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お盆休みラスト投稿!
カナタがゆっくり近づき、少女が取り落とした刀を拾って鞘に納めようとしたが、手が震えて鞘に入れることができなかった。
しばらく続けてようやく鞘に納めた。と、そのまま横にあった大木を力の限り殴った。
二度、三度と殴るうちにカナタのこぶしは血に塗れていき、ようやくダイゴがその手を取り、止めた。
スバルはずっと下を向き両手を握りしめている。
知らないうちにカナタは涙を流していた。右手が痛む、もしかしたら骨がどうかなっているかもしれない。しかしそんなことがどうでもよくなるほど、心の中は煮えくり返っている。
情けない、悔しい、自分が情けない!
見ず知らずの人間だ。襲われていたことも自分らは関与していない。たまたま通りがかって手を貸しただけの関係だ。
そんなことは分かっている。情けないのは、声をかけてしまったことで、男性を死なせてしまったのかもしれない事。
悔しいのは、男性が感染して苦しみながら自分にとどめを刺すよう願っていたのに、動けなくて余計に苦しませた事。そして……何よりも自分が情けないのは、あろうことか娘である少女にそれをさせてしまった事だ。
少女は今は涙も止まり、宙を見つめている。どこかを見ているようで、どこも見ていない眼差し。それを見て、もう涙を流す気力すら残っていないと思ったカナタの心に自責の念が暴れ狂う。
自分はこの少女に取り返しのつかない心の傷を負わせてしまったのかもしれない。見れば妹のヒナタと変わらないくらいの年齢のようだ。
そのまましばしの間、誰も動くことも声を出すこともできずにいた。
やがて、カナタが歯を食いしばりもう一度だけ大木を殴って、少女のもとへと歩いて行く。
そしてその前に膝立ちになると、少女の両肩に震える手を置き、頭を下げた。
「すまない……俺は君の父さんを助けられなかったばかりか……救うこともできなかった。あろうことか君にその役目を負わせてしまった。許してほしいとは、言わない。何か……報いれないだろうか?なにか……出来ないだろうか?」
涙に声を詰まらせながらカナタは少女に話しかける。最初は反応を示さなかった少女は、やがてゆっくりと視線をカナタに向けた。
「なぜ?」
細い、感情の感じられない声でそう問われる。
なぜ助けられなかったのか、なぜすぐに殺してやらなかったのか。そう問われているようでカナタの心はちぎれそうになる。
しかしそうではなかった。少女の言葉はそれを責めていなかった。
「なぜ、謝る?あなたは私を助けてくれた。知り合いでもないのに。父さんが死んだのもあなたのせいじゃない。それなのにどうして謝る」
その言葉を聞いてカナタは驚愕の余り、声が出なかった。感情のまま罵られてもおかしくないはずだ。
しかし少女はある意味冷静な返事をしている。
「君、は……悔しくないのか?俺が憎くないのか?」
「どうして?助けてくれた人を憎む?私もこれから殺される?」
「ちがう!そんなことしない!君は俺が守る。せめての罪滅ぼしをさせてほしい……どうか」
本気で分からないといった様子の少女にとんでもない事を言われ思わずカナタは守るといい、そのまま深く頭を下げた。
スバル達も呆然としてその様子を見ている。どう声をかけていいかもわからないのだ。
「それは……嬉しいし助かるかも。でも、だめ」
少女に拒絶され、がばっと頭を上げる。カナタには、もうこの少女を何としても守ることしか、報いる方法はないと思い込んでいる。
「やはり、俺じゃだめ……か?父さんを苦しめた俺じゃ……でも憎んでていい。感謝もいらない。ただ守らせてくれるだけで……それでいいから……」
涙を流しながら懇願するカナタに、少女はふるふると首を振った。
「そうじゃない……今も見てた。父さんも死んだ。私といればあなたも死ぬ。今までも、そうだった……」
ほとんど感情を表すことなく少女はそう言った。それを聞いたカナタの顔が固まる。
「いや、俺は死なない。それならいいかい?」
強張った口を何とか動かし、カナタが口にしたその言葉に、また少女は首を振る。
「みんなそう言って死んでいく。私を残して。きっとあなたもそうなる。死にたくないなら、私をここに置いてどこかにいくべき」
横ではスバルとダイゴが顔を見合わせる。ダイゴも号泣している。
その答えを聞いてカナタは言葉に詰まった。一体この少女はいままでどんな経験をしてきたんだろうか、どんな目に合えばこんな考え方をするようになるのだろうか。思えば、この少女はカナタ達が姿を見せてから一度たりとも助けを求めなかった。普通なら恐怖のあまり、必死に助けてもらおうとするだろう。
「もう私には誰もいなくなった。だから気にしないでいい。私をここに置いていく。そうするべき。そうしたらあなたは死なない」
言葉を出せないカナタに少女はそう告げた。
カナタは袖で涙をぬぐうと、顔がゆがみそうになるのをこらえて少女を見る。
「いや、置いて行かない。そう決めた。君が嫌ならいつでも離れていい。でもそうじゃないのならそばにいてほしい。もう守りたいなんて言わない。そばにいるだけでいい。誰もいないなんて思ってほしくないんだ。俺には妹がいるんだ。俺は妹の、ヒナタの事も守れなかったから、君を守りたいなんて言える訳がないんだよな……ヒナタは今は行方がわからないけど……たぶん君とおなじくらいの年だ。会わせたいな、仲良くなってくれると嬉しい。あいつも友達が多い方じゃないから………………何言ってんだろうな俺。」
拭った涙が言葉と共に再び流れ落ちてきて止まらなくなってきた時、少女は小さな手をカナタの頭に置いて動かした。
「わかった、一緒に行く。多分邪魔をすると思う。あなた達の足を引っ張ると思う。それでもいいなら……私はゆず、大良木ゆず」
そう言って、カナタの頭をなでるゆずと名乗った少女をしばらくぽかんとして見ていたカナタだったが、言葉の意味が理解できると涙を払って笑いながら言った。
「俺はカナタ。剣崎哉太だ。よろしく、ゆず」
それからカナタ達はゆずの父親の遺体を葬り、手を合わせると場所を移して休息をとることにした。
衝撃的な出来事に心身ともに疲弊したのと、ゆずがしばらく食事をとってないと言ったからだ。
近くを散策し、猟師たちの休息小屋らしきものを見つけたので、そこで休憩している。
山小屋の中には何も置いてなかったが、囲炉裏に薪はあったので暖を取りながら持っていたお菓子やガムなど食べられるものは全部出してゆずの前に並べている。
残念ながらカナタやスバルのバッグからはガムとかタブレットなどあまり甘くもなく腹にもたまらないものしか出てこなかったが、ダイゴのかばんからは飴玉やまんじゅう、はては大福もちまで出てきた。
「お前……これ大丈夫なんだろうな。」
カバンからでてきた饅頭や大福を疑いの目で見るカナタ。
「大丈夫だよ、都市から出てくるときに買ったやつだし。」
と、弁解するダイゴ。いつの間に……とあきれながらも、ゆずの前に並べていく。
「……おもち!」
もちを掲げて感動するゆずに、大袈裟なと苦笑していたが、よく聞けば二日以上何も食べておらず、それ以前も変な草とか、畑に残ってた野菜のきれっぱしとかしか食べていなかったと聞いて、ダイゴは涙を浮かべながらさらにせんべいやおかきなどを出した。
「お前ケチりやがって!」
「こういうの好きじゃないんじゃないかと思ったんだよ」
カナタとダイゴはそう言い合いながら騒いでいたが、ゆずが見つめるだけで食べていない事に気づいた。
「どうした?食べていいんだぞ」
優しくそう言ったカナタを不思議そうに見たゆずは消えそうな声で
「これは皆の分。分けないの?私は残ったものでいい」
と言う。
これにダイゴは涙を流しながら
「これはぜんぶゆずちゃんの分だから!全部食べていいんだよ!」
とゆずの前に全部押しやるのだった。
「うーさぶ!近くは異常なし。感染者の影もなし。まあもう暗くてよく見えないけどな。今日はここで一晩明かしたほうがいいかも」
外から戻ってきたスバルが囲炉裏に手をかざしながら言った。山小屋を見つけてから、付近の安全確認と様子を見るためにスバルは出ていた。
小柄で素早く運動神経のいいスバルはこういった事が得意だ。
「で、どんな感じだ」
そう言って横になって寝息を立てているゆずを見る。
「ひどい体験をしてきているみたいだな。あちこちの避難所を回って……食べるものもろくになく、常に感染者におびえながら移動して。周りの人が亡くなっていって最後は略奪されて荷物を全部奪われて父親と山に逃げ込んだらしい。元々四国に住んでたわけでもないそうだ。橋……多分瀬戸大橋を渡ってこっちに来たって言ってた。」
かなり遠い所から、親子二人で移動してきたらしい。その間に避難所をたらい回しにされて、感染者や略奪者に襲われ……この小さな体でどれだけの苦労をして来たのか。それを思うと胸が張り裂けそうになる。
「うわ、そっか……。でもどうなんだろ。そんな目に合ってる人、結構いたりすんのかな」
スバルも悲しげな眼で眠る少女を見ている。
カナタ達は運よく松柴と知り合い、流れで運よく都市で暮らせている。何の助けもなく、家族だけで逃げないといけなかった人たちは同じような目にあってるのかもしれない。
「なんか婆さんってすごいよな、普通はこうなっててもおかしくなかった人たちを都市で暮らせるようにしてんだもんな」
しみじみとスバルは言う。
「そうだよな。松柴さんってなんでもない事みたいに言うけど普通はなかなかできない事してきてんだよな……」
パチパチと囲炉裏の薪が静かな音を立てる中、ゆずが寝がえりを打った。
「この子も何も食べれてなくて、少しだけ食ったら眠くなったみたいなんだけど、ちょっとした物音で起きるんだよ。俺たちがいるから寝ても平気だって言うけど、何度も何度も起きて……」
「最後はカナタ君が添い寝をしてあげたら眠ったんだよね?」
少し笑いながらダイゴが言うと、カナタが顔を赤くして文句を言った。
「おま、ダイゴ、それは言うなって……」
「ほおう。カナタ、こんな子に手を出すとは見損なったぞ」
スバルもそれに乗って冗談を言ってくる。それで、張り詰めていた空気に少しだけ余裕ができた気がした。
「何言ってんだバカ…………でもさ、俺は松柴さんみたいにたくさんの人を守るなんてできないけどさ、せめて自分の手が届く人くらい。この子くらいは守ってやりたいって。なんか改めて思ったよ。」
そういうカナタを二人の友人は温かいまなざしで、それを見ていた。
パチパチと囲炉裏の炎が爆ぜる音しかしない小屋の中で、温かい光が三人を照らし、柔らかな影を作っている。つかの間の平穏を噛みしめながら、カナタはゆずの寝顔に誓う。少しだけ父親の面影を感じるその顔に。
「絶対に守りますから……」と。
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