6-3
歯を食いしばりながらヒナタは走った。不規則に進路を変えながら、間違っても後ろから銃撃されて動きを止められるような事が無いように。
スバルと夏芽は、すでにゆずと由良が身を隠していた城壁の出っ張りの所までたどり着いていてその前に立ちはだかったゆずと由良が交代でマガジンチェンジを何度か行いながら断続的に射撃を続けている。ヒナタがそこまでたどり着いて安全を確保できれば、それまでにダイゴが安全圏にいるのならばダイゴも逃げる事が出来る。
それだけを考えて、ひたすら走っていたヒナタの背後でポンという音が聞こえた。密閉された筒の蓋を取った時のようなやや気の抜けるような音。
しかしそれを捉えたであろうゆずの顔が引きつったのが見えた。そして何か叫ぶが、必死に走るヒナタは自分の息遣いの音と射撃の音でゆずが何を言ったのかは聞こえなかった。
「え?」
自分の口からそんな言葉がこぼれた気がした。だけどそれすらヒナタの耳には入ってこない。走っていたはずのヒナタは天地がひっくり返ったような感覚に襲われていた。自分が立っているのか座っているのかも分からない。どっちの方を向いているかすらわからない。何も思考ができなくなるほど頭の中で激しい音が鳴るばかりだ。
何も分からない、感じることができないでいるとふいに自分の腕が捕まれ引っぱられた感触がした。
………………
狙いをつけることなく、ただ弾丸をばらまく。ゆずと由良が援護射撃を始めると、護衛が素早く動いて次原を物陰に隠してしまった。
思わず舌打ちする。しっかり狙いをつける暇こそなかったが、できればここで二三発お見舞いしておきたかった。あのにやけた顔を思い出すたびに虫唾が走る。
スバルが危惧していたとおり、次原はゆずにとって一番嫌いなタイプといっていい。こうなるならヒナタが話しているうちに撃っておけばよかったと思い、もう一度舌打ちする。
隣でマガジンチェンジを終えた由良が撃ち始めたのを確認して、自分も残弾を撃ちきりマガジンを交換する。見るとダイゴが感染者をけん制するように立ち回り、ヒナタは感染者を蹴り付けた反動も利用してこっちに走ってくる。
次原の護衛達をその場にくぎ付けにするため、ヒナタから視線を外して正面を向いた時、たまたま目についた。あいつらが開け放った門の向こうにあるビルの三階の窓からこっちに向かって太めの銃らしき物が向けられた。
あそこに隠れていたのか……
ゆずは自分たちが隠れていることが露見した時から、自分たちを見付けた相手を探していた。位置的に高い所から見ているに違いないと思ってあちこちに視線を飛ばしていたが見つける事ができなかった。
先に見つける事が出来ていれば……しかもこっちに向けられている銃口はおそらくグレネードランチャー。多様な弾頭を発射できる。悔やみながらその場所に銃口を向けたが、相手の方が早くポンという気の抜けた音が聞こえて、発射薬の煙と共に山なりに弾薬が飛んでくる。
「ヒナタ!横に飛んで!」
発射された弾薬が榴弾なら結構な範囲が爆発に巻き込まれる。そう思い叫んだが必死で走る様子のヒナタには届かない。
「っ!」
さすがのゆずも冷静ではいられなかったのだろう。おもわず飛んでくる弾薬に向かってライフルを乱射した。
少しでもヒナタから遠いところで爆発させたい。そう思っての事だったが、結果的に裏目に出てしまう。発射された弾頭に向かって撃った弾丸のうち、一つがまぐれで当たった。そして……
「ううっ!」
なまじ弾頭を狙っていただけに、ゆずはまともにそれを見てしまった。発射された弾薬は榴弾などではなく、音と光で行動の自由を奪う、音響手りゅう弾みたいなものだった。
激しい音と光で立っている事も出来ず、ゆずはその場に座り込んでしまった。平衡感覚すら奪われ上下も左右も分からなくなる。
「だめ……ヒナタ!」
何も見えない感じない世界から一秒でも早く脱するようにゆずは頭を振りながら手を伸ばし、地面に触れて位置を把握する。
目を開けるとぐるりと視界が回転するが、それでも無理やり視点を合わせた時に見えたものは……。
ゆずや、その傍らの由良と同じようにぐったりとしたヒナタの左腕を掴んでいる人物が見えた。体格から男性に見える。その先ではダイゴが膝をついていて、次原の護衛の男がヒナタに向かって走ってくるところだった。
「ヒナタをっ!」
放せ!と撃つつもりが、ゆずの両手は何も持っていなかった。感覚を失った時に落としてしまったのか、その時に蹴ってしまったのか、思ったより遠くに転がっている。
ヒナタの腕を掴んでいる男はパーカーのフードを深くかぶっているし、ゆずに背中を向けて立っているので顔は見えない。それよりも印象的なのが、その男の右腕があるはずの場所では袖が風で揺れていた。
やがて意識が戻ってきたらしきヒナタは頭を振って、自分の腕を見るとそのまま顔を上げて動きを止めた。
男はそんなヒナタを持ち上げて立たせると、意外にも優しい手つきでゆずの方に押した。たたらを踏むように歩いてくるヒナタをゆずが走り寄って抱えた。
その先ではヒナタを放した男が片手で日本刀を抜刀していた。ヒナタを捕まえようと走り寄っていた次原の護衛はそのままの勢いで立っている男に向かって持っている鉄パイプを振り上げた。
カラン
地面に転がったのは、次原の護衛の男が持っていた物だ。片腕の男に向かって振り上げたはずの鉄パイプ……護衛の男の両手を鉄パイプを持ったまま斬っていた。
「ぐううぅぅっ!」
肩口付近できれいに斬り落とされた男は苦痛の声をあげその場に膝をついた。切り口からはとめどなく血が流れているが、両手がないためにどうする事もできない。もう一人の護衛の男はそれを見てたじろぎ、立ち止まっている。
すうっと流れるように動いた片腕の男は、まるで風で流されたように力の入っていない感じで立ち止まったもう一人の男との間合いを詰めると目では負えないほどの速度で刀を振るうと、そのまま腰に下げた鞘に納めてしまう。
チンと気味の良い鍔鳴りが聞こえる。
護衛の男は何が起きたのか分からないようで、声を出すこともできず口をぱくぱくさせているばかりだった……が、次第に何が起きたのかが分かってきた。
呆然としている護衛の男の洋服が斬られている。腹の部分を一文字に……
「て、てめえ!」
護衛の男は我に帰ると、持っていたバールを握りしめて片腕の男に詰め寄った。いや、詰め寄ろうとしてできなかった。
一歩歩くと腹に赤い筋が入り、二歩歩いたときには傷が開き臓物があふれてくる。三歩目は出せなかった。
「う、うわ、うわああぁ!」
ずるりと出てくる臓物を男は両手で落ちないように支えるが、柔らかい臓物が男の手からこぼれて垂れ下がる。
「ひいいい!」
なまじ意識がある分、恐怖を味わいながら男は情けない声をだしながら自分の臓物をかき集める。そしてごふりと口から溢れるように血を吐くと片腕の男を信じられないものを見たような顔をしたまま横に倒れ動かなくなった。
「やあ、これはすごいね。彼らはこの世界で生き抜いてきた強者だったんだけどなぁ」
次原はまるで他人事のように言うと、もう動かない二人の男を何の感情も感じられない目で一瞥すると片腕の男を見る。
「ふーん。君もか……」
少し面白そうに片腕の男を見て、ちらりと周りを見て苦笑いをこぼした。
「形勢逆転かぁ。ウチに連中に若い女の子を土産にしてやるつもりだったんだけどなぁ」
使い方が荒いんだよ。と愚痴るように言う次原が何のために自分たちに接触してきたのか、ゆずはようやく理解した。
羞恥と憎悪がまじった視線を向けると、次原は両手の平を上に向けて肩をすくめた。
そして大きく後ろに飛んだ。残っている護衛も次原の所に集まってくる。それよりも片腕の男の動きが早かったらしく、ぴゅう。と風を切る音と血しぶきが舞った。
「おおっと、これはこれは……あまり怒るのは体に良くないよ」
そう言った次原の周りを、追いついた残りの護衛が囲む。次原は左の脇から右胸までバッサリと斬られているが苦痛を感じている様子もないし、出血も斬った瞬間だけだった。
「まあ、今回は僕の負けでいいよ。どうせ君たちとは長い付き合いになりそうだからね。今日の所は帰るとしよう。ええとヒナタちゃんだっけ?僕は君が気に入ったよ。絶対僕の人形に加えるから」
次原が形容し難い笑みを浮かべた瞬間、またグレネードランチャーのポンという音が聞こえ、慌てて全員が目いっぱい後ろに向かって飛んだ。
……カラン。コロコロ……
たっぷり数十秒、伏せていたが何も起こらない。弾薬の落下地点には空の弾頭が転がっており、次原たちの姿は消えていた。
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