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【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られた都市~  作者: こばん
2-1.再会

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2-5

「もともと佐久間のオッサンは余計なことは一切喋らん奴やったからな、ウチも聞いたのは直前やった」


そう切り出した夏芽は№3から脱出する時の様子を語りだした。




「オッサン、どこ行くねん。結局逃げ出すんか?」


足早に歩きながら面白くなさそうに夏芽が言う言葉が、なんの飾り気もない無機質な廊下に微かに反響する。その声に目の前を歩いている佐久間はちらりと振り返り感情のこもらない声で言い返した。


「逃げ出すわけではない。私の実験を進めていけばこうなる事は分かりきっていた。もともとここからは出て行く予定だった。遅いか早いかの違いでしかない」


なんや、負け惜しみか?


夏芽はくだらないと鼻を鳴らす。自分の研究を思う存分したいという理由だけでかつて世話になったという№3の代表を裏切り、佐久間が実権を握った。しかし実験と研究にしか興味のない佐久間に都市の統治や防衛などできるはずもなく№4をはじめとする各都市の守備隊が制圧に動いた。

佐久間はそれすらも己の研究の実験に使ったがいよいよ追い詰められている。こうしている間にも№4から来た守備隊の者達が追ってきているはずだ。

ただ死にたくない。得体のしれない感染者の跋扈する、この理不尽な状況でそれだけを願い夏芽は佐久間の実験台になった。


半分感染するというおぞましい内容ではあったが確かに状況は変わった。こちらを見るとなりふり構わず襲い掛かってくる感染者は夏芽が半感染してから見向きもしなくなった。まるでそこにいない者のように素通りする。その上強靭な力と少々の傷などあっという間に治ってしまう治癒力まである。


正直なところ夏芽はこの佐久間という男が好きではない。ただ利害の一致で行動をともにしているにすぎない。身の安全さえ確保できれば別に共に行動しなくてもいいのだが……


そう思っていた途端、胸の内側から突き上げるような激しい衝撃が襲って来た。まるで胸の内に何かが巣食っていて、自分の胸を突き破って外に出てこようとしている。そんな衝撃だ。


「うぐっ!」


あまりの苦しさに思わず胸を押さえ、蹲ってしまった夏芽を佐久間は面白くなさそうな目で見る。


「……また発作か。まだまだ定着には程遠いようだな」


まったく慌てる事もなく佐久間は淡々と持っているアタッシュケースからガンタイプの注射器を取り出すと濁った液体の入った小瓶をセットする。


プシュ!


空気の抜けるような音がしたかと思うと、胸を突き破らんとしていた衝撃が嘘のように収まる。


「……ハァハァ。もう少しどうにかならんの?毎度これやとキツイんやけど」


息を整えながら恨みがましそうに言う夏芽に目を向ける事もなく、佐久間は薬剤と注射器を元のケースに戻す。


「もう少しデータが揃えばマシになる。まだお前は馴染んでいるほうだろう」


そう言うと佐久間はさっさと廊下を進みだした。その後を年老いた男が追従する。


「……急げ」


夏芽が苦しみだしてからも全く顔色も変えずに、足を止める事さえ煩わしいという顔をしていた男。夏芽と同じく佐久間によって半感染者となり、おそらくは夏芽よりも馴染んでいる。

その証拠に夏芽には定期的に襲ってくるさっきの発作のようなものもほとんど起きないし、感染する前には下半身が全く動かないと車いすが手放せなかったというのに、いまではそんな事はなかったかのように動き回っている。そのことがあったためか佐久間に心酔している男、烏間……。


半感染させてどう作用したのか佐久間にもわからないそうだが、烏間は体の造形を自由に変えることができる。目の前に見本があれば他人とうり二つに化ける事ができ、さらにその相手を食らう事によって記憶や経験と言ったものまで吸収してしまう妖怪のような爺ぃだ。


夏芽は小さく舌打ちすると黙って立ち上がり、佐久間たちの後を追った。この発作があるために夏芽は佐久間の元を離れる事ができないでいた。佐久間の持つ薬剤がなければこの発作を抑えることはできないのだ。


照明も少なくなり、薄暗くなってきた廊下に微かな足音が響いていく。少しづつ伸びていく影は明かりのさす出口が近いことを指していた。



ザザンという音が間断なく続いている。無機質な廊下が薄暗くなりいつの間にか岩肌の露出する洞窟に変わり、それから間もなくして佐久間たちは抜け道を出た。まぶしい明りが目を焼いて潮の香りが鼻につく。まぶしさに目が慣れると荒々しい岩肌に激しく打ち付ける波が見えた。


「海?」


目の前の光景に思わず口に出した夏芽の言葉を佐久間が肯定する。


「そうだ。これから私たちは瀬戸内海を越えて本土に渡る。そこに私が感染者の研究で得た情報を流して物資などを取引していた生存者のグループがある。自衛隊の基地を襲って武器も潤沢にあるのか安全なエリアを確保している。そこでは四国とは比べ物にならんくらい多様な感染者がいると聞いて、いづれはそこに拠点を移す予定になっていた。」


相変わらず目を合わせることもしないで佐久間は岩陰からロープを取り出すと烏間に引かせる。ロープの先には小型のモーターボートが括り付けてあった。


「そんなん隠してたんかい……燃料は?まさかウチ等に漕げとか……」


世界が壊れてそれなりの時間が経っていて、ガソリンや軽油などといった燃料が底ついてかなりの時間が経っている。生存者たちは食料と同じくらい燃料もかき集めた。車両や発電機などに使われた燃料はあっという間に底をつき、ガソリンスタンドはおろか、放置車両からも抜いて集められてそれももうとっくに使い果たしていた。


しかし佐久間はちゃんと備蓄していたようだ。船尾についている小型のエンジンのスターターを何度か引くと久ブルに聞くエンジンの音が波音に交じって岩肌に反響しだした。


「急げ、追ってはすぐに来るだろう。さっさと荷物をつめ」


佐久間はそう命じると自分はさっさとボートに乗り込んでしまう。ここまで烏間と二人抱えてきた荷物はすべて佐久間のものだ。おおかた研究に関するものばかりで、生活用品など入っていないであろう荷物を烏間と二人でボートに積み込む。


「なあ、オッサン。その薬さえくれたら別にウチは行かんでもいいんやけど……」


荷物をあらかた積み終えると夏芽はそう切り出した。佐久間と行動を共にする限り、ずっと追われることになるのだろう。本州のほうは四国のように閉鎖された環境にないため、かなり危険と聞いている。感染者に襲われないからといってもわざわざ危険なところにいくのは死にたくない夏芽にとっては本末転倒なのだ。なのでそう切り出してみた。


「ふん……何を馬鹿なことを。この薬は私の研究の結晶だ。それに貴様に選択する権利などない。貴様も私の実験材料の一部にすぎん、馬鹿なことを言っていないでさっさと乗れ」


……その佐久間の言葉にショックを受けなかったと言えば噓になる。少なからず衝撃をうけていたが、どこかそうだろうと思っていた部分もあった。

それ以上夏芽は口を開かず、黙ってボートに飛び乗った。いづれにしても、佐久間の持つ薬剤がなければ自分は生きていけないのだ……

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