6-12
全員で荷物を背負い、井戸の底の通路を歩いていると、遠いところで銃声がしだした。
「始まった……」
誰かが呟く。CDラジカセはタイマーで起動するようにしてあったので、井戸に降りだしてから15分が経過した事も意味している。
上から銃声がしだすと共に、それに応えるように周りから銃声が聞こえだした。攻撃を仕掛けてきたと思って反撃をしているのだろう。これから一定の間隔で撃ってくる事に疑問をもって調べだすまでどれくらい時間がかせげるか……ここで稼いだ時間が自分たちの逃げる猶予だと言っても過言ではない。
「私も何かできたらな……お姉ちゃんの事守ってあげれるのに……」
薄暗闇の中、足音に交じって絢香の声らしきものが聞こえた。ハルカの隣を歩いている美鈴がそれを聞いて身を固くしたのがわかった。
「絢香ちゃん?武器を扱うって言う事は戦うって事で、命のやり取りになるんだよ?あなたが傷つくかもしれない、もしかしたら死んでしまうかもしれない。それをお姉ちゃんが望んでると思う?」
歩きながら絢香のつぶやきにハルカが答えた。絢香の言う事も気持ちもよくわかる。ただ、今の世界は気持ちだけで乗り越えられるほど甘くない。かなりの覚悟と実力を求められるのだ。
「でも……」
言いよどんだ絢香に、少し硬い口調で美鈴が言った。
「絢香?私は絢香に守ってもらいたいなんて考えてない。絢香が傷ついてまで生きていたいと思わない。だから……」
「でもさ!」
なおも言い募ろうとする絢香をやんわりとハルカの声が制する。
「ねえ絢香ちゃん、ちょっとでいいから考えてほしいの。こんな世界で姉妹二人生きてこれた事はすごい事なんだよ?大体の人は家族や恋人、仲間とはぐれて安否もわからない。それなのに、綾香ちゃんが美鈴ちゃんを守ったとして、綾香ちゃんがもし死んでしまうような事になったら、美鈴ちゃんはこれから一人で生きていかないといけない。それがどんなに辛いか」
ドラマや物語では仲間や大切な人を守って命を落とすシーンは大体感動的に描かれる。そして守った方は偉大な事をしたみたいに持ち上げられることが多いが、残されたほうの事はあまり描かれない。ハルカはその両方をこの世界で見てきた。その上で言える事は、大切な人の命を消費してまで生き残った人が必ずしも幸せだったり、喜んだりはしないということだ。
少なくともハルカが見てきた限り、残された人は大切な人を失った悲しさと、その命を犠牲にして生き残った自分の命の重圧に押しつぶされて何もできなくなる。あるいは病んでしまう。
この二人にはそんな将来を迎えてほしくない。そう思ったからこそ苦言も呈するし、そう言った手前自分が頑張らないとと気合をあらたにするのだ。
外はすでに陽が落ちている時間のため、通路の出口はそのまま闇につながっているかのような錯覚を覚える。そんな想像を振り払って、ハルカはそっと顔を出し辺りの様子を探る。
「大丈夫、近くにはいないみたい。」
振り返って小声で伝える。さっきより少し遠く聞こえる銃声はいまだ断続的に聞こえているから、まだ仕掛けはばれていないようだ。
石垣のわずかなでっぱりに手や足をかけ、ゆっくりと降りる。明るい時に見た時にはそれほど高さを感じなかったが暗いと恐怖心が増すものだ。地面、というか川に降り立った時にはほっと息をついたものだ。
暗いと言っても明かりを点けるわけにもいかない。そんな事をすれば即座に見つかってしまうだろう。
「大丈夫、ゆっくり降りて来て」
ハルカが上に向かってそう言うと、小さい影がゆっくりと降りてくる。近くまで来たところで抱きかかえると花音だった。花音を下におろし、次を待つ。
美鈴、綾香と無事に降りてしまえば残りはアスカだけだ。アスカも慎重に降りてくる。その時、微かに話声が聞こえた。
「しっ!石垣に寄り添って、声を出さないで」
花音たちにはできるだけ目立たないように石垣に寄り添うように立たせ、自分はアスカを助けるために手を伸ばす。アスカはハルカの分まで荷物を持っていて両肩に荷物を担いでいるため、どうしても動きにくいのだ。
「アスカ、ゆっくり……荷物を渡して。受け取るから」
声を潜めて言うと、アスカはゆっくりと肩にかけていた荷物を下におろしてくる。それを受け取ってさらにもう一つの方も受け取る。これで、あとはアスカが下りるだけだ。
ほっと安心してハルカも石垣と同化するように背をつけて周りを窺う。今の所気付かれた様子はない。
ほっと安心したのは、ハルカだけではなかったのかもしれない。慎重に降りていたはずのアスカが足を滑らせたのだ。
「キャッ!」
小さな悲鳴を上げて、アスカが石垣を滑り落ちる。幸いそれほど高さはないのでケガの恐れは少ない。が……
パシャッ!
シンとしているなか、薄く水が流れている川に落ちた音が意外に大きく響いた。おり悪く近くを巡回していたのか、人の声と明かりが近づいてくる。
「あっちに向かって走って!なるべく音を立てないで」
無茶なことを言っている事は承知だ。深さはないとはいえ川の中を移動すれば音はしてしまう。
「何か音がしたぞ?もしかしたら救世主様かもしれない」
「川のほうだ、周りの「救い」にも気をつけろ」
口々に言い合って声が近づいてくる。美鈴たちから話を聞いているので、声の主が言う救世主様は感染しない美鈴の事を指し、救いというのは感染者を指す言葉だ。それで近くにいる連中が美鈴を追う宗教集団だとわかる。
「すいません」
小声でアスカが謝るが、今は後だ。
「美鈴ちゃん達を誘導して!私は後ろを警戒する」
鋭く言うと、「ハイ!」という声と少女たちの方に向かうアスカの足音が遠ざかる。ハルカは無意識に刀に手をやったが、今はこっちかと思いなおし、支給されている銃火器の中で一番使いやすいとされているサブマシンガンを準備する。
「いまいち苦手なんだよなぁ」
と、小さく独り言ちながら、手に持ったMP-5のコッキングレバーを引いた。カシャッという音がやけに響いた。
「こっちのほうから音が聞こえたが……」 気のせいよ
「何もいないな、気のせいか?」 そう、気のせいよ
「いや待て、あそこ……不自然に石垣が濡れてないか?」 なんで気づくのよ!
ハルカは思わず舌打ちしそうになった。あそこ、と言って明かりが照らしているのは、さっき降りてきた所だ。最後にアスカが落ちた時、水が思ったより跳ねていたらしい。
「あの上、なんか穴がある。まさか……おい、他の連中に知らせろ!」
何者かがそう言った瞬間、ハルカ達が隠れていた家のほうから破裂音と一瞬花火のような光がハルカが隠れている石垣の影からでもわかった。
……トラップが発動した。という事はあそこに踏み込んだ。もうあまり時間はない。
ハルカは唇を噛んだ。あそこにいないという事を知ったら奴らは手を広げて探そうとするだろう。そうなれば見つからずに移動するのが難しくなる。応戦して時間を食えばあっという間に囲まれるかもしれないし、動き回る奴らを見て感染者が動き出すかもしれない。
なるべく音を立てないように逃げているためか、アスカ達がだす水の音はまだ聞こえる範囲だ。道にいる何者かが明かりを向ければ見つかるだろう。
ここまでか……そう思ったハルカは隠れていた石垣の影から声がする方に銃口を向けた。




