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【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られた都市~  作者: こばん
2-1.再会

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6-2

濁った眼でヒナタ達を見る女性の感染者は、ふらふらと定まらない足つきで歩き、一番近くにいたヒナタに向かってくる。まだ離れているというのに、ヒナタを掴むように手を伸ばして空を握り、ヒナタの白い肌に噛みつくようにカチカチと歯を鳴らす。

それは次原の護衛達の間を縫うように歩き、次原の傍を通り抜けようとしてわずかに足をもつれさせた。すこしフラッとして次原の体に肩が当たった。


「チッ!」


その瞬間、それまではにこやかな表情を崩さなかった次原が嫌悪感を丸出しにした顔になった。


「この、化け物が!僕に触れるなんて……汚らわしい、だろうが!」


そう言って後ろから女性の感染者の背中を蹴った。前のめりになって躓きそうになりながらもなんとか堪えた。それでも視線はヒナタに向けたまま。思い切り接触をした次原の方など見向きもしない。まるで見えてもいないようだ。


「く……っ!」


滑るような動作で感染者に近づいたヒナタが両手に持った短刀を閃かせる。パッと花が咲いたように感染者の後頭部から血しぶきが舞う、感染者はまるで電池が切れたおもちゃのように膝から崩れ落ち、動かなくなる。

その頃にはヒナタは元の位置まで戻っている。


両手に短刀を構えたまま、次原に鋭い視線を向けている。


その後ろでダイゴが夏芽をかばうような位置に立ち、スバルも武器を構えて動けるようにしている。何か一つきっかけがあれば即座に動くであろう空気の中、開け放たれた門からさらに数体の感染者が入ってくるのが見えた。


そんな中、次原はパンパンと手を叩いた。


「いや、素晴らしいね。いい動きだ。ぜひとも今後は僕のためにその力を振るってもらいたい」


「誰が……」


勝手な事ばかり言う次原にヒナタは小さく、しかしはっきりとそう言うと睨みつけた。何を思って、どう考えて自分たちが次原側に付くと思っているのだろうか。その根本的な意味がわからないのだが、それが余計に気味悪さを増しているのも確かだ。


まともに相手をする必要はない。しかもせっかく閉じていた門は開けられ、今も感染者が入ってきている。

さっさとここから立ち去る事が賢明だということは分かっているのだが、次原たちの様子が気になり決断できないでいた。なんとなくだが背中を向ける不安があるのだ。嫌な予感がすると言ってもいい。


「なにしとんねん、さっさと逃げるで!あいつら人を人とも思うとらん奴らや。捕まったらシャレにならんで!」


普段は飄々としている夏芽が焦燥を隠しもせずに言ってくる。


「ふふふ。僕の考えている政治は人のためのものだ。断じて化け物のためじゃない。安心したまえ、君たちが人間であるうちはきちんと生きていけるように配慮してあげるよ」


その言葉を聞いただけで夏芽や感染を疑われた者がどんな扱いをうけるかわかる。

ちらりと視線をあげると、門からこっちに入ってくる感染者の数はどんどん増えている。門のすぐそばで次原がよく通る声で喋っているのだから無理もないだろう。


……潮時か。ヒナタは後退を決意する。本当の所、もう少し情報を引き出したいところではあった。次原がなぜこのタイミングで接触してきたのかすらわからないのだ。


しかし状況はかなりこっちに不利だ。次原たちはずっとか一時的かは分からないが、かつての夏芽や詩織のように半感染みたいな状態なのだろう。感染者が次原たちに一切興味を示さない事から間違いないと思える。

それだけで十分不利なのに、こっちにはこれ以上時間を稼いでも援軍が来るという事もない。相手には後ろの方に隠れていたゆず達を見付けたように、こっちを監視している仲間がいる。


「撤退します。私が……」


しんがりを務めます。そう言おうとしたヒナタをダイゴが止めた。


「しんがりは僕がやる。戦力を考えたらそれが正しい」


平坦な口調でダイゴがそう言い切る。ダイゴはケガをして本調子で戦えない自分を切り捨てるべきだ。と言外で告げているのだ。


「それは……私には……」


ぐっと唇を噛んだヒナタにダイゴが微笑みかけた。


「ダメだよヒナタちゃん。リーダーというのは時には非情な決断をしないといけない。その判断を謝ると部隊全体を危険にさらすかもしれない。ヒナタちゃんは賢いからよく理解しているはずだよ」


優し気な声で語り掛けてくるダイゴの声を聞いて、鼻がツンとなる。敵を前に弱みを見せるわけにはいかないが、兄の親友であり、いつもやさしく包んでくれるような人を失いたくないという気持ちが止められない。


「ふ……」


聞こえないように声を潜めていたが、ヒナタ達の様子を見て予想ができたのか、次原が鼻で笑った。


それを見て、頭の中がカッと熱くなるのが分かった。このまま何も考えず、飛び出して斬り付けたい衝動がヒナタを支配しかけたが、しっかりとヒナタの手を握ったダイゴの温かく大きい手がそれをさせない。


「いいかいヒナタちゃん。判断を見誤っちゃだめだよ?」


それだけ言うとダイゴはヒナタの手を離し、かわりに腰の支給刀を抜いた。そのダイゴにゆっくりと二体の感染者が近づく。

以前として次原はニヤニヤとして見ているばかりで、門を開けただけで何もしてこない。それが不気味で気になるが、ここで間違った判断をしようものなら一生後悔をしても尽くせない事になる。


「ダイゴさん……。」


小さくダイゴの大きな背中に向かって声をかけ、そっと触れた。ほんの少しの間、触れていたのは手のひらだけであったが、気持ちは伝わったと思う。それだけの親密さと信頼感はあるはずだ。


次の瞬間、ヒナタは後ろ手でハンドサインを出した。「全力撤退」という意味の……。


ヒナタがサインを出すと同時に、隠れていたゆずと由良が身を晒して次原たちにライフルを発砲した。狙いを定めたものではなく、広範囲に弾をばらまくように。それまで一切声を出さず、黙って唇を噛んでいたスバルが身を翻し、夏芽を抱えるようにして走り出す。

ダイゴはその場にとどまり、近づいてきた感染者に大振りに支給刀を振るう。そのダイゴの横に一瞬で並んだヒナタがもう一人の感染者に斬り付け、足で次原の方に蹴り飛ばした。その反動を利用して後ろを向いて走り出した。


それを満足そうな顔で見送ったダイゴは、ヒナタが固定してくれていた左手の包帯を解いて、いつもの盾を持つような構えをとった。


(満足には動かないけど、生身の腕でも少しは耐えれるはず。もってくれよ……)


己のケガをしている腕さえ使って、ダイゴはその場に踏みとどまる。自分が生きている限り、ここから一歩も通さない。その気概を全身にみなぎらせて……。

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