5-11
冷静さを保とうとゆずは一つ深呼吸をした。深く吸って、吐いて……吸って、止める。スコープの中心はドローンを操っているしろおばけ(ゆず命名仮称)の片方の頭に定まっている。
細く息を吐きだしながら、引き金に指をかけ引き込む。
ズドンという重い音と衝撃が小柄なゆずの体を通り抜ける。大口径のへカートの反動は大きくきちんとした姿勢をとっていないとゆずくらいなら簡単にひっくり返ってしまう。
そうならないのは、ゆずの卓越した技術と執念のなせるわざであろう。
そんなへカートから勢いよく射出された弾頭は空気を切り裂いて飛んでいき、しろおばけとゆずが脳内で命名した人物の肩に命中した。その人物は弾かれたように後ろに倒れこみ、ドローンの送信機も窓の下に落としてしまった。
これで二機のドローンのうち正門へと導いていたドローンがあらぬ方向へ飛んでいき、街路樹に引っかかって止まった。スコープの先ではもう一人の人物が慌てて抱き起こしている様子が見える。
すかさずゆずは排莢して次弾を装填するとそのまま撃った。しかしその弾丸はビルの壁に当たりコンクリートを削っただけに終わる。
その頃には狙撃されている事に気付いたのか、しろおばけは倒れた仲間を引きずってゆずの視界から消えていた。
「くっ!」
ゆずは頭部に狙いを定めていた。一発で仕留めるつもりだったのだ。それなのに狙いがずれ、肩に当たったのはゆずの腕が未熟なのか、風や重力による弾道の変化を読み違えたのか。あるいはスコープの調整が完璧じゃなかったのかもしれない。
いずれにしろ望んだ成果を上げる事ができず思わず唇を噛んでいた。
しかし、これでドローンで誘導していた感染者の集団がお城の方にばかり行かなくなり、何か音を聞きつけたのか、しろおばけが隠れていたビルの方にも向かっている。
まぁ、結果オーライか。と思ってスコープから視線を上げるとちょうどゆずたちがいる高台から見える位置にヒナタ達らしき人影がいた。
ヒナタ達は時々出会う感染者を斬り倒しながら東側の門の所まで進んでいた。
そしてヒナタは門を閉じ、周りをクリアにして高台を見上げて、ちょうど見ていたゆずに気づき、大きく手を振った。
ゆずはそれに手を振り返し、急いで由良の所に戻った。
「由良!ひなた達が撤退路を確保した。急いで移動する」
そう言うが早いか自分の荷物を肩に担ぎ、へカートは自分の体に預けるようにして持つ。
そのままM-4を構えて移動の準備をした。
「は、はい」
由良はそれに返事をすると、マガジンに残っていた弾薬を一気に撃ち切った。
すかさずマガジンを交換しながら自分の荷物の所に駆け寄り、荷物を担ぐ。
それを見ながら、ゆずは由良の動きが射手らしくなったと心の中で喜んでいた。
経路はもう検討をつけている。城壁沿いに元々脱出用なのかわからないが、細い通路があるのを確認していた。細く狭い階段ではあるが、ゆず達は飛ぶように駆け降りて一刻も早くひなた達と合流する為に走った。
細い階段を降り切って、ひなた達が通ったであろう道を進んでいると、前方にひなた達の姿が見えた。
「由良!」
しかし、ゆずは鋭い声でと手で隠れるように指示を出す。素早く城壁の出っ張りに身を隠して先を窺っていると、男性の声が聞こえてきた。
「なぁ、わかるだろう?こんな世界は正さないといけない。それを行うのはこの事態を収める事も出来ないで隠れてしまった無能な政府じゃない。僕たち国民が日本という国を甦らせないといけないんだよ」
そっと顔を出すと、ヒナタ達と相対するように男性が五人ほど立っている。
その中心の男がさっき聞こえた声の主のようだ。話しているらしき中心の男は武器も持っていないようだし、今の世界では違和感しかない上下スーツでびっしりと決めている。
その男性を守るように立っている四人の男はそれぞれバールやサバイバルナイフなどの武器を構えているし、銃を構えている者もいる。それがヒナタ達の反対側、つまり門の所にいる。
ヒナタ達は警戒しているのか、全員が抜刀して構えているし、数歩後ろでは夏芽が男達に銃を向けていた。
武器を向けられているというのに、恐れる様子も見せていない中心の男は両手を広げてさらに持論を語る。
「かつて父、次原一生が作った政治団体、友愛の会は市民のみなさんと交流を深めるためのものだった。それは最悪と言っていい結果に終わったが、僕、次原政治がまとめなおした友愛Sの会はこの世界においてたくさんの国民を救い、あの化け物の脅威におびえる事のない暮らしを提供している。しかしその維持のためには力がいる。たくましく生きている君たちの力を借りたいんだよ」
両手を広げたまま笑みを浮かべ、次原は誘いの言葉を投げかけ続けている。しかし次原が浮かべている笑みがどこか歪んでいるような気がして、ゆずの背中に怖気が走る。
「由良、何かおかしい。いざという時には躊躇なく撃つ。できる?」
ゆずはあえて由良の顔を見ないままそう告げた。これまでの人とかけ離れた感染者ではない、生きている人間に銃を向け撃てるか?と問うゆずに由良は答えることができない。
それは誰しも一度は葛藤を覚えるものだ。見るからに人とは違うものになっている感染者を撃つことは抵抗が少ない。撃たなければ自分が殺される事もあり、感染者を撃つことをためらう者は少ない。
しかし、明確に敵対している者や略奪を企てる者、または享楽的に殺人を好む者。そういった危険なある意味異常者であると認識していてもそれらを抵抗なく殺せる者はほとんどいない。
引き金を引くに至るまで、時間がかかる。
はっきり言っておとなしい由良にそれをさせるのは、さすがのゆずも心苦しい。しかし状況によってはそこで躊躇うと由良自身の命の危険につながる。
そうしている間にも次原と名乗った男は話を続けている。
「いいね、君たちの闘志は実にいい!今の世の中戦える強さは貴重だよ。特に真ん中の君」
軽快に話す次原がそう言ってヒナタを指す。
「かわいい女の子がそうしているのが特にいい。きっと需要があるよぉ」
そこで初めて……それまで誠実そうな青年といった雰囲気を出していた次原はヒナタに言及した時初めて表情を変えた。言葉にすると ニヤァと表現されそうな、粘着質な笑みを見せた。
一気に緊張が走る。
「おい、ヒナタ。なんか胡散臭くないか?ゆずとかに会わせたら殴りかかりそうな顔したぞ今。」
スバルが本人がいないと思って大変に失礼な事を言っている。しかし胡散臭いのはヒナタも感じている。もとより一緒に行くつもりもそんな余裕もないのだ。
一刻も早くカナタ達を探す必要があるし、№都市を攻めようとしている正体不明のグループを調べると言う任務もある。
「とりあえず、そこをどいてください。私たちはむやみに敵対する意思はありませんが、あなた達に同行するつもりもありません。私たちはやる事があって動いていますので……」
固い口調でヒナタはそう言うが、次原たちは動こうとしない。口元にはにやけた笑いを浮かべたまま……ヒナタ達に衝撃を与えてきた。
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