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次々と停めてある車を覗き込みながらヒナタは口をとがらせている。こうして車の中を見ているのは興味本位でも何かいい物がないか探しているわけでもない。
万が一車の中に感染者がいて、気づかずに通るといきなり襲われたりすので、確認しないといけないのだ。ただ、ほとんどの車が略奪に会ってドアが開いているので感染者が車に取り残されているとういう事はなさそうだが。
それからも特に大きな異常はなく進むことができた。
時折感染者の小規模な集まりと遭遇したが、そのほとんどがゆずの指示により遠距離からアスカと由良の射撃の練習台となった。一回だけ接近を許したが、素早く銃から弓に持ち替えた由良がすぐさま射倒した。
色々言いながらもゆずは後輩の面倒をよく見ているようで、アスカ達ばかりに攻撃させるのも安全な距離があり、遮蔽物も少ない高速道路という練習に最適な環境でアスカ達に感染者を倒す経験を積ませているように見えた。特に由良は銃よりも元々部活で扱っていた弓に自信をつけたようで、物資の補給ができる事があれば弓と矢もぜひお願いしますとカナタに頭を下げてくるくらい、適応していた。少なくとも距離があれば感染者を前に体が動かなくなったり、咄嗟の判断が出来なくなるという事はなくなっていた。
少しばかり不安があったのは確かだが、ゆずにアスカ達を委ねたのは間違いではなかったようだ。アスカと由良の新人たちの成長とゆずの先輩としての成長を感じながら一行は高速道路を東進する。
どれぐらいそうして歩いただろうか……途中にあったパーキングエリアで夜を明かし、二日目の夕方に差し掛かろうとした頃風景に変化がでてきた。
「ほらお兄ちゃん!海が見えてきたよ」
ずっと変化のない風景の中を歩いてきて、本当に進んでいるのか?という考えさえ浮かんでいたが、どうやらちゃんと進んでいたようだ。地図を見ると海が見えだしたなら淡路島の東端に近いという事だ。
「よし、もう少しだ。みんな頑張ろう!とりあえずもうすぐ日も暮れるし、この先にあるはずのパーキングエリアまで行こう!そこで休憩だ」
カナタが振り返ってみんなに声をかける。単調な作業と景色がずっと続いていたので、単調な景色と疲れでだんだん会話もなくなっていたが、終わりが近いと知ると現金なものでいくらか元気も戻ってくる。
そこで何気なく放たれた一言が重くのしかかる事になる。
「なんかさ、淡路島ってとんでもない感染者とか、それこそマザーとかさぁ。そんなあぶねー奴いなくて楽勝だったよな!」
一番元気を取り戻したのはスバルだったようで、後ろを振り返ったまま後ろ歩きしながら話し出した。
「またそんなこと言っちゃって……命がかかってるんだから、危険な奴はいないに越したことはないでしょ」
やや調子に乗って言い出したスバルにダイゴが苦言を呈す。
「それはそうだけどさ、ほらここしばらく隊長職やってて体鈍ってるところもあってさぁ。少しは体動かしたいじゃん」
「まったく……ダイゴ君の言う通りだよ。それはそれほど危険に会わずにここまで来れたから言えることだよ!ほらフラグって奴?そんなこと言ってると、スバル君のとこだけとんでもない奴がきちゃうかもね?」
調子よく喋るスバルにハルカもやや呆れた顔をしながら冗談めかして言っている。しかし、スバルの口は止まらなかった。
「いやいや、あれから俺だってそれなりに修行を積んだんだぜ?俺はダイゴみたいにデカイ盾じゃないけどさ。バックラーって攻撃を逸らすための盾と短めの剣を習ったんだ。刀は扱いにコツがいるし、両刃の剣のほうが俺に向いてるっつーか。」
スバルの言うようにスバルの装備は今までと異なっていた。本人が言っているように刀の扱いには結局慣れなかったようで、バールなどの鈍器を使う事が多かった。今は小型の盾を腕に取り付け、70~80cmくらいの洋式の剣を腰に差している。装備部でも個人の特性を考えていろんな装備を支給できるようになってきたようだ。
「きっと今や、かつての一番隊や二番隊よりもいい働きができる気がするね」
前に向き直りながら最後にスバルが言った言葉。それを聞いた何人かが固まったように動きを止めた。
一番隊、そして二番隊。当時の守備隊の中でも現役の自衛隊員や警察官。格闘技の経験者など戦える人材が所属していた番隊だ。
忘れてた……。かつてその一番、二番両隊が揃って淡路島に出て行った。スバルが言うように物資や生存者の確保のために淡路島までを№4の管轄にしてしまおうという作戦が立ち上がった。それを言い出したのは当時権力を持ち始めた長野だったのだが……
ある意味自分の立場を盤石にするために使われた№4最強と言っていい一番隊と二番隊。作戦がうまくいき、淡路島を支配エリアに組み込んでいたら、言い出しっぺの長野は多くの物資と強い発言権を得ることができただろう。
しかし……誰一人として戻ってくることはなかった。戦える技術を持っていた彼らは№4の都市を作る段階でも優先的に出撃していた。感染者との戦いも略奪者などの扱いも慣れていたはずの彼らが帰ってくることすらできなかった事は、№4に暗い影を落とす結果になった。
淡路島には彼らですら生き残れないほどの化け物がいる。当時はそう言われていたのだ。
「一番隊と二番隊……とても強そうな人たちばかりだった。そんな人達が逃げ戻る事も出来なかった……」
ハルカがそう言ったきり、あごに手を添えて無言で何か考え込み始める。カナタも当時は強い衝撃を受けたのを覚えている。
(違うルートを通った?たまたま遭遇しなかった?運がいいだけなのか……)
一応メンバーの命を預かる立場であるカナタも深く考え込む。これまですっかり失念していたため、深く考えずに進んでいたが、下手をしたら彼らの二の舞になっていたかもしれないと考えると背筋に寒気が走る。
「ねえ、カナタ。結局あの一件の事……何もわかんなかったのよね?」
ハルカが厳しい表情になり、カナタのそばに寄って小声で聞いてくる。部隊の半分は当時の事を知らないので、無駄に怖がらせることはないと思ったのだ。
「ああ。俺もショックだったからよく覚えてる。松柴さんにも何回か聞いたことあるんだけど……」
そこまで言うとカナタは沈痛な顔で首を振った。当時は一番・二番隊の隊員はおろか、物資を運ぶ要員としてついて行ったポーター達に至るまで誰一人戻ってこなかったので、何が起きたのか見当もつけられなかった。しかも責任の追及を逃れるために長野やその一派がうやむやにしてしまった。
「急に嫌な予感がしてきたわ……」
どこか遠いところを見ながらハルカが呟く。
「あ、俺もなんかお腹の調子が悪くなってきたから帰っていい?」
カナタは頭を押さえながらそんな事を言い出した。そんなときに場違いなくらい明るい声が聞こえてきた。さっきからカナタ達から少し離れて道の端を歩き、海の方を眺めながら歩いていたヒナタとゆずの声だ。
「あ!あれ見てヒナタ」
ゆずがやや興奮した様子でどこかを指さす。その先を見たヒナタも歓声をあげている。いったい何を見てるのか、気になったカナタが二人に近づいて行くと……
「「パンケーキ!食べたい!」なぁ」
2人の声が重なり、少し後ろを歩いていたアスカと由良も同意の声を上げていた。
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