5-3
「何て言ったらいいか……俺も色々と覚悟はしてここにいるつもりだったんだが……如月さんの話を聞いて、それをお前たちに重ねてしまった。どうしても消せないんだ……不安な気持ちが」
苦笑いをし損ねたような、どこか悲しそうな顔になってしまいながらそう言ったカナタは、それを見ているゆずやヒナタにとって、普段よりずっと小さく見えた。
「カナタ君……」
「ここまで来て何言ってんだよって思うよな?でもこれまでは割と勢いで来たとこもあったしさ……こうしてこっちのペースでやってるとなんか色々考えちまってな」
複雑な表情のままカナタはそう言うと、点検していた桜花を鞘に納めた状態で手に持ってじっと見つめている。
これまでに死線と言えるところをいくつも潜り抜けてきたが、それは必要に迫られてだったり、向こうから迫ってきたりする場合が多かった。ゆっくり考える暇もなく行動を迫られていたので移動時間が長く、考える事がいくらでもできる今回の行動と、守備隊の先輩で、目の前の強大なマザーとの戦闘の経験者であり被害者でもある如月から話を聞くことができた事も大いに影響を及ぼしているのだろう。
「…………分かった。帰ろう」
黙ってカナタの様子をじっと見ていたゆずはおもむろにそう言うとすっくと立ちあがった。
「え?ちょっとゆずちゃん?どうしたの……」
短くそう言って立ち上がったゆずをヒナタは驚いた顔をして、カナタはあっけにとられた顔をして見た。
「カナタ君が弱気だとそれは絶対に部隊に影響する。迷いがあればとっさの判断も送れる。そんな状況であんな強そうなやつに挑むのは無謀だと思う」
「それはそうかもしれないけど、帰るってわけには……」
困ったような顔をして、ヒナタはゆずとカナタの顔を交互に見て慌てている。カナタはゆずの帰ろうという言葉に驚いたのか、まだ口を開けて固まっている。
「カナタ君が私を……仲間を信用してくれないなら作戦何ていくら立てても勝てる道理はない。なら取れる行動は撤退の一択」
座った目でじっとカナタを見てそう言ったゆずの言葉にカナタは激しく反応して顔を上げた。
「な!待ってくれ、信用していないってわけじゃ……」
「私たちじゃ勝てないって思ってる!あの如月って人みたいに大けがをするって思ってる!それは信用していないって事!」
慌ててゆずの言葉を否定しようとしたカナタの言葉にかぶせるように、半ば叫ぶようにゆずは言った。さすがに声が届いたのだろう、少し離れたところで橋の方を監視していたダイゴとスバルも何事か?というような顔をしてこっちを見ているし、ハルカは駆けてこようとしている。よく見ると花音はハラハラしたような顔で見ているし、一人夏芽だけは我関せずといった様子で携帯食品をかじっているが……
「そんな……俺はただ…………」
「違うというならなんで相談してくれない!どうして一人で考え込んでる。」
ゆずがそう言うとカナタは再び視線を落とした。
「今回は……嫌な予感がするんだ。如月さんみたいに誰もなってほしくないんだよ」
地面を見つめたままカナタが絞り出すように言った。
「お兄ちゃん……」
そんな事を考えていたのかと手を伸ばそうとするヒナタをゆずが止めた。どうして止めるのかとゆずを見たヒナタはハッとして息を飲んだ。これまでに見たことがないほどゆずの顔が強張っていたからだ。
「……それなら帰ればいい。マザーなんか放っておいて帰ればいい」
低い声でゆずが言うと、カナタは力なくうなだれる。そんな事は出来ない事は分かっているからだ。結局は進むしかないのだがどうしても歩を進めることに抵抗を感じてしまうのだ。
「もういい。好きなだけ悩めばいい」
低い声でそれだけ言うとゆずは踵を返した。
「カナタ……」
カナタはそんなゆずを追う事もできず、手を少し伸ばした姿勢で止まっている。そんなカナタの肩にいつの間にか近くまで来て様子を見ていたハルカがそっと手を置いた。
「カナタは隊長だからきっと責任を強く感じているだけよ。疲れてるんじゃない?」
そんなハルカの優しい声も今のカナタには少し煩わしく感じた。それだけゆずが言った「信用してない」という言葉は強くカナタの心をえぐっていた。
無言で地面を見つめるカナタを見て、ハルカも小さくため息をついた。そして立ち尽くすヒナタを促すとゆずが去ったほうに歩き出す。
「私たち向こうにいるから。落ち着いたら来てね」
という言葉を残して。
地面を見つめたまま、カナタは自問自答していた。さっきまでは漠然とした不安と戦っていたが、それも押しやってしまった。信用してないの言葉。
そんな事はない、俺は仲間を信じていると心の中で叫ぶが、それも心の中のゆずが否定する。カナタは仲間たちに傷ついてほしくない。それが根底にあり、如月の姿を見て特に強くそれを意識してしまっていた。
だから例え敗走するような事態になっても全員の安全が確保できる方法を模索していた。そんなものはないという現実から目を逸らしていたともいえる。それで無為に時を過ごしてしまっていたのだ。
そこに落とされたゆずの爆弾の影響は大きかった。
(仲間を信用してない?そんな事はあるもんか。俺は仲間を心から信じてるさ)
無理やり心にそう刻み付けながらカナタは立ち上がった。感じていた不安はそのまま心の隅に押しやった状態で……
「みんな悪かった、すこし迷っていたみたいだ。こうしていても相手に強さも特徴も分からないうちは対策も立てられないから、一度当たってみよう。無理に通り抜けたり倒そうとは思わなくていい。一当たりして様子を見るだけだ。…………ゆず、悪かった。だが、本当に信じてほしい。俺は仲間を信じている」
仲間たちの所に戻ったカナタはみんなを集めてそう言った。最後にゆずに向けて謝ったが、そっぽを向いたままのゆずは目も合わせることもなかった。
それでもその後の配置の打ち合わせには参加したので、作戦に従わないというつもりはないようだ。
時刻は夕方5時半。一時間もしたら薄暗くなってくるだろう。元々視覚で判断していない感染者相手に夜間の作戦行動は無謀でしかない。だがカナタは以前交戦したマザーには視覚で判断しているらしき行動をしていた事を知っている。マザーだけでなく、進化が進んだ感染者は目でも獲物を追っている兆候がある。
それならばいざという時には闇に紛れて撤退すれば危険も少なく済むのではないかと思ったのだ。
カナタ達はもう少し橋に近づき、淡路側主塔が肉眼で見えるところまで来ていた。高速道路を進んできたので、交差するように一般道が通っている。眼下には大きな道の駅も見えるが、高速道路は一直線に伸びている。これまでは感染者とあまり遭遇しないできたが、本州に逃げようとする人が多かったのかたくさんの放置車両とそれを縫うように歩く感染者の姿が見える。
放置車両が結構あるので感染者から隠れる場所はあるが、主塔に巻き付くマザーからは丸見えだろう。
「こりゃ……気づかれずに近づくのは無理だな……」
思わずカナタが呟く。そして、まるでその言葉に呼応するように。またはようやく来たか、とでも言うように……
明石大橋の淡路側主塔に取り付いたマザーが奇声をあげた。
「キョアアアアァァァ!」
橋の上にいる感染者は理論上マザーの配下というわけではないだろう。それでもマザーが出した金属のきしむような声と共に動き出した。
……こちらに向かって。
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