6-13
タタタタッ!
ゆずが扱うライフルと比べて、随分と軽い音が暗闇に響き、なんとなく心細くなる。それでもハルカは声がする方に断続的に引き金を引いた。
「うわっ!誰かいるぞ、撃ってきてる!」
「落ち着け、音は一種類だ。数はいない。それに音からしてサブマシンガンだ。こんな距離ではそう当たらない」
混乱しかけた奴らを銃器に詳しい男の声があっという間に静めた。おそらくハルカよりも詳しいであろう男の存在に舌打ちする。
カシャという音がして、ボルトが開きっぱなしになる。弾を撃ち尽くしたと気付くのに一瞬遅れ、反撃を許してしまう。
ダダダダダッというハルカの物より重い音が複数聞こえ、ハルカの近くの石垣にも当たって肩をすくめる。マガジンポーチから替えのマガジンを取って入れ替えるのにも想像よりずっと手間取っている事に苛立ちが募る。
ハルカの想像はゆずが多くを占めているので、それよりも拙いのはしかたがないのだが、これならばもう少しちゃんと訓練して置けばよかったと後悔する。
何とかマガジンチェンジを終え、右手だけ出して撃ち返すが、ハルカが撃つより倍以上の反撃が返って来る。まだハルカの場所がはっきりわかっていないから、集中しているわけではないが、ばれたら最後ハチの巣にされるかもしれない。再びマガジンが空になると、もうマガジンは交換しなかった。荷物に銃を押し込むとハルカは身を翻した。
ここで撃ちあっていても、らちが明かないと判断したのだ。
「おい、移動してないか?」
「逃げたぞ、追え!」
「どっちだ?」「あっちの方だ」
そう言い合う声から、それなりの数が集まっているようだ。もう足音を気にする余裕などない。全力で、足元を気にしながら走っているとすぐにアスカ達に追いついた。
「ハルカお姉ちゃん!大丈夫?」
心配だったのだろう、追いつくとすぐに心配そうに花音が声をかけてくる。
「ええ、大丈夫よ。どこも怪我してないわ。それより、思ったより数が多いみたい。急ぎましょ」
そう言いつつ、しばらく進むと石垣に切れ込みがあり、それが階段だと気付く。階段を上がれば上の道に出るのだろう。
少し悩んだが、このまま川を進んでも足音は消せないし、上から見れば丸見えなので道に上がる事を選んだ。
「上に行きましょう」
ハルカの声に異論など聞こえない。ただ、はあはあと乱れた息遣いが聞こえるだけだ。自分やアスカはともかく、少女たちは長く走らせられない。どこか落ち着けるところを見付けないと。
階段を上がると細い路地になっていた。開けた場所じゃなくてホッとする。とりあえず先ほど声が聞こえた方から遠ざかるように逃げる。
どれほど逃げただろうか、路地は入り組んでいてもう何度曲がったか分からない。もはやカンを頼りに道を曲がった時、五人ほどの人とばったり会ってしまった。
相手が何者か分からない以上うかつな事は言えない。
「誰?」
かろうじてそう声を出した。うかつに言えないのは向こうも同じだったのだろう。ハルカの声に応じてこっちに明かりを向けた。そして……
「救世主さま?」
誰かがそう呟き、敵だと判明する。
ハルカ達の間に緊張が走る。それを押し殺して、美鈴が一歩前に出た。
「はい、そうです。さきほどまで私は捕まってました。が、今は救出されてこの通りです。私を捕まえていた奴らはあちらの方に逃げて行きました。今は遠山さん達も追っています。あなた方もそれに加わってください」
美鈴が機転を利かせてそう言った。目の前の男たちは目に見えて安堵する表情を浮かべているが、ぬぐい切れない違和感がある。男たちはそんなハルカの視線に気づくこともなく喜色の混じった声で口々に言った。
「おお、遠山さんも来ていたんですね?」
一人の男が言った言葉に美鈴の肩が跳ねた。適当に言ったのだろうが、遠山という人物はここには来ていなかったらしい。それでも目の前の男はそれに違和感を抱くことなく美鈴を案じた。
ハルカは感じていた違和感がなにか気付いた。男たちの目だ。どこがどう違うとは説明できないが普通とは違う目をしている。絢香が以前目が怖いと評していたが、気持ちはよく分かった。
「ですが……女性二人では。救世主さまにまた万が一があったら大変です。こっちから三人そっちに回しましょう」
目の前の男が余計な気を回してそう言う。美鈴はそれにうまい言い訳が思いつかないのか、視線を泳がせている。
「私たちは訓練を受けています。ですが、あなたの言う通り万が一があってはいけません。お二人手伝っていただけますか?」
助け舟を出すように、なるたけ平坦な口調でハルカがそう言うと男は安堵した様子をみせ、後ろを振り返り二人の男に同行を言いつけていた。よく見ると全員が何かしらの銃火器で武装している。宗教団体という割には随分と物騒な集まりのようだ。
ハルカはさりげなくアスカに視線を飛ばすと、言葉に出さずに頷き合った。美鈴も不安そうに見上げてくるが、ほんの少し微笑んで安心するように伝えた。
「ではこの二人が安全な所まで案内します」
そう言って男は美鈴が示した方向に移動を始めた。残った二人は、美鈴に向かって、見た事のない身振りで片膝をついた。おそらくこれが彼らの礼拝の仕方なのだろう。
「まだ危険があるかもしれません、急ぎましょう。前をお願いしていいですか?」
仕草や作法などで違和感を持たれるとまずいとおもったハルカが急かすように言うと、男たちは素直に従ってくれた。前を歩くのも、ハルカ達が見る限り明かりももっていないことから当然の事だろう。
そして「ご案内します」と短くつげ、男たちはゆっくり歩きだした。その後ろでハルカとアスカは刀を鞘ごと抜いた。
「起きなさい」
いつの間に自分は眠っていたのか……前野はぼんやりした意識の中で思い出す。救世主様が姿を消されたという一大事に大騒ぎになって、捜索が言い渡された。「救い」がうろつく場所なのか、いつもよりしっかりした武器も持たされた。
そしていつものグループで巡回していると、救世主様と出くわしたのだ。これも神の導きなのだろう。感謝しながら丁重に救世主様を仮の拠点に案内しようとして……案内しようとして?
「おきなさい」
その言葉と共に今度は頬を張り飛ばされた。
「う…………ここは、っ!お前たち!」
目の前には女性が二人、救世主様と一緒にいた奴らが立って冷ややかな目で見下ろしていた。
「こっちの質問に答えなさい。そうすれば命だけは助けると約束するわ」
一人の女がそう言ったがお笑い草だ。
「何を馬鹿な事を!さっさとこの縄をほどけ。貴様こそ「救い」に殺されるぞ。救世主様でもなければ誰も「救い」には勝てない、それくらい分かっているだろう!」
ぼんやりしているうちに聞き出した前野という名前。この男から聞き出せたのはそれだけだった。後は何を言っても放せ、「救い」がやってきて殺されるぞ、救世主様をどうした、とそればかりを口の端からよだれを飛ばしながら繰り返すだけだった。
後頭部に一撃入れて意識を奪った後、手近な家に引きずりこんで情報を得ようとしたのだが、どうやら無駄だったらしい。前野の様子にハルカは宗教というものの空恐ろしさを感じていた。
しかたない、とハルカは腰の刀「晴香」をすらりと抜いた。
「ハハ!なんだ、斬るつもりか?いいさ、斬るが良い。今生で死んだとしても救世主様が救ってくださる。今度は「救い」としてよみがえる。そうなればお前なんぞ……」
「救いませんよ」
「は?」
唾を飛ばしながら自慢げに語っていた前野はハルカが何を言おうとも止めなかった口を初めて止めた。その視線の先には美鈴が立っている。
「美鈴ちゃん!こっちには……」
「すいませんハルカさん。どうしても黙ってられなくて……。私にそんな力はありませんよ?あっても使いませんし……」
「え?き、救世主様なぜそのような「その呼び方もやめてください、非情に不快です」
ぴしゃりと言われ、前野は言葉をなくした。開いた口がふさがらないと言えば意味が違うが、今の状況には符合していた。
前野はその後もなにやらぶつぶつと意味不明な事を呟いていたがやがてがっくりと項垂れた。




