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【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られた都市~  作者: こばん
NO.4

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27/353

4-8

翌日の朝。早くからカナタ達はフル装備で登山する苦行を行っていた。ダイゴのせいである。




「分かりました!僕たちにできる事ならお手伝いします」


 権さんの相談に迷う事なくそう言ってのけた。言われた方がすぐに理解できなかったほどだ。

 しかし、周りで聞いていたお婆さんたちが、それはもう喜んで俺たちを囲んでお礼の嵐を浴びせるもんだから、もう翻す事もできず、こうして鍛冶師の住む所へ出向いているのである。


 集落を出るときにはそのお婆さんたちが作ったのだろう。たくさんのお弁当を渡して送り出してくれた事は嬉しかったが……。

 

「ああ!なんだってこんなとこに住むんだよ!道なんてないじゃないか!」


 バールで藪を払いながらスバルは不平を爆発させている。あの後松柴の屋敷に戻ってから、軽率な事をいうなと、かなりの時間説教されていた。ダイゴはしきりに謝っていたが……きっと一生治らないだろう。


「まあスバル、これで一つ貸しができると思えばいいじゃないか。権さんも移住に前向きに取り計らうって言ってたし」


 カナタ達がこの依頼を受けた事によって、成否に関わらず都市移住の後押しはすると約束してくれた。自分はここを動かないが、行きたい者や別に土地に縛られてない者は都市に移住できるように取り計らってくれるようになった。あの集落で恐らく権さんの発言力が高い事は公民館での話し合いでわかる。

 その人の賛成を得られたのは大きいだろう。少なくとも行きたいけど言い出せる雰囲気じゃなかったとか、周りにあわせて行かなかったとか。そういうのはなくなるはずだ。


「でもよ、感染者が群れでいるかもしれないとこに行くんだぜ?あのトンネルの奴ら見たろ。あれ見たら生きて帰れる気がしねえよ」


「ごめん、スバル君……もしもの時は僕を盾にしていいから。僕がひきつけるから二人は逃げてね」


 本当に申し訳なさそうにダイゴが言う。さすがにカナタとスバルを無断で巻き込んだことには反省しているらしく、昨日からこの調子である。

そしてダイゴなら本当にしかねない。いざ、感染者に囲まれでもしたらダイゴは迷わず決行するだろう。


「う……ああ、もう!わかったよ。わかったから変な事すんなよ?もしやりたがったらぶん殴るからな!」


 スバルだってダイゴの事はわかっている。結局どっちも放っておく事などできないのだ。


「ありがとう、スバル君……カナタ君も」


「ああ、暑苦しい!抱き着くな。まて、おい…………締まってる、締まって…………」


「ああ、ダイゴ、スバルが落ちそうだからその辺で。それより静かじゃないか?もっとこう……鳥とか、虫の声が聞こえないか普通。」


 カナタがそう言うと、ダイゴから解放されたスバルは咳き込みながら距離を取った。


「ああ、なんだって?…………ほんとだ、妙な雰囲気だな」


 人里離れた山奥だ。植生豊かな場所で野生の生物の声がしない。それがとても異常に感じられ、まるで異空間に迷い込んだ錯覚を覚える。


「……これも感染者のせいか?」


 周りの様子をうかがいながらスバルが呟く。


「いや、むしろ何か異常が起きていて、それに感染者達が反応して群れを作ったりしているのかも……」


 同じく周りを見ながらダイゴがそう返す。


 権さんのお願いは、二つ。鍛冶師らの家に異常を伝える事。もう一つは今起きている異常の原因を突き止める事。どちらもできればでいいと言われている。自分の身が危険と判断したらどっちも投げ出して戻るようにと……


 でもカナタ達はできうる限りやるつもりでいる。結局のところ、皆お人好しなのだろう。権さんの出した条件なら、適当に時間をつぶして無理でした~と帰っても文句は言われないのだから。


 異常な雰囲気を感じて、一層慎重に進むカナタ達。場所は大自然の中、自分のフィールドではない。相手は自然と、感染者の、しかも群れである。まともにかち合ってしまえば生きて帰るのも難しいだろう。


 異様に静かな自然に中を進む事一時間ほど。さすがにカナタ達の集中力も限りが見えて来た頃。最初に気づいたのはスバルだった。


「まて!…………なんか聞こえないか」


 そう言ってその場にしゃがみ耳を澄ませる。それを聞いたカナタ達も動きを止め音を出さないようにする。


「何かいる。これは……走ってる。複数だ!追われてるのかもしれない。行こう!」


 カナタ達も音はとらえていた。誰かが走って草や藪をかき分ける音、それも慌てた感じで。


 向かっている先は鍛冶師の家の方角なので、もしかしたら関係者かもしれない。急いで音の方向へ向かった。

 先を走っていたスバルが手を上げ、停まるよう合図する。そこは2mほど段差があり、その下に人影が見えた。


 そこにいたのは、親子だろうか、少女を背に必死に持っている木の棒を振り回す男性と、それに迫る感染者が三体。

 かなり疲弊しているのはすぐわかった。このままだと、感染者に捕まってしまうだろうことも。


「行こう!」


 スバルを先頭に感染者達に走り寄る。幸いその三体意外に感染者の姿は見えない。群れとは別のようだ。

 男はふりまわす力がだんだん弱くなっていて、大振りになっている。少女は大きな木を背にして動けない様子だ。


「今助ける!もう少し頑張れ!」


 走りながらカナタが声を上げた。


 はたして、それがよかったのか悪かったのか…………


 カナタが発したその声は、男性に希望を与え、同時に集中を奪った……

 

「しまっ!うわあっっ!」


 一瞬、声に気を取られたのか、安堵してしまったのか……。棒を振り回すのが少しだけ遅くなった。その腕に感染者は取り付き引き寄せると……首元に噛みついた。


 苦痛の声を上げる男性と、悲鳴を上げる事もできず、口を押さえている少女……。


「ちくしょおおおっ!」


 バールが男を噛んだ感染者の後頭部を打ち、骨を砕く。その感染者が、まるで電池が切れたように崩れ落ちる。

その間にも、カナタは抜き打ちで感染者の首を半分ほど断ち、ダイゴの斧は感染者の頭を首まで砕いていた。



 感染者は動かなくなり、肩で息をしながら立ち尽くす三人。その視線の先では男が傷口を押さえ、苦痛に耐えるようにうめき声をあげている。

 やがて、カナタ達の方を見上げると、息も絶え絶えに話し出した。


「す……まな、い。どうか……むす、めをたのっ、む……どう、か!」


 血を吐くような男性の言葉に誰も声をかけてやることもできない。


「どう、か……ど、うか……あううっ!」


「とうさん!」


 苦しみだす男性に、娘が悲鳴をあげるように言う。


「ごめ、ん……おれ……を」

 男は娘の声に応え、少しだけ娘の方を向いた。しかし、そこまで言うと苦しいのか胸を押さえ、何かに耐えるような仕草をする。

そしてふたたびカナタ達の方を見ると、持っていた棒を落とし両膝を地面について、すがるような眼をしてはっきりと言った。


「殺して、くれ」


 男性の噛まれた傷口は激しく出血している。やがて、傷口の血管が浮き出る。まるで傷口から蠢く何かが侵入しているように見える……。


「うああぁっ!ぐうっ……」


 それにつれて苦しみがましていく。

 しかしカナタ達も感染者を相手取る事はもう何度もあるが、今まさに感染していく者に相対するのは初めてで、どうしたらいいかわからなくなっていた。

 いや、頭ではわかっていたのだ。どうするべきかは。ただそれを行う勇気がでなかっただけだ。


「はや……くぅっ!」


 男性の苦しみが限界に達しようかという時、動いたのはカナタでもスバルでも、ダイゴでもなかった。

 それまでカナタ達同様立ち尽くしていた少女がキッと唇を結ぶのが見えた。

 少女は、思いがけない速さでカナタが持つ刀を奪って、父親に近づく。


「あっ!」


 そう思った時には、少女は刀を振るっていた。風を切る音、刃が骨を断つ音がやけにはっきりと聞こえ……。

 男性の、父親の首が滑ったように落ち、俯く少女は手から刀を落とすと、呆然とその場に座り込んでしまった。


 異様な静けさが辺りを支配している森の中で、カナタ達の荒い呼吸の音と、静かに聞こえる少女の嗚咽だけが聞こえている。それを聞きながら、カナタは思っていた。

 ――もし、自分が声をかけなければ、男性は噛まれることもなかったのではないかと……

読んでいただいてありがとうございます。

これからもよろしくお願いします!

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