6-1 友愛の会
固い口調で同行を拒否したヒナタに向けて、意味ありげに微笑んだ次原が言った言葉は、そこにいる全員に強い衝撃を与える事となる。
「君の言うやる事、については心配いらない。これ以上先に進む意味がなくなるからね」
「……あなたが何を言っているのか分かりませんが、これ以上の問答は不要です。もし、私たちの行く手を遮るようであれば……」
ヒナタの話す言葉に冷たい殺気が乗ってきている事にゆずは気付いた。ヒナタがその気ならゆずも腹をくくらないといけない。
音を立てないようにライフルを構えて、銃身を次原の方に向ける。ゆずのその動きと同じくしてどこからかスピーカーを通した人の声が聞こえてきた。
”政治さん、向かって右前。城壁の影に二名隠れています。両名とも銃器を所持しています”
それはその場にいた全員が聞き取れるほどはっきりした声だった。サッとゆずの背中に冷たいものが走った。……油断した……おそらく向こうも高い所から次原の近辺を監視していたのだろう。目の前の相手にばかり気を取られ、周りに目を向けきれてなかった。
「おやおや、まだネズミがいたか。まあいい、そこで聞き給え。時に後ろの君、そう君だ」
何も思ったのか、次原は後ろで銃を構えている夏芽に話しかける。夏芽は怪訝そうな顔をしながら銃口を向けている。
「君は元半端な感染者だね?」
いきなりそう言われ、夏芽は激しく動揺した。なぜそれを?と口には出さないだけで、表情が語っている。
「ふふふ……そして君たちは四国に閉じこもっている都市とやらから来た。そうだろう?」
にやにやとした表情のまま、続けざまに衝撃を与えてくる次原。ヒナタもぽかんとしかけたが、ぐっと口を引き結んで耐えた。
「このまま立ち去る訳にはいかなくなりましたね。なぜ夏芽さんの事を知っているのか……洗いざらい喋ってもらいます」
ヒナタの口調に剣呑なものが混じった。さすがにそのままにはできず、控えてきた護衛が次原の両脇を固める。ただ、とうの次原は愉快そうにしているばかりだ。
「なぜ知っているのか……それはそこの半端な化け物から貴重な情報を抜いたのが我々のグループだからさ。君は佐久間博士の持ち物だったんだろう?僕は直接接していないが、報告は上がってきているよ。半端な化け物のなりそこないが……貴重なデータをどうもありがとう」
そう言うと夏芽の方を向いて右手を大きく上げてから大仰な仕草で胸につける。昔の貴族かなにかがやりそうな動きで一礼した次原が、呆然としている夏芽をみて愉快そうに笑った。
「お、お前……ウチの体を好き勝手いじくった奴らの仲間っちゅうことか……」
「仲間……と、言うよりも僕が彼らを率いていると言ってもいいね。おかげで感染者という存在の認識が大きく前進したと聞いている」
満足そうにそう言った次原は、夏芽などもう興味がないとばかりにヒナタに向き直る。
「そして君たちが№都市と称する場所からやってきたことも分かっている。僕たちの動きを探るためにこっちまで来たんだろう?随分遠回りするから追いかけるのが大変だったよ」
やれやれという仕草をしながら次原は言った。その様子からは深刻さというものを全く感じない。しかし次原の周りにいる者は違う。護衛としてここにいるだけあって、微塵も油断している様子はないし、この場にいる全員の一挙手一投足に反応している。
しかしヒナタ達の動揺も大きかった。都市を攻めようと画策しているグループを調べようとここまでやってきながら、まさか相手の方から接触してくるとは想定を超えている。
あからさまに動揺を見せ、言葉をなくしているヒナタ達の顔を順々に見ていって満足そうに頷いた次原は、両の手のひらを叩いた。パンという乾いた音がすると、次原の護衛のうち一番後ろに控えていた男が、こっちを向いて警戒したまま後ろに歩く。
その先にはヒナタ達が閉じた門がある。門の向こうの通りには感染者がうろついているはずだ。
「さて……今から面白いものを見せよう。一部君たちの功績もあるからね」
最初から一貫して同じ様子を崩さない次原が門の所まで下がった男に手を上げた。それに小さく首肯した男は、
門を蹴り開けた……
「はっ?何してんだ、ばかじゃねえか?」
思わず口走ったスバルが先頭にいたヒナタを引っ張って数歩後退した。門が開けられたということは感染者たちがなだれ込んでくるということだ。
数歩下がっただけにとどめたのは、ヒナタ達と門の間に次原たちがいるからだ。いったい何を考えているかわからない。しかも次原を始め護衛の男たちも視線をヒナタ達に固定したまま後ろを向くこともしないのだ。
「あかん……、あかん、逃げるで!きっとあいつらは」
焦ったように近くに来たスバルの肩を揺らす夏芽。その言葉にヒナタ達が反応するより早く門の影からぼろぼろになった元々洋服だったものを体にひっかけているだけの、女性らしき感染者が姿を見せる。
近くには門を蹴り開けた護衛の男。すぐに起こるであろう凄惨な光景を想像して身構えたヒナタ達をよそに、すうっと男の横を通り過ぎた感染者の視線は次原やその護衛を通り越してヒナタ達に向いている。
信じられない顔で見ていたヒナタ達が我に帰る瞬間を、次原はとても楽しそうな顔でみつめていた。
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