2-9
「するってえと何かい?予備隊はやーさん崩れに乗っ取られていたのかい?」
庁舎の代表の部屋、大量の書類が乗った大きな執務机を挟んで、カナタ達は№4の代表である松柴と話していた。
「はい。実際に教官のふりをしていた奴らと、そこに潜伏していた夏芽の話によると予備隊を任されていた榊さんの部下である島田が地元の暴力団と付き合いがあったらしく、生き残っていたそこのニンベン師という奴が偽造した書類で榊さんを遠ざけて実権を握って予算を横領、好き勝手に振舞っていたようです。予備隊の生徒も被害を受けているようです。早急な対策が必要かと……」
カナタが松柴に向かってそう報告すると、松柴は大きなため息をついた。
「そうかい……こいつは代表のアタシのミスだね。人手が足りないとはいえ、完全に目が届いていなかった……榊もまさか書類を偽造されるとは思わなかったんだろうさ。わかった、予備隊にいる奴らは粛清するし榊の捜索もしないといけないねえ」
疲れた表情でそう言う松柴を見るのは辛い。もともと元気でパワフルな性格をしていて人や物資をまとめ、都市として成立させるまでの狂気じみた忙しさでも弱音は聞いたことがなかったが、都市が安定してからの、野心や権力欲などをむき出しにした奴らの相手をするほうが堪えると言っていた事がある。そこに人手不足が拍車をかけている。感染者の横行にある程度対応できるようになるまでに、かなりの数の貴重な人材を失っている。
松柴が疲れた表情を隠しこともできないでいると、カナタの横に黙って立っていたゆずがいきなり背負っていたカバンから何かを取り出した。そして松柴に近づいていくと、それを差し出した。
「ん。ばーちゃん、差し入れ」
いつもの事ではあるが、都市の代表をばーちゃん呼ばわりするゆずにヒヤヒヤしながら見ていると、ゆずが差し出したのは紙に包まれたパンだった。
「ここに来る前にパン屋さんの所に寄って貰って来た。クリームパン。疲れた時や頭を使った時には甘い物をとるといいって聞いた」
途中でゆずが用事があるって一人でどこかにいっていたが、パン工場に行っていたのか。以前ゆずとヒナタが協力して感染者から解放した事がある。稼働に成功してある程度のパンを生産できるようになった時には№4の食糧事情に大きな影響を与えたものだ。ちなみにゆずの言う「パン屋さん」とはそのままの意味ではなく、ゆずの友人のあだ名だ。
「ゆずちゃん……そうかい、わざわざ持ってきてくれたのかい?確かにまだ暖かいねえ。……ありがとう、喜んで頂くよ」
ゆずからパンを受け取った松柴は一瞬泣きそうな顔をしたが、微笑んで礼を言うとパンにかじりついた。松柴もゆずを孫のようにかわいがっているから余計にうれしかったに違いない。
「うん……甘くてうまいね。よし、うまい物食ったからには気合入れて動かないといけないね!」
もちろんクリームパン一つ食べたからといって急に元気がでるわけでも疲れが取れるわけではないが、気持ちの入れ替えには大きく役に立ったようで、先ほどとは声の張りから違う。
「それで、夏芽と言う子の様子はどうなんだい?」
カナタ達ではなく、横の方を見て松柴が問うた。そこには大きめの手帳を抱えて、きりっとした女性が立っている。カナタ曰くデキる女性、橘史佳は松柴の問いに間断もなく答えた。
「意識ははっきりしていますが、全身にケガ、裂傷があり状態はあまり良くありません。元感染者という事もあり、慎重に検査をしています。念のため感染者研究所の喰代博士にも連絡を入れて来てもらうようにしています」
橘がよどみなく答えると、松柴は少しだけ考えて席を立った。
「意識がしっかりしているなら、悪いが話をさせてもらおうかね。カナタ達が持ってきたもう一つの報告の方は対応を間違うと大変なことになるからね!」
そう言うときびきびとした動きで松柴が動き出す。すかさず影のように橘が寄り添う。夏芽と話すために医務室へ向かうつもりなんだろう。
カナタもゆずやヒナタと顔を見合わせ、同行する事にした。
「邪魔するよ。……何やってんだいあんたら」
医務室のドアを開けて中に入ろうとした松柴は、ドアを開けた状態で固まった。その視線の先では二人の女性がベッドの上にもつれるようにしている。
ベッドに寝ている夏芽に覆いかぶさるようにしてあまりきれいとは言えない白衣を着た、髪の毛もぼさぼさにした女性が嫌がる夏芽の洋服をむりやり脱がそうとしているように見える。白衣の女性はもちろん喰代凛子博士だ。感染者の研究を行う研究センターの所長に就任して、日夜感染者の事を研究している。一応は研究所の主任研究員である。
夏芽は前開きの簡素な入院着のようなものを着ているため、前をはだけさせた状態で片手で胸を隠し、さらに脱がそうとしている喰代博士をもう片方の手で押しやろうとしている。どう見ても暴行現場である。
「ちょ!この人どうにかしてーな!ウチは女と乳繰り合う趣味はないんや」
ドアが開い事に気付いた夏芽が悲鳴のような声で訴えてきた。
「なっ!君ね、私は研究者だ。私だってちゃんと興味は男性にあるさ。冗談言ってないで!ちょっと私に体を見せてほしいって言ってるだけだよ。」
喰代博士はまるで心外だ、と言いたげな顔をしているが、口にしている言葉は犯罪者が発するセリフである。
松柴は頭を抱え、橘は振り向いてカナタ達に言った。
「すこしトラブルがあったようです。カナタさんは少しだけ待っていてください。すみませんがゆずさん、ヒナタさんはお手伝いをお願いします」
慌てず騒がず、橘さんはそう言うと、了承したゆずとヒナタを連れて医務室の中に入って行き、ぴしゃりとドアを閉められ、一人残されたカナタは大きくため息をつくと廊下に置いてある長椅子に腰かけて、事態が落ち着くのをゆっくり待つことにした。
そして医務室のドアが再び開くのはそれから十分以上もかかった。ドアから顔を出した橘がカナタに入室を促してきた。半ば本気でもう帰ろうかなと考え始めていたところだった。
カナタが医務室の中に入ると、当然夏芽は衣服をきちんと着てベッドに横になっている。ベッドの横には疲れた顔をしてゆずとヒナタが立っていて。松柴さんと橘さんは備え付けのシンクで何かを洗っている。なんかもう一人いるべき人がいた気がするがそこには触れないでおく。……視界の端にミノムシみたいに丸めて縛られた毛布が蠢いているのが見えたからだ。
「まったく……研究熱心なのは助かるんだが、時折暴走するのが玉にきずだねぇ……」
「あはは……」
呆れたようにつぶやく松柴に、フォローする言葉が思いつかずに苦笑いを返すしかなかった。
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