4-5
「は?パンケーキ?いきなりどうした……ああ、あれか」
ようやく日々の食事程度は事欠かなくなったような状況で、さすがに贅沢品である甘味などはすっかりお目にかからなくなって久しい。いきなり、それもパンケーキなどとやけに具体的なことを言い出した少女達のストレスが心配になったカナタが近づくと、意味が分かった。
眼下に見える海や海岸を見ながら歩いていたのだろう。カナタも目で追っていくと目に飛び込んできた看板に書いてあったのだ。お店の名前にパンケーキと入るくらいなのだから、自慢のうまいパンケーキだったのだろう。別にあまりに甘味に飢えて衝動的に叫んでしまったのではなくて安心した。アスカや由良などもだいぶ馴染んだのか、甘味についてキャイキャイと話している。
「ふふ。若いわねぇ」
カナタの隣に来たハルカが、そんな少女たちを見て微笑ましそうに言う。
「若いって……ハルカだってそう変わらないじゃないか。なんなら少し戻って歓声を上げてみるか?一緒に付き合ってやるよ。案外すっきりするかもな」
冗談めかしてカナタがそう言うと、ハルカはカナタの肩を軽く叩きながら「バカ」と言って、笑いながら歩いていく。
気づけばさっきまでの暗い気持ちが和らいでいた。
標識によると、休憩する予定のパーキングエリアはそこからすぐ先にあった。先を行くスバル達に追いつくために早歩きになったカナタはスバルとダイゴがいつの間にか立ち止まっていた事に気付く。
「どうした、スバル」
カナタが聞くと、スバルはくいっとあごでパーキングエリアの方を指した。そこには……
「意図的に並べられてるよね。チラチラと見張りらしき人も見えるし」
スバルが指す方向を見ていると、ダイゴがそう言ってくる。その視線の先では、やけに規則正しくしかしパーキングエリア内に入るのを阻害するように放置車両が並べられている。その窓越しにこちらを窺っているらしき人影がいくつか見えているのだ。
「なに、どうかしたの?」
自然とやや姿勢を低くしながら近づいてきたハルカがそう言うので、カナタが見た物を説明する。
「……確かにこっちを見ているみたいね。どうする?あのパーキングエリアに寄らずにまっすぐ進めば、こちらには何もしてこないかもよ?入ってくるな!って言わんばかりな配置だから」
ハルカが言うように、車両をバリケード状に並べているが、それはエリア内に入らせない事を主眼に置いていて、高速道路を通過する分には何もない。
「ただなぁ……」
ハルカの言葉を聞いたカナタはそう呟いて空を見上げた。もう東側の空は薄暗くなり始めていて、気の早い星はもう瞬き始めている。
昼間は見通しがいいが、さすがに夜間進むのは避けたい。夜目の効かないこちらとは違い、感染者は音に敏感だ。ライトを点けて進むなど論外だし……
それにさすがになんの障害物も遮蔽物もない道路上での休息ももってのほかだ。電気というものの普及がなくなってから、カナタ達は本当の闇というものを知った。月や星の明かりがとても頼りに感じるくらい何も見えないのだ。その闇に乗じて接近されるとかなり近くまで来ないと分からない。
焚火でもできれば光源にもなるが、もし誰かがこちらを狙っているようなことがあれば絶好の的になってしまう。
少し前に別件での行動中に闇夜でも移動しなければならない時があったのだが、カナタは二度としたくないと思っている。たぶん他のみんなも同じだろう。真っ暗な闇の中、足元さえ視界が効かず障害物があっても分からない。なにより、闇の中から今にも急に感染者が両手を伸ばして現れる事を想像してしまい、想像以上に神経が参ってしまった。
「……接触してみましょう。必要以上に近寄らず関与もしないから、隅っこの方を貸してほしいって言えば……」
少し迷いながらハルカがそう提案する。ハルカも夜間の行動の危険さを知っているのだろう。しかし……
「…………一旦近くに夜を明かせそうな建物がないか手分けして探してみよう。相手が何者か分からないうちは無用の接触はさけたい」
そう言いハルカの発言を退けた。あまりいい案ではない。むやみに動くのはそれだけ危険が増える事になるし、地理にも明るくないので、この付近に何があるのかも知らない。カナタが持っている道路地図ではドライブと関係の薄い情報は載っていないのだ。
ハルカを含め全員が何かを言いたそうな顔をしていたが、カナタの考えている事を分かったのか、それぞれに動き出した。
余計な荷物はまとめて置き、ダイゴとスバルが見張りを兼ねて待機することになり、そのほかのメンバーはあたりの探索を始めた。
丁度パーキングエリアの所だったので、連絡通路があり高速道路から降りる事もできたが、大声を出せば届く距離を限度とする事を条件に付近を見て廻る。
「あの、カナタさん。PAにいたグループの人は私たちを見ても襲ってきそうな気配を見せてませんでしたし、騒いでいる様子もありませんでしたが、どうして声をかける事を避けたんですか?」
道を進んでいると同じ方向に歩いていた由良がカナタにそう聞いてきた。なぜあても心当たりもないのに探そうとするのか、PAにいる人たちに話しかけてみて反応を見てからでもいいのでは……と思っているようだ。
「ああ、普通はそう思うよね。こうして無駄な手間や危険を冒すよりまずは話しかけてみればいいじゃないか、ってね。」
苦笑しながらカナタは答えると、遠慮がちではあったがはっきりと由良は頷いた。
「理由はいくつかあるんだけど……一番はウチの部隊がそれなりに物資を持っている事と女性が多いってことかな。もちろんPAにいたグループが周りから略奪をしていて殺人をも厭わない集団であるとは限らない。でも善良な集団でも目の前にうまそうな餌をちらつかせたらどうなるかわからない。だろ?」
そう言われてカナタがすぐに声をかけなかった意味を由良は理解した。仮に善意で迎え入れてくれたとしても、いざ目の前に豊富な物資をチラつかせられて正しい気持ちを持ち続ける人がどれだけいるか……もしも、あのグループが困窮しているのであれば通常は善良な人であっても耐えかねて襲うという決断をしてしまうかもしれない。
まして十一番隊には比較的美形といえる女性が多い。
「それにさ……世界の価値観が変わったのかしらないけど、女の子を見る目に遠慮がなくなった人が多いだろ?そんな欲にまみれた視線にウチの女性陣を晒すのはどうにも気が重いしな」
そう言ってカナタは少し笑って近くに見えた小屋のような建物を確認しに草むらをかき分けて行ってしまった。由良は立ち止まり、そんなカナタを見つめていた。
今どきこんな人もいるんだな……と関心と少々の呆れがまじった感情で見つめていると……
「カナタ君を狙っても無駄……」
「ぴゃっ!」
いきなり背後から深い地の底から響いてくるような声が聞こえてきて、由良は思わず飛び上がりかわいい声を上げてしまう。
慌てて振り返ると、そこにはいつの間にか背後に忍び寄っていたゆずの姿が……
「ゆずさん……脅かさないでください。そんな……カナタさんを狙うとか。私は……まだ男の人とそんな感じには……」
じろりと見据えるゆずの視線にたじろぎながらも、やや俯き加減になった由良はそう言った。
「ふーん。ライバルが増えないのはいい事だけど興味ないと言われるとそれはそれで引っかかるものがある。」
もはやただ因縁をつけて絡んでいるようにしか思えないゆずの行動だったが、冗談の裏には由良を案ずる気持ちがあった。
過去に男性不信になるような出来事にあってしまい、入隊当初は話しかけられても距離を置いて返事をするので精いっぱい、自分から近づいて話しかけるなど以ての外という状態だった。部隊に入り、共同生活や部隊行動を重ねていくらか慣れてはきているのだが……
そんな由良が自分からカナタに話しかけているのを見てゆずはおもわずちょっかいを出してしまったということらしい。
「いつか由良が男の人とお付き合いするようになったら……先輩として盛大にお祝いするから言って。相手がカナタ君以外ならなお良し」
ゆずはそんな事を言いながら由良の肩をポンと叩いて先へ歩いて行った。叩かれた方の所を手で触りながら、どうやらゆずは自分の事を心配してくれているらしい。そう気づいた由良はその場で立ち止まり、しばらくの間カナタとゆずが消えた方向を交互に見ていた。
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