5-10
戦況は想像以上に厳しかった。
観光地になっているとはいえお城。門や塀が進むのを邪魔をするし、迎え撃つ方が有利な仕掛けも一部残っている。
矢を撃つために開けてある塀の隙間から銃身を出して一発ずつ、無駄弾を撃たないように確実に一体一体急所を撃ち抜く。倒れた感染者が後続の感染者の移動を少しでも阻害するように位置にも気にして……
しかしあとからあとから押し寄せるように姿を現す感染者に思わず舌打ちをしながら打ち尽くしたマガジンを交換し、いらだちを表わすように新しいマガジンを叩きこんだ。
「……数が多い。なんでこんなにたくさん」
いらつきはしても集中だけは乱さないように次の狙いをつけているが、明らかに感染者たちはこの先に獲物がいると確信したように同じ方向に向かって動いている。
隣ではあまり上手とは言えないが由良もそれなりに頑張っている。今ゆず達は支給品のM-4を使っている。今回から試作のサプレッサーをつけているので、射撃音はだいぶ緩和されているはずだ。
自分たちが出す射撃音が呼び寄せているとは思えない動きをしている。ゆずはそれがひどく気になっているのだ。
当初、合流ポイントとして決めていたのは姫路城天守のすぐ下にある広場だ。周りを見渡せるし高い位置にあるので誰かが近づいても分かりやすいだろうという事だ。
結局しっかり見張っていなかったために接近を許してしまったが……
姫路城は周りを堀で囲まれているので、いずこかの橋を渡って入らないといけない。本来ならその堀も利用できると踏んでいたのだが、気が付いた時には中に入られていた。その時からやけに指向性のある動きに疑問をもったのだが、考える暇はなかった。
ヒナタ達はゆず達がいる反対側から降りて撤退路の確保に向かっている。感染者たちは一番大きい正面の門からどんどんお城の敷地内に入ってきているのがここからでもわかる。
ここでゆず達がしっかり足止めをしないと城の内部まで入られると複雑な通路で遭遇戦となる。そうなってしまえばまともに撤退もできなくなるだろう。今の十一番隊はけして十全ではないのだから……
今も正門のほうから集団が入ってくるのが見えてもう一度舌打ちがでる。おもわずそっちにスコープを向けた時、気になる物が見えた。
「……?…………由良!しばらくお願い」
それだけ言うとゆずは由良の返事もまたずに自分の荷物を引き寄せて中身を出し始めた。
「っ!」
由良はそれを聞いて、一瞬ゆずのほうを見たが何かを出そうとしているのを見てか、何も言わずに射撃姿勢に戻って引き金を引いた。
ゆずどころか、アスカよりも射撃技術の劣る由良はゆずのように一発ずつ確実に当てるという事はできない。バースト射撃で確実に命中させるやり方を取っている。
三発ずつリズムよく吐き出される弾丸は消費は多くなるが、その分命中率はあがり運が良ければ別々の感染者を同時に仕留める事が時々はある。
(アスカちゃん……)
歯を食いしばり、仲の良い同僚を思いながら感染者に狙いを定める。気の弱い由良が周りに流され、いやな事でも言い返せない事をいつもアスカがかばってくれた。
一度なぜ自分に優しいのか聞いた事があるが、少し恥ずかしそうに微笑んだだけで教えてはくれなかった。これまで随分と彼女に助けられてきたと思う。きっと自分の知らない所でも……
しかし今隣に彼女はいない。仲間と呼べる人たちはいるが、アスカほど信頼しているわけではない。由良は自分でやらなければ、と己を叱咤して引き金を引き続けていた。
ゆずが目的の物を準備して射撃姿勢になった時、さっきよりもだいぶ感染者の群れが近づいていた。由良だけでは無理があったのは理解しているが思わず歯噛みしてしまう。
(それよりも……)
気持ちを切り替え、先ほど気になった事を確かめようと準備したへカートのスコープを覗いた。アサルトライフルであるM-4には近~中距離ようのスコープがついている。今のように近づいてくる感染者を迎撃するのはそれがベストだ。あまり遠くまでは見えないが、その分視界が広いので臨機応変に対処が可能だ。
それに比べて、へカートはスナイパーライフルでありスコープも長距離用のものがマウントされている。ゆずが確かめたいのは、いやに指向性のある動きをしている感染者がまるでこっちに用事があるみたいに入ってくる正門付近にある。
「っ!あれは……」
思わず口走ってしまった。
へカートのスコープがとらえたのはドローンだ。それほど大きいものではない、トイドローンと呼ばれるおもちゃ。それが感染者を誘導するように、正門をくぐってこっちに来るように動いていた。
「っ……。いったい誰が……」
強く奥歯をかみしめて、誰が何のためにそんな事をしているのかと思ったが、この状況では調べようもない事だ。かつて十一番隊は物資の探索の時に見つけたインカムを隊員全員が使っていた。
ある程度離れていても意思の疎通ができたそれは、二回目のマザー戦の時にほとんどが壊れてしまっていた。それなりに思い入れがあるので、使えないが大事にとってあるが。
いまそれがあればと痛感していた。反対側で退路の確保をしているヒナタ達に伝える事ができれば……ヒナタ達のほうにその何者かの意志が向いていない事を願いながらゆずは口を開いた。
「由良、悪いけどもう少し頑張ってほしい。この感染者の動きは何者かが誘導している。ここに用があるのか、私たちに敵意があるのか……それとも全く別の思惑があって感染者の気をそらしているのか。それは分からないけどこのまま好きにさせるわけにはいかない」
イラついているので、平坦な口調になってしまったが視線をこっちに向けていた由良はしっかりと頷いてくれた。
「ありがとう」
むしろ不愛想ともとれる言い方でゆずは礼の言葉を言ったが、由良はそれを聞いて一瞬ぽかんとしていた。すぐに我に返って射撃に戻ったがさっきよりもやる気が出ているように見える。
ゆずはなんで?と思ったが、すぐに余計な考えを頭から振り払ってスコープの先に意識を集中する。
「ドローンは二機。一機が道路で感染者を集めて、一機が門をくぐるように誘導している。動きを見ても二人で動かしている。」
ゆずはドローンの動きを見て素早くそう判断した。
(しかもそれほど長い間飛べないトイドローンでこれだけの間誘導しているということは、頻繁に電池を入れ替えるか複数のドローンを使っているかしているはず)
すぐそこまで考えが至ったゆずはドローンを撃ち落とすより操縦している人をどうにかした方がいいと判断した。いくらゆずが射撃が得意といってもかなりの距離があるうえに、小さく不規則な動きをするドローンを一発で落とすのは至難の業だ。一発で仕留めきれなかったら操縦者は狙われている事を察知し、動きを複雑にして狙撃しにくいようにするだろう。
感染者もどんどん迫ってきている時に悠長に銃を使ったドッジボールをしている暇はない。
(あの門と大通りが良く見える安全な場所……きっと高い位置から見下ろしている。)
場所をしぼり、へカートのスコープで舐めるように建物の窓や屋上などを見ていくと、ようやくそれらしき人影を見付けた。
見付けたが……一瞬それが何なのかゆずには理解できなかった。十階以上ある高いビルの三階の窓にラジコンの送信機みたいな機械を持った二人の人物が見えた。物陰に隠れるようにしてドローンを操っているようだが、目線などを確認しても間違いないと思う。
ただ……その恰好が異様だった。年齢も性別すらも分からない二人組は頭から白いシーツをかぶっているかのような格好をしていて、どうやら目の所だけ穴があいているようだ。
袖らしき部分もあるようなので、頭ごとすっぽりかぶる貫頭衣みたいなものだろうか……
小学生を驚かすためにお化けに扮装した格好のように見える。今この世界になんでそんな恰好をしているのか……少し聞いてみたくなったのを頭を振って追い払った。
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