3-6
「ちょ、違うんだ!」
バキッ!
「待って、ひぃ!」
ドゴ!
「た、助け……」
グワッシャーン!
本性が知れてしまえば、遠慮などしない。特に由良を怖がらせ、花音を一時とはいえ人質にとった事に腹を立てた女性陣は手加減という言葉を忘れてしまったかのようだった。
全員拘束するか意識を刈り取った後で、残ったのは山下だった。山下は花音に関節を極められながらも無理に逃げようとしたためか、左腕も動かなくなっていた。それでも無理やり花音を振りほどいて逃げようとしたので、山下も花音により、両足とも健を斬られている。
両手両足の自由が利かなくなりながら、それでもなお山下はこの場を逃げようとしていた。
もはやなめくじのようにみっともなく這うことしかできず、それでも生き延びたい一心で這って逃げている。
そこへ、つかつかと歩いてきたゆずがどっかと背中を踏みつける。
「こいつは生かしておいたらどこかで同じことをやる。生き汚いだけの男」
吐き捨てるようにゆずが言う。この男みたいな奴が、ゆずにとって一番嫌いなタイプの人間なのだ。
放っておいたら躊躇なくゆずは撃ち殺すだろう。しかし、こんな男を殺してゆずが血を被ることもない。カナタがそう考え、止めに入る。
「ゆず、待て。俺が……」
「お待ちなさい」
ゆずを止めようと声を変えたカナタの声にかぶさるように別の声が飛び込んでくる。
その場にいた全員が声の方を警戒して武器を向ける。
そこにはいつからいたのか、山下が逃げようとしていた窓の外に、宗教者が身に着けるような黒い服に身を包んだ男が立っていた。
全員から武器を向けられているというのに、まったく気にもしていない様子で微笑みさえ浮かべている。ただ異様なのが黒服の男の後ろには、台車に乗せられた真っ黒な棺にも見える箱があるということだ。箱のそばにはここまで運んできたのか、上半身裸で筋肉隆々としている男が二名立っている。
「何者だ」
明らかに異様な雰囲気を感じ、カナタが強い口調で誰何する。
黒服の男はカナタをちらりと見ると、地を這う山下に視線を落とす。
「この男は罪を犯しました。しかし、だからと言って皆さんが寄ってたかってこの男をなぶり殺しにすることが正当な行為といえるでしょうか?」
カナタの問いには答えず、宗教者がそうするように両手を広げて黒服の男は言った。
「このような男にも罪を償いあがなう権利があります。違いますか?」
黒服の男はそう言うとゆっくりと全員の顔を見回す。その顔は己の言う事に絶対の自信がある、そう言う顔だ。
「……じゃあどうするのが正しいと言うんだ?まさかこのまま見逃して罪を償う機会を与えろ。なんていうつもりじゃないだろうな?」
敵意すら込めてカナタは黒服の男に向かってそう言い放った。カナタはこの男が山下の一味であり、言葉と情に訴えてなんとか逃がそうとしているのではないかと思っている。
しかし黒服の男は微笑みをたたえたまま、ゆっくりと首を振った。
「いいえ、そうではありません。この男の罪は明らかです。本来であれば裁判などを経て、しかるべき罪状をもってそれに見合った判決が下されるべきです。しかし、この世界は終わってしまった!もはや警察も裁判所も機能していません。ならばどうするか…………原点に帰るのです」
「……原点とは?」
黒服の男の態度にはっきりと不快感を露にしながらカナタが問い返す。黒服の男はそんなカナタの視線を真っ向から受けてなお微笑みを崩さず言った。
「神にゆだねるのです」
その言葉に力が抜けるのがわかった。世界がこうなってから、カナタは幾人もの人間を見てきた。中には人智を越えた状況に絶望し、宗教に逃げる者も一定数いた。この男もその類か……ならば放置していて問題ない。震えながら助けてはくれない神に祈っていればいいのだ。
ただ、山下は放置できない。そう言おうとした時、背筋に悪寒が走った。
「な……お前一体……」
カナタの周りでも、その場に居合わせたハルカやヒナタ、ゆずも黒服の男に対して警戒心を露にしている。男はあいかわらず微笑みをたたえているだけだというのに……
「そこでご覧になっていて下さい。我らが神がこの男の罪を裁いてくださるでしょう」
そう言うと、黒服の男は黙って棺のそばに立っている上半身裸の男に合図をした。
「は……」
小さく答えた男たちは、台車から棺を下すと、地面に立てるように置いた。中からは金属ががちゃがちゃと触れ合うような音が聞こえてくる。
「何か……いや、誰か入っている?」
まるでおぞましい物を見るような目でゆずが呟いた。その目を見た時、初めて黒服の男の表情に変化があった。
「無知で蒙昧な者風情が……その卑しい目つきをやめよ!我が神の御座所である。そこに控えていなさい」
激しい口調でゆずをなじった男は、元の口調に戻りながら棺とゆずの間に立った。どうやらゆずに対して警戒しだしたようだ。
ゆずも激しい言葉を浴びせられ、言い返そうとしていたが隣にいたヒナタがうまく抑えてくれた。
そうしている間にも、二人の男の手によって粛々と準備が行われている。こちらの事など一切耳にも入らないかのような態度だ。
そして、地面に立った棺の蓋がゆっくりと開きだす。
「……鉄格子?」
蓋の内側には頑丈そうな鉄格子がある。奥は光が届かず、見えないが何かが蠢いている気配は感じる。
「さあ、我が神よ。この哀れな罪人に裁きを……」
恭しい仕草で、黒服の男は胸のロザリオらしきものを鉄格子の錠前に差し込んだ。かちゃりと鍵が開く音がして鉄格子がわずかに開いた。
そうしている間に、筋肉男のうち一人が山下の襟をつかんで持ち上げ、棺の前に放った。その瞬間……
「ガアアァァァッ!ガアアア!」
雄たけびと共に激しく鉄格子に体当たりするように棺から姿を現したのは……感染者の姿だった。
「感染者!」
武器を構えるカナタ達に、黒服の男は再び激しい口調で制止した。
「控えなさい!感染者などと……愚劣な人間のなれの果てと一緒にしないでいただきたい!あれこそ我が神の具現化した姿、武器を収めよ!!」
カナタ達を制止した後、恍惚とした表情で語っていたがいつまでも武器を構えている姿に烈火のごとく怒りを見せる。
よく見ると、感染者には鎖が巻きつけてあり、棺の中を通ってもう一人の筋肉男が持つ鎖につながっているようだ。筋肉男の腕が1.5倍ほどに膨らんで見える。ああして引っ張っているかぎり、感染者は完全に外には出れないようになっている。
それを見て、少し落ち着いたが、異常な状況であることは変わらない。
「お前、正気か!それが神だと?今人類を衰退させている原因だろうが!」
怒鳴るようにカナタが言うが、黒服の男は涼しい顔をしている。
「ええ、そういう一面もありますね。この姿は神が遣わした姿。愚かな人間たちに裁きを下さんと地上に放たれた断罪の使途なのです!」
そして両手を広げ、まるでその感染者を称えるかのような仕草をしている。
「狂ってる……」
ゆずが吐き捨てるように言うと、黒服の男は聞き捨てならないと言った様子でゆずに食って掛かる。どうやらこの二人は最悪な相性をしているらしい。
「黙れ愚劣なガキが。貴様にはわからんだろうが、われわれ人類はこれまでの罪を裁かれる時期に来ているのだ。」
黒服の男がそう言うと、今度はゆずも言い返した。
「何が裁きだ。まずお前が裁きとやらを受けてそいつに喰われるといい!そのあとその感染者は私が撃ち殺してやる!」
お互いに睨み殺さんばかりの視線をぶつけ合う。
「ゆず、もうよせ。この手の人間は何言っても無駄だ。宗教ってのはそんなもんだ」
カナタがゆずを抱きかかえるようにして止める。それを見て、鼻を鳴らすと男は棺の前に向き直る。
「いつまでも愚劣なガキの相手をしているわけにはいきませんね。さあ、祈りなさい。神が直々にあなたを裁いてくださります。もし、あなたの罪が取るに足らぬものだとすれば、あなたの傷は神がたちまちに癒していただけるでしょう。もし罪が確かな物であれば……あなたは神の血肉となるのです。いずれにしても幸せなことなのですよ」
そう言って黒服の男は動けない山下をぐいぐいと「神」のほうに押しやっていく。
最近更新時間は何時が最適なのか検討しています。これまではお昼の12時更新でしたが、どっちがいいとかあるんでしょうか?(^^;




