4-1 狂信者と救世主
「やれやれ……やはり簡単には見つかりませんか。救世主は……」
その声は不思議とよく通って聞こえた。それはカナタの腕の中で肩を震わせていたゆずにも聞こえたようだ。ピクリと反応したかと思うと幽鬼のような雰囲気をもって黒服の男の方に向いた。そして取り落としていたライフルを拾う。
「……っ!」
「待て、ゆず!」
ゆずが黒服の男に向けてライフルを向けようとするのを、カナタが押し留めた。
「何で止める!あんな狂った男、いない方がいい!きっとここで撃ってしまったほうが……」
黒服の男を撃とうとするのを止めたカナタに、流れる涙もそのままにゆずは叫んだ。
「ゆずがやらなくても……それにあいつ一人とは限らないしな。狂ってるとしか思えないが一人でやってる事じゃないだろう。きっと他にも同じ思想の仲間がいるはずだ」
鉄格子のついた棺のような感染者を納める箱や、その感染者を捕らえている事といい、一人二人でできることじゃないだろう。それにこういう奴はある程度仲間が増えてから行動に出るっていうイメージがある。
カナタが言った言葉を理解したのか、ゆずは銃を下したものの、それだけで人が殺せるかもしれないくらいの視線を黒服の男にぶつけている。
そしてそんなカナタとゆずのやり取りを、撃たれようとして当人はまるで他人事のように見ていた。薄気味の悪い微笑みを浮かべたまま……
そしてカナタに止められたゆずが、大きく息を吐くとやや大げさに肩をすくめて男から視線をはずす。
「もう終わりですか?お嬢さん、撃ってもらっても構いませんよ?私は阿賀部天涯という。神の意志の代行者であります。現世での役割を終えれば神のもとに召されるだけです。そして代行者たる私を撃ち殺したお嬢さんには神の意志に反したとして神罰が下るでしょう。」
まるで聖書の一節を朗読するかのような調子で阿賀部は語る。その内容には己の命の行方も含まれているというのに、その言葉や表情からは何の感情も伺えない。
「どちらにしても私たち人類は神の意志によって滅ぶのです。あなたも見たでしょう?傲慢にも世界の支配者のごとく振る舞い、己の都合にのみ目を向け、それ以外を一切顧みなかった愚かな人類が行きついた世界を……環境は破壊され、人心は乱れ異常な災害が各地で起こっていた。この世界をそうしてしまったのは我々人類です。それでも口先ばかり耳に良い事をほざき、本質的な部分は見ない振りをしていた。そんな傲慢にして愚かな人類を、滅ぼそうと神が遣わしたのがさっきのお姿です。神に断罪され、血肉をささげた者は同じお姿になり罪を償っていない者を断罪しに行く。なんと素晴らしい奇跡を我々は目にしているのです。……見ればあなた達もみっともなく生きあがいているようですが、もう裁きは下されたのです。無駄にあがかないで断罪を受け入れた方が良いですよ」
神の教えを説く神父のような顔をして阿賀部が語る。その表情は一言一句に至るまで間違った事は言っていないと本気で思っている顔だ。
「もういい、あんたと分かり合える事はなさそうだ。できれば二度と会いたくないもんだな」
何を言っても無駄。そう思ったのか、一切の感情を排した顔になったカナタは冷たく突き放すような口調で言った。
そんなカナタを見て阿賀部は目を細めて言う。
「ええ。真の悟りというものは、なかなか理解されないものです。これは歴史が証明していますね。ブッタしかり、イエス・キリストしかり……です。あなたもいつかは理解できますよ」
阿賀部はまるで優しく教えを説く宗教者のような顔をしてカナタに向かって微笑んだ。
「……チッ!」
もはや何も言わず舌打ちだけ返す。
「……行きましょうか。此度は良い知己を得ました。あなたがたとは、きっとまた会える。そんな予感がしておりますよ」
阿賀部はカナタとしばし向き合った後、何も言わず控える筋肉男達に声をかけるとそれだけ言って振り返り、歩き出した。その場にいる誰もが声を出さず、阿賀部たちが去るのを黙って見ている。
「ああ、そうだ」
そのまま立ち去ろうとしていた阿賀部がふいに立ち止まり、何かを思い出したように顔だけ振り返り言った。
「あなた方とはなんだか不思議な縁を感じます。もし、どこかで我らが救世主を見つけたら教えてください。……神に血肉をささげても変化しない人です。珍しいからすぐにわかりますよ」
それだけ言って今度こそ去っていく。不思議な縁とは何か、救世主を見つけたとしてどう伝えればいいのか、そう言った事は一切触れずに……
無論、あえて関わろうとは思わないので聞くこともしない。だが、わざわざ言わなくてもすぐにわかりますよ。と、阿賀部の背中がそう語っているような気がして、カナタは無性に唾を吐きたい気持ちになっていた。
阿賀部の姿が小さくなり、やがて見えなくなってもカナタ達は誰も言葉を発しようとも、その場を動こうともしなかった。それだけ阿賀部の存在はカナタ達の心に少なくないダメージを与えたといえる。
どれくらいそうしていただろうか……。ふと気づけば、複数の足音と話し声が聞こえてきた。
「……ああ、スバルたちか。」
音の相手がすぐにわかり、ようやくカナタは溜まっていた息を吐いた。山下たちを捕まえた際に、彼らはこの先に道の駅があって自分たちはそこに住んでいる事。環境が良く自給できている事などを話した。
そこでスバルやダイゴらが夏芽を連れて様子を見に向かっていた。その後に阿賀部に遭遇したのだが……
山下の言う事の真偽と無用の争いを避けるために道の駅の方に行っていたスバル達が戻って来ている。争っているような感じはなかったので、少なくとも穏便に話し合いを終えて戻って来たようだ。
「戻ったぜ。……ん?何かあったのか?」
戻って来たスバルは開口一番にそう聞いてきた。カナタ達はよほどひどい顔をしていたのだろう。
「いや……ちょっと宗教の事でちょっとな」
情報は共有しなければいけないが、さっきの今では話したくない。そう思いカナタはそう言って口を濁した。
そんなカナタの気持ちを知ってか知らずか、スバルは「ああ、宗教絡むと面倒くさいよな」などと軽い調子で話している。ただ、ダイゴは何かを感じとったようで、心配そうにカナタやゆずを見ていたが、「あとで話す」と口ぶりで伝えると、心配そうな表情をしながらもダイゴは黙って頷いてくれた。
「やっぱいい加減な事を言ってやがったぜ」
戻って来たスバルが、開口一番にそう言った。
「確かに道の駅には避難民が住んでたよ。山下たちが見張り番をしているという事も把握してた。でも俺たちに手を出した事を聞いたら途端に真っ青になってさぁ」
道の駅にいた避難民たちは善良な人ばかりだった。見張りは感染者や略奪しに来る奴らから身を守るためのもので通りががった人に襲い掛かるなんてとんでもない話だと代表の者は言ったそうだ。
「道の駅の人たちも持て余してたみたいだよ。勝手に物資を消費したり決まりをやぶったりしていたみたいで……」
ダイゴがスバルの後をついで言う。
「見る限り武器になるようなものもあまりなかったし、食料なんかも余裕があるって感じじゃなかったしな。山下を捕まえてあるんだけど……って言ったら、もう自分たちは知らない!代わりに差し出せるような物もないからそっちで好きにしてくださいって言われた。引き取りを拒否されちまったよ、どうする?」
どうやら山下達は道の駅の避難民たちの中でも鼻つまみ者だったようだ。スバルは何も出さなくていいからと言ったのだが頑として引き取ると言わなかったらしい。
困った顔でどうするか聞いてくるスバルにカナタも苦笑いしながら話した。スバル達が道の駅に行った後にやって来た阿賀部の事、歪んだ思想の宗教者で信仰の対象である感染者に山下は殺されてしまったと。
話を聞いたスバル達は「まじかよ……」とつぶやきながらドン引きしている。
おなじく青い顔をしているのは山下と共に襲い掛かって来た者達だ。拘束されて道端に座らされているが、話が聞こえていたようで、自分たちに帰るところがないという事を理解して絶望している。状況によって簡単に立ち位置を変える奴らなので、もはや何を言おうとも信用できるものではないし、同情の気持ちもわかない。
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