5-2
意外に素直に弱気なことを言うカナタにゆずとヒナタは顔を見合わせた。普段はどちらかといえば「なんとかなるうんじゃないの?」というスタンスであるから……
「どうしたの?」
装備の点検をしながら話していたので、下に向いているカナタの視線を覗き込むようにヒナタがカナタの前にかがんで、顔を覗き込むようにして聞いた。心配そうな顔をして……
そんな心配そうにのぞき込むヒナタの視線から逃れるように視線をそらしたカナタは苦笑いしながら言う。
「いや、まあ……とりあえず少し考えさせてくれ」
言外に一人にしてほしい。そんな雰囲気を出しながら力ない笑みを浮かべたカナタはそう言うばかりだ。
その様子を見たゆずの眉がピクリと動く。
「お兄ちゃん……」
「カナタ君、何を考えるのか分からないけどマザーに対することならみんなで考えるべき。一人で考えると……その様子ならきっと後ろ向きな考えになる。」
ぴしゃりと言ったゆずの言葉にカナタは何も言い返さない。それだけでも普段と違う。普段であれば軽口の応酬が始まり、シリアスな空気などいつの間にか霧散してしまうのだ。
いつもと違う空気に近くでこちらを窺っている花音もハラハラした顔になって見ていた。
夏芽は我関せずといった様子で荷物から勝手に取り出した携帯食をかじっているが、聞き耳は立てているようだ。いまだ少し遠慮が見えるアスカと由良は用事がない限り話しかけてこないし、今も少し離れた所で歩哨のように立って辺りの様子をうかがっている。
ヒナタはそんな周りを見て、改めてカナタを見たがカナタは黙って装備の点検に戻ってしまった。
「はあ……」
ヒナタは大きくため息をつくと言った。
「お兄ちゃん?何を悩んでるか分からないけど、いくら隊長だからってお兄ちゃん一人に責任を全部かぶせるつもりはないからね!」
腰に手を当て、少し怒った雰囲気を含ませてヒナタが言うと、カナタは力なく笑って頷くばかりだった。
「私たち、そっちで休憩してるから」
ヒナタがそう言うとゆずに目で合図をして、少し離れた所で座っている花音の所まで戻った。カナタがそれに返事をすることはなかった。
荷物をまとめて置いてあるところにいる花音の所まで移動すると、ゆずは自分の荷物を置いたところに無言で座り、ヒナタは一度ぐるっと周りを確認してきた。
明石大橋に陣取っているマザーは他のマザーとは違いコロニーを作らない。それは如月からの情報でもあったし、実際にここに来るまでにほとんど感染者と遭遇しなかったことや、周りにまったく影すらない事から間違いない事だろうと判断していた。それでも油断はできないのだ。
カナタ達は大橋に続く主要道路からそう離れていない場所に休憩場所をとっている。元は小さな公園かなにかだったのか、周りを木々に囲まれ周りからの視線を遮ってくれてこっちからは監視がしやすい場所だ。北側の木々を抜ければ少し高い丘のようになっていて、海を挟んで明石大橋が見渡せる。
しっかりと周りを見て、道路の先の方まで見て何もいない事を確認したヒナタは大橋の方を監視しているスバルとダイゴ、ハルカの所にも行って異常がない事を聞くとアスカと由良にも休憩するように言ってゆず達がいる所に戻った。
もう一度ため息をつきながら自分の装備を点検し始めているゆずの隣に座ると、水の入ったボトルから水分を補給すると一息ついた。
ゆずは無言でライフルの各部を点検していたが、時折睨むようにカナタがいる方を見ている。
「どうしたんだろうね、お兄ちゃん。らしくないなぁ」
ゆずを見ながらそう呟くとゆずは不機嫌そうに点検を終えたライフルを片づけ始めた。
「らしくないっていうか、どうして……」
小さくそう言ったが、不機嫌そうなゆずを見て、ヒナタは深く追及しなかった。何も言わずヒナタも自分の装備を点検しておこうと一応持ってきている支給刀と腰に差している二本の短刀。一本は無銘だが龍さんからもらった刀でしっかりとした刀身で多少乱暴に振るっても折れも曲がりもしない。もう一本はカナタの持つ桜花の破片で作られた短刀、梅雪。桜花と同じく墨を落としたような薄黒い刀身はぞっとするような切れ味を秘めている。
その二本をそっと地面に置こうとした時、異変に気付いた。日本刀の鞘には腰に帯びるときに使う下げ緒という紐があるが、梅雪のそれがはらりと落ちたのだ。
「あれ…………切れてる」
ヒナタは刀を腰に帯びるときに下げ緒は使わない。一度ほどいたら元のように結べる自信がないからだ。地面に落ちた下げ緒をそっと拾いながら、ヒナタはなんとも嫌な予感がしたが頭を振ってそれを追い出すと荷物の中に突っ込んだ。
それから十数分すぎてもカナタは動かない。隣ではゆずが焦れたようにしているし、しばらくして近くに来たアスカと由良も落ち着かない様子だ。
カナタの方はというと……
点検の終わった桜花をじっと見つめている。
いったいどうしてしまったというのか、これまでになかったカナタの様子にヒナタもどうしていいか分からなくなってきた。
ぐしゃり
何かをつぶすような音がした。
隣で都市から支給されたペットボトルに入った水を飲みほしたゆずがそれを握りつぶしている。ペットボトルなどの容器はいまだ生産するには至っていない。支給されたペットボトルは回収され、洗浄して繰り返し使われる。
なので返却しなければいけないのだが……ゆずの顔を見てヒナタは何か言うのをやめた。
すっくと立ちあがったゆずはまっすぐにカナタの方に歩き出す。ヒナタも不安になってその後を追った。
「カナタ君」
まっすぐカナタの座っている所まで行くと、ゆずは何かを抑えたような声を発した。
「ん?ああ、ゆずか。どうした?」
声をかけられて初めて気づいた様子のカナタはぼんやりとした様子で顔を上げるとそう言った。
「カナタ君、どうして動かない。ここで野営するつもり?」
そう言われて、ハッとしたようにカナタは周りを見た。
「悪い、考え事していた。随分時間経ってしまったか?」
「時間は構わない。ただ、何も指示しないのはどうして?」
責めるようにゆずが言うと、そこで初めて怒らせてしまっていると気付いたのかカナタは少し申し訳なさそうな顔になりながら言った。
「ああ、ごめんな……ちょっと考えがまとまらなくってさ……悪いんだけどもう少し時間をくれるか?」
そう答えたカナタにゆずが噛みつくように言う。
「違う!なんで一人で考えてる。なんで誰にも相談しない」
そう言われたカナタは少しバツが悪そうな顔をしたが、表情を硬い物に変えた。
「お前たちは結構無茶をするだろ。相談したら危険な所でも任せろって行くだろ?それにさ……」
「それに?」
カナタの言葉に自然とゆずの声は低くなっていった。
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