7-2
「カナタ君、私たちから提案がある」
ゆずが非常に真面目な顔をしてそう言ってきた。私たち、という事はヒナタも同じ考えという事なんだろう。
「……なんだ?」
何を言い出すか、少し空恐ろしくなりつつもカナタには聞かない選択肢はない。提案を投げかけてくるという事は、まだ前向きに捉えているという事なのだから……
「ヒナタとも話し合った。カナタ君の件、ヒナタが隊長になる件。……どう頑張っても納得はできない」
硬い口調でゆずはそう言った。予想していた言葉ではあるが、カナタも後には引けない。ぐっと奥歯を噛みしめてゆずの目を見つめた。
しばしの間、強い意志が目線となってぶつかっていたが、意外にもゆずが折れた。視線を落とし口を開く。
「納得は……できないけどここは安全な場所じゃない、それは理解している。……だから、カナタ君の顔を立てて一応受け入れる」
ゆずがそう言うと隣のヒナタと一緒に、悲し気な顔でじっとカナタを見つめてくる。その顔を見つめ返しながら、カナタは胸が締め付けられる思いをぐっとこらえた。
そして最後にヒナタが言った。
「ただ……私たちもそんなに器用じゃないし、気持ち的にも……だから少し時間を欲しいの」
いつになく真剣な顔と口調でゆずが言う。悲しげな顔をしてヒナタが言った。さすがにここでおちゃらけた受け答えができるわけもなく、カナタも真剣に応える。
「時間……というと?」
カナタが問い返すと、ゆずが用意していた答えを口にした。
「どうせ、しばらくはカナタ君と同行する事になる。なら、今のうちにカナタ君の経験をすこしでもヒナタに譲るべき」
そこまで言うと、一度きゅっと口を結んで、何かをこらえるような顔になって続きを語った。
「そして戦わなくていいから……何もしなくていいから、いるあいだは指揮をとってほしい。いきなり……いなくなるからって部外者のようにされるのは……あんまりにさみしい」
「…………」
真剣な口調は話しているうちに悲しそうな顔になり、最後は懇願するような口調になっていた。
「……部外者みたいに振舞っていたつもりはないんだけどなぁ……離れる人間が中途半端にかかわるのはダメなんじゃないか、とは思ってた。…………わかったよ。どっちにしても一緒に行動はするんだ。俺も指揮のやりかたなんて習ったわけじゃないしヒナタはヒナタのやり方でやればいいと思ってたんだが……まあ少しでも参考になれば、少しでも置き土産になるような事が出来れば……いいか。俺は大したものを残せてないけど、それが糧になるんなら、な。」
カナタが了承した事に一気に表情を明るくさせたゆずとヒナタだったが、話を聞いていくうちに、その表情はみるみる曇って行った。
そして最後の置き土産~くらいから、誰が見てもわかるくらい機嫌が悪くなっていく。
「ヒナタ……甘っちょろい事言ってないで、カナタ君を何かに縛り付けてそれを持って回ればいいんじゃないかと思う」
「ああ、なるほどね。ゆずちゃんいい事を思いつくね。この期に及んで置き土産なんてふざけた事を言う人には、それくらいしてもいいと思う」
二人とも一切笑ってない目でカナタを見ると、ゆらりと動き出し、一歩、また一歩とカナタに近づいて行く。それを見たカナタは、自分の言葉が何かしらの地雷を踏んでいた事に、ようやく気付いて慌てて言った。
「おい、ちょ……待て、落ち着け。言葉のチョイスに誤りがあったかもしれない。とりあえず止まれ、な?……おいおい、ヒナタこんなとこで抜刀するのはどうかと思うぞ?ほら、ゆずもヒナタを止めるのを……お前なんでサブマシンガンなんて持ってるの?危ないでしょ、向けるな!あぶ……ゆず!お前ほんとに撃ちやがったな!ヒナタ?なんで背後に回ってるんだ?ま、待てほんとに悪かったから……え?なんでもってお前ら……分かった、分かりました」
関わると危険なのでダイゴとスバルはいち早くカナタのそばを離れていた。少し離れたところからカナタの声が聞こえてくるが……
死にはしないだろう。
むしろ邪魔する奴が来ないようにダイゴもスバルも周辺の警戒を密にした。
◆◆◆◆
「はあ……」
「む、さっきからため息が多い。カナタ君、こんな美少女を二人も独り占めにしているというのに、何か不満がある?あるんならちょっと言ってみてほしい」
「だよねぇ。今の世の中こんなおいしい思いできるのはお兄ちゃんくらいのもんだよ?」
今カナタの体には、隊服の上から高所作業用の安全帯がしっかりと装着されている。その安全帯からのびるロープとカラビナを使って、カナタがおんぶする形で固定され、ゆずとヒナタにつながっている。
戦場の一戦からは退いた形のカナタはがっちりと安全帯が固定されているが、ヒナタとゆずはワンタッチで外して動けるように工夫すらしてある。
よって、体重こそ感じるが背負ったまま移動するくらいは全然難しくない状態になっている。
「どこから持ってきたんだこんなもん……」
はあ、とため息をつきながらカナタは呆れたように言う。ゆずが両手と足まで使って締めあげた安全帯はぴったりと体にフィットして……若干食い込んでいる。多分本来の締め方ではないと思うが、こうしていれば二人を一度に背負うことができるのをカナタは内心ではうれしく思っていた。
今も背中でキャイキャイと、おしゃべりに興じている二人の声を聞いて、顔がほころぶのを止められないのだ。
◆◆◆◆
「よし、そのまま足を止めろダイゴ。ヒナタとスバルはまだだ。ゆずと由良の射撃の後突っ込めるように力を溜めておくんだ」
道なりに進んでいき、都市部に入って人口密度があがるのを実感している。今いる道の、一つ隣の通りは感染者で埋まっているなんて事がしょっちゅう起きている。
今もかつては避難所であった名残を残している公民館の近くを通っただけで多数の感染者に襲われている。
「後ろは気にすんな!ゆずと由良は前衛が一息ついた時に射撃をできるように呼吸を合わせるんだ。その息が合うようになれば、こんなインカムなんて必要なくなる。」
カナタが自分の耳についているインカムを指しながら言う。
少し前に、途中で遭遇した感染者の集団からインカムを回収した。どこかの部隊だったのか、装備しているインカムに気付いたゆずがムキになって回収しようとするもんだから前衛が思うように刀を振れなくてだいぶ苦戦する羽目になった……
その甲斐あって、手に入れたインカムは、半数の子機と親機は壊れて使えなかったが、子機同士近距離なら電波が届くものをカナタとヒナタ、それからゆず。三機分を手に入れて、ゆずもヒナタも手放しで喜んでいたものだ。
そんな事を思い出しているうちにも戦局は進み、少し離れて後方からやってくる集団以外は脅威とは言えないレベルまで数を減らしているが、ここからがしぶといのが感染者の恐ろしい所だ。
弱点以外のどこを斬っても、弾丸が体を貫通しても愚直に向かってくる感染者は、無尽蔵の体力もある。どう頑張っても生きているこちらが先に動きに陰りが出てくる。
「ヒナタ、スバルのカバーに入れ。スバル、息が上がってる。一旦引け」
カナタがそう言ってもスバルは認めたくないらしく、動こうとしていたがカナタの剣幕に押され、ヒナタに場所をゆずった。
後は……ゆず達はどうしてる。確認するために後ろを振り返ったカナタは、一瞬見えた光景に信じられず、思わず二度見してしまった。
「カナタ君!」
様子がおかしいカナタにゆずが駆け寄ってくる。
「いいから、あそこを見て見ろ」
そう言ってカナタはゆずの足の間に頭を入れた。
「ひゃあ!」
肩車の感じでゆずの視線が遠くまで届くように、と思ったやった事だったが……思ってもいないかわいらしい声がゆずから聞こえて来て、カナタは何とも言えない気持ちになった。
「なに、可愛い声出してんだよ」
思わずそんな事を言ってしまい、顔を真っ赤にしたゆずから思う存分頭を叩かれることになった。
「む、あれは……」
ようやくゆずが落ち着き、カナタが見せたかったものに気付いた。
◆◆◆◆
「よっ!これで、終わり……」
前線では、梅雪とハクレンからもらった短刀を使って、敵の懐に入ったり、感染者を足場にジャンプしたりと、感染者の動きを翻弄していたヒナタが、最後の一体に向かって大きく跳躍して背後に着地。さくっと延髄をばっさりと斬った。
「ふう、思ったより多かったね。スバルさん、お疲れ様!」
ヒナタが納刀して、同じく前線で戦っていたスバルと労をねぎらおうと声をかけた。
「お、おう……」
そう言ってスバルは顔をそむけてしまった。
「?」
ヒナタは首をかしげながらカナタ達の所まで戻ってきた。そんなヒナタに、カナタは軽く左手を挙げた。
「ふふ」
ハイタッチかと思ったヒナタが自分も手を挙げたら、カナタの手はヒナタの手を避けて、ヒナタの頭に落とされた。
「あいたっ……。もう、なに?」
「ヒナタ、お前スカートの時は派手に飛び回るなって、あれほど……」
呆れたように言われ、改めて自分の恰好を確認したヒナタは冷や汗をかいた。そして先ほどのスバルの態度に合点がいった。物資が不足しているなか、これまでのように洋服を好きに選ぶことはできない。それでもしっかりおしゃれな格好をするヒナタの本日の恰好はひざ丈の薄い水色のワンピースの上に隊服のジャケットを羽織っている。大変かわいらしい格好だが、その恰好で宙返りなどをしてはいけない。
普段から身だしなみをきちんとして、肌の露出も控えめな服を着ているくせに、気分が高揚するとこうやって派手な動きをするくせがある。
「うう……」
両手で顔を隠し、ヒナタはその場に座り込んでしまうのだった。
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