、美鈴はそう言った。固く、震える声で……


 

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