7-1教練
「カナタ君のバカ。とーへんぼく……」
背中にゆずの罵声を浴びながら歩く。さっきから定期的に浴びせられる罵声は苦笑と共に受け入れるしかない。
「まあまあ、ゆず君。それくらいにしてやってくれよ。カナタ君なりに考えて、悪いことから先に伝えたほうがショックが少ないんじゃないかって考えての事なんだからさ」
喰代博士がそう言ってなだめてくれるが、ゆずは聞く耳をもたない。普段ならある程度でヒナタが仲裁してくれるのだが、今回ばかりはそうしてくれないようだ。
カナタと喰代博士の話を聞いて、すぐにでもカナタと別れる事になると思った二人は、カナタ達も帰るには同じルートを進んで瀬戸大橋を渡り、№3を経由して帰るしかないと聞いて、開いた口をしばらくの間閉じなかったくらいだ。
その後、一言も口をきいてくれなくなり、翌朝出発と同時に罵声が飛んできたというわけだ。罵声と言ってもかわいいものである。スバルやダイゴも苦笑いをしながら止めようともしない。
「大体カナタ君はっ!」
さらに文句を言おうとしたゆずが口を閉ざした。急に振り返ったカナタがゆずを抱え上げたからだ。片手ながら、真正面から抱き上げるような形になり、ゆずは言葉を飲んだ。
「悪かったって。後でまとめて聞くからさ、今は勘弁してくれ……」
片手ゆえに簡単に抱き上げる事もできない。カナタの顔がゆずの首元に埋まるような状態だ。
「う……うーっ!」
ほとんど耳元でささやかれるような感じで言われ、ゆずの顔が沸騰しそうになっていく。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん……多分他意はないんだと思うけどさ。ゆずちゃんが大変な事になってるから……」
呆れたようなヒナタの声が聞こえ、それまでゆずの首元に顔を埋めていたために、何も見えなかったカナタが顔を上げた。
上げた瞬間、視界に入ったのは……ライフルのストックだった。
横っ面をライフルのストックで殴打されたカナタはたまらずゆずを離し、顔を押さえる。
「お、おま……いくら何でもライフルで……」
「い、いくらカナタ君でも次にやったら……撃つ、から」
見ると肩で息をして真っ赤な顔をしたゆずがプルプルと震えながらライフルを構えている。撃つ、ではなく、殴る方の構えだが……
「まて、悪かった!片手だからうまくできなかったんだ。それは謝るから、それ殴るもんじゃないから……な?」
フルフルと震えながら構えていたゆずだったが、顔の赤みが引いてくるとフン!と顔を背け、構えは解いた。
「はあ……」と隣ではヒナタがため息をつき、後ろではダイゴやスバルが苦笑いを浮かべて見ている。恥ずかしくなったカナタは慌てて前を向いて歩き出した。
「あいかわらずやなぁ。この部隊はコントせんと気が済まんの?」
後ろから伊織の声が聞こえてくるがカナタは無視した。ダイゴが何か言っているようだ。
「お兄ちゃん、私そういう芸風は継げないと思う」
「ばっ!芸風ってなんだよ!狙ってやるか、マジで痛かったんだぞ!」
「ふん!カナタ君は痛みを感じるなら感染者とはだいぶかけ離れている。それが分かっただけでもいい!」
半ばやけくそな口調でゆずが言うと、「よかねーだろ!」とカナタが食って掛かる。これが十一番隊なのに……ふとそう思ったヒナタは目じりに浮かんだ水滴をそっとぬぐった。
「あの……」
後方から由良の遠慮がちな声がかけられた。彼女は常に何かに遠慮しているような言動をとる。
「どしたん?」と近くにいた夏芽が気軽に振り返って青ざめた。それに由良が続けて言った。
「感染者が来てます」
「はよ、いいな!ほら、来とるで!」
その声に慌てて振り返ると、朽ちた民家の影から二体の感染者がすぐそこまで追って来ていた。慌てて盾を構えるダイゴと剣を抜こうとするスバルの間を小さい影が抜ける。
「シュッ!」
影は息を吐くと同時に、くるりと横に回転する。そしていつの間にか抜かれていた刀で二体とも首を飛ばされた。スバルの剣は半分が鞘の中にある。それくらいの早業で、右手に「桜花」左手に「梅雪」を持ったヒナタが残心していた。
「おい、隊長が突っ込むなよ。指示を出せ指示を……」
スバルのすぐ後ろまで来ていたカナタが困った顔をして言う。その手には片手ながら素早く抜いた刀がある。ヒナタに正式に隊長職を譲ったカナタは、自分の愛刀である「桜花」も渡していた。今カナタが持っているのは、初期に使っていた「桜花」と同じ人が打ったとされる無銘の刀である。
チン!と鞘鳴りをさせて納刀したヒナタはツンと横を向いて、カナタが言う事には答えない。
「はあぁ」
それを見て盛大なため息をつくカナタだった。
◆◆◆◆
「いきなりやれって言われてできるわけないじゃん!」
あのあと休憩になり、ヒナタの行動を責めると返ってきた言葉である。そう言われると何とも言いづらいが、なんとかしないと隊は機能しないのである。
ヒナタもゆずもすっかりへそを曲げてしまったのか、カナタの言う事を聞きもしない。カナタが頭を抱えていると、ダイゴが隣に座ってきた。
「ねえカナタ君。もう少し彼女たちの気持ちも考えてやりなよ。カナタ君が言う事もわかるけど、彼女達だってはいそうですかって受け入れられるほど軽い衝撃じゃなかったと思うよ?」
見ると伊織がヒナタをなぐさめてくれているようで、申し訳なくなる。
「わかるけどさ……ここは敵地って言ってもいいところだし、俺はこの体だ……もうまともに戦えない。いつ発症してお前たちに襲い掛からないって保証はないんだ。焦りもするさ……」
いつになく真面目な表情でカナタは言い返す。言われるまでもなく焦っているのは自覚している。自分が自分であるうちになんとか隊が機能するくらいに引き継ぎたいのだ。
「まあ、分かるけどね?」
ダイゴも気持ちはわかるのか、眉尻を下げてカナタを見る。今の状態がすでに奇跡に近いのだ。たまたま明石大橋の所まで喰代博士たちが来ていなかったら、それに詩織が同行していなかったら……カナタは今頃海の底で魚の餌か、間抜けな顔をしてそこらを徘徊する感染者になっていたんだから。
「今は、ロスタイムなんだ……いつ審判がホイッスルを拭くか分からない…………俺だって、怖いんだよ……」
初めてカナタの表情に苦渋が浮かんだ。カナタとて無理強いも押し付けもしたくない。だからといってやらなければ隊がバラバラになって……もっと無残な事になるかもしれない。
ふと見るとヒナタをなぐさめる伊織の隣にゆずもいる。二人でなぐさめてくれているんだろう。
「でもよ?もう少しやり方考えないと、結局うまくいかないんじゃないか?ゆずなんて普通にやってたら絶対言う事きかねえぞ?」
ダイゴの隣に座りながらスバルがそう言って、カナタに飲み物を放ってきた。
「それは……そうかもだけど」
ゆずの扱いは、この中では多分カナタが一番心得てるだろう。そのカナタから見ても何をするかわからないと思わせるのがゆずという人物だ。
「またカナタ君が変な顔をしてる。私たちに隠れてそんな顔してる時はろくな事考えてない。昔からそう……」
正面から、そのゆずの声が聞こえ、表情を取り繕い顔を上げるとゆずとヒナタもそこにいた。
これまでは話をしようとすると避けられていたので、すこし嬉しくなる。
「カナタ君、私たちから提案がある……」
立ったまま、カナタを真っ直ぐに見下ろしたゆずは、これまでに見たことがない表情をしていた。狙撃する時くらいにしか見せない「真剣」な顔を……
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