2-3
かちゃりと音をたてながら、ゆずが拳銃を横に振って、弾倉の部分を出すと弾丸を抜いた。
「……実弾。.38スペシャル、この弾丸は№3でも製造されてない。」
ゆずが呟く。武器弾薬を製造している№3でも、物資に限りがある以上ある程度作る物は制限されている。拳銃弾なら9mmパラベラムという一つの種類の弾丸しか製造されていない。ということは、この男が持つこの拳銃は警官が持っていたものを手に入れたか、もしくは……
「どこかで作られたものかもしれない……私も.38スペシャルの実弾は見た事がない。でも、作りが雑な……気もする」
子細に弾丸や拳銃を検めていたゆずがそう言った。
都市に来てから銃や弾薬という物に触れ出したので、普段扱わない種類の弾薬が正規品かどうかなんかは判断できなかった。
ヒナタの表情も自然と険しくなり、いまだ気を失っている男の方に向けられる。
パニックが起きてからもう4年近くが経過している。この男がこの拳銃を警官から奪ったとして、五発しか装填されていない弾丸が使用されずに残っていたのか……限られた物資でなんとか武器を作っている№3が余分な弾丸を製造したとは思えない。
「思ったより問題ありそうだね」
拳銃を見つめるゆずの横でヒナタがため息とともにこぼした。実際の所、内部調査といっても二人ともそこまでの問題が起きているとは思っていなかったのだ。
アスカ達の様子から指導教官に何かしらの問題があるか、長野みたいな奴らが邪魔をしているのだろう。くらいに考えていた。
しかし中に入ったばかりだというのに問題のある教官は隠そうともせずに欲望を吐き出しているようだし、№都市では製造されていない銃器を所持までしていた。これは少し気を引き締めてかからないといけないかもしれない。
顔を見合わせて視線だけでそう語った二人は、注意深く辺りを調べ始めた。
物置と化している机の引き出しを調べながら、ゆずはカナタを一人で行かせるべきじゃなかったかと、少し後悔していた。
ゆず達が倉庫を捜索している同じ頃、カナタは校内に入り、関係者を探しながら、校舎の中を歩いていた。
正面玄関から入ったカナタは手近な教室を覗きながら廊下を進んでいる。
かつては生徒たちが机に座り、教師から授業を受けていた教室はすっかり様変わりしており、ひもで引っ張られたカーテンなどで仕切りが作られ、パーソナルスペースなのか少量に荷物やシュラフなどがあるのが見える。
今では寮のような役目を果たしているのであろう教室に人気はない。
「みんなグラウンドで、授業中ってことか。なら職員室とかにいけば誰かいるかな?」
いくつかの教室を覗いて、そこで暮らしているであろう訓練生たちの生活水準の低さをうかがわせる様子にカナタは何度目ともしれないため息をつく。
予備隊ができて、基礎的な知識と訓練を受けることができるようになって、目に見えて新人の死亡率は下がっていた。少し特殊な立ち位置の十一番隊に新人が配属される事は今までなかったが、今は六番隊の隊長を務めているハルカが嬉しそうに語っていたのを思い出しながら歩いていると、廊下の先に事務室、そして職員室と書いてあるプレートを見つけた。
ぐっと口を引き締め、カナタはまず事務室と書いてあるプレートの下の扉を開いた。
「おい、なんだ貴様!ここは立ち入り禁止だと分かってるのか!」
そこにはだらしない格好でにやけながら雑談をしている3人の男がいた。いずれも予備隊の教官の制服を着ている。勢いよく開けられた扉の音にぎょっとしていた様子を見せながらも、一人の男が居丈高に怒鳴りながらカナタの方に向かって歩いてきた。
「おい、貴様……うん?お前訓練生じゃないな?ナニモンだテメエ……」
近寄りながらカナタがここの生徒ではないと気付いた男は立ち止まり、とても指導教官とは思えないような口調で話しかけてくる。
「…………あなた方はここの教官で間違いないですか?」
カナタの質問に答える者はいない。
やって来たのがここの人間じゃないと気付いた瞬間、それまで緩み切っていた男たちの雰囲気が一変した。第一印象で教官らしくないと感じたが、そこからさらに変わって、いまではそう……一般人ではないような、なんというかその筋の方々みたいな印象だ。
すっかり警戒した男たちは中腰になり、いつでも動けるような態勢になっている。荒事になれた動きだ。
事務室はそれまで並んでいたであろう机を乱雑に壁際に押しやり、中央に背中合わせに二台だけ残してあり、その奥に隣の続く扉が見える。中央に雑に残された机の周りにはソファをL字に置いて手前に1人、奥に2人の男が座っていた。……いきなり入って来たカナタを見て、1人は自然な様子で懐に手を入れている。何かしら武器を所持しているのか、カナタから目を逸らさずじっと睨みつけているし一番遠い位置にいる男は奥にあった扉に視線を飛ばした。
カナタに近いソファに座っていた男は立ち上がり、奥の2人の壁になるように立ちあがった。その陰になるように立ち位置を調整した一番奥の男はなにかあれば仲間に知らせに行く役割か……
すばやく内部の様子を見て取ったカナタはそれでも戸惑っていた。
いきなり一触即発の空気になってしまっている。同じ都市内にある施設という事でそこまで気を張っていなかったのもあるが、まさかいきなり切った張ったの状況になるとは思ってもいなかったのだ。
腰の後ろには愛刀「桜花」を差してはいる。襲い掛かってこられれば躊躇なく振るうが、なるべくならそうならないようにしたいところだ。それでも警戒のレベルを数段上げて話を続けた。
「こちらは守備隊の者です。予備隊の内情に不審な点があり調査の任を受けています。こちらの代表の錦さんに会いたい」
努めて冷静に、しかし気圧される事はないようにカナタは言った。
「ああ?調査だぁ?……聞いてねえな。代表は……あれだ、出張か何かだ。ここにはいねえ」
カナタが守備隊と錦の名前を出すと、一番前にいた男がピクリと肩を跳ねさせた。そしてわずかに瞳を泳がせながらそう返答してくる。
「……では錦さんの代わりに動いている島田さんは?」
「!?」
島田の名前が出てくることが意外だったのか、男は明らかにうろたえる。もしかするとおおっぴらにはしていなかったのかもしれない。橘さんという仕事できる系スーパーウーマンからは隠せていなかったようだが……
目の前の男はカナタの問いには答えず、そっと仲間たちと顔を見合わせた。
カナタは、そっと腰の「桜花」の鯉口を切った。
男たちの様子を見て心の中で嘆息しながら、即座に抜刀できる体勢になった時だった。
ガラリ、と奥の扉が開いた。
「はいはい、やめやめ~。その兄ちゃん見た目よりやるで。やめとき」
軽い口調でそう言いながら姿を現した人物の言葉で、男たちは懐から手を出した。張り詰めていた空気も少しだけ緩んだ気さえする。
どうやら乱闘を避けられたようだが、当のカナタは口を開けたまま一点を見つめていた。
奥の扉から出てきた人物、それに見覚えがあったからだ。
そして、目の前の男達とは逆に警戒を強め、殺気すら滲み出す。
「お前……」
カナタが険しい顔をして見つめていると、その人物は刀の鯉口を切った状態で固まっているカナタに向かって、やり合う気はないとでも言うように手を挙げてひらひらと振って見せた。
「ま、思うところはあるやろけどな。こっちとしては、もうあんたらとやり合うつもりはないねん。もう少し見つからんかったらこっそり出て行ったんやけどな~。まあしゃあないか、取引せえへん?見逃がしてくれたら耳よりの情報教えてやるで?」
固まっているカナタをよそに、その人物はあくまで軽い口調でそう言った。
「……どういうつもりだ?」
軽い調子の人物が話すたびに、カナタの周りの空気が一気に張り詰め、濃密な殺気をまといだす。
そして、低く絞り出す様な声でカナタは言った。
「なんでここにいる。……夏芽」
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