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「何してやがる!誰が休んでいいと言った!」
そう言いながら大股に歩いてくるのは予備隊の制服を着た男性だ。しかしその制服はまるであわてて着たように乱れている。さらに男の後ろには服の乱れを気にしながらもしきりに目をこすっているまだ若い女の子の姿があった。さらにその男の声を聞いた瞬間、生徒たちの肩が跳ねるのをヒナタは見た。指導教官を探しにカナタが校舎の中に入って行ったのは確認している。男の様子を見る限り、カナタと会ってここに来たわけではなさそうだ。という事はこちらに向かって肩を怒らせ歩いてくる男は校舎の方からやって来たわけではないらしい。
ちらりと横を見ると離れた所からこちらを見るゆずと視線が合う。ゆずは小さく片手でいくつかのサインを送るとヒナタが頷くのを確認して生徒たちに紛れるようにして動き出した。
「ああ?なんだお前?」
やがて生徒たちに暴言を吐きながらやって来た男がヒナタの姿に気付く。それに対してヒナタはにっこりと笑って大げさに頭を下げた。
「勝手に入ってきてごめんなさい!私、都市に来て間もないんですけど……守備隊に入ってみんなを守りたいって思って!ここにくれば訓練をしてもらって守備隊になれるって話を聞いたんです」
ヒナタは己の素性も立場も隠し、一市民に見えるような言動でそう言い放った。もとよりヒナタやゆずは制服でも着ていない限りぱっと見で守備隊の一員であると思われたことがなく、制服を着ていても生暖かい目で守備隊の真似をしている子供のように見られることすらある。
そんなヒナタを上から下までなめるように見ると男は少しだけ口元をゆがめた。にやけた事を隠そうとしたつもりなのだろう。その後ろでは男の後ろから歩いてきた女の子が友達らしき女の子に肩を抱かれている。その肩が小刻みに震えていることまでヒナタはしっかりと見た。
「いい心構えだな。しかし!都市の住人を守る守備隊の仕事は過酷にして辛いものだ。ここでは戦う訓練もするが、まずは守備隊としての心構えから厳しく教え込む。いいか!常に厳しい環境で戦う守備隊の一員として一番大事なことは指揮に対して絶対服従の姿勢だ!貴様ら如きが考えもつかないようなことを考えながら指揮官は指示を出す。その指示を守れない物は自分ばかりか仲間すら危険にさらす。その一歩としてここでは指導教官である俺たちの言う事には絶対服従だ、俺の命令に背けば連帯責任としてここにいる全員が罰を受ける。それをよく肝に銘じておけ!」
まるで恫喝するような勢いと口調で一方的に言い放つと、ヒナタの返事も待たずに数人の生徒に命じて校門のゲートを閉じさせた。
「お前、格闘技か何かの経験はあるか?」
そう問いただす男の腹はだらしなく緩んでいる。とても戦闘技術を指導する教官には見えないほどに……
「いえ!何もやったことはありません。全くの素人なんですが、こんな私でも守備隊になれるでしょうか……?」
臆面もなく何の経験もないと言い放ったヒナタに自称教官の背後で何人かの生徒が目をむくのが見えた。いずれもさきほど組手を行いヒナタに投げ飛ばされた生徒である。それらの生徒を気にせずにヒナタはおどおどした雰囲気を出しながら上目がちに教官を名乗る男を見る。
そんなヒナタを見て男の目に一瞬嗜虐の色が浮かぶ。まるで舌なめずりでもしているかのような雰囲気を見せたが、男は咳ばらいを一つして自制したようだ。
「俺の言う事に従っていれば必ずなれるだろう。そのためにはつらいこともあるが、すべては守備隊として一人前になるためと思え!今から入隊の手続きを行う。貴様らは訓練の続きをしておけ、さぼると許さんぞ!」
ひるんでうつむく生徒たちにそう告げるとヒナタの腕をしっかりと掴み、歩き出した。あえて逆らわず、腕を掴んでくる動きや足運びを見ていたがその気になれば簡単に制圧できると思ったヒナタはか弱い女の子を演じて引っ張られるままに歩き出した。
しばらく歩くと体育倉庫のような建物が見えてくる。入り口は開け放たれていて、男はそこに向かっているようだ。引っ張られるままに歩いていると、やがて男はその中にヒナタを押し込むようにして自らも入り後ろ手で入り口を閉じた。周りを見ているふりをしながら男に注意していると、かすかに施錠をした音が聞こえる。
はは~ん……。男がこの倉庫で何をしようとしているのか、騒ぎを聞きつけグラウンドにくるまでにここで何をしようとしていたか。なんとなくそれを察したヒナタはげんなりする気持ちを押し殺した。
パニック以降、こういう事に類する話はいくらでも聞く。ある程度治安の整った都市の内部はともかく、外部で生き残っている生存者のグループでは女性は常にその危険に脅かされていると聞いている。実際に略奪や殺人を厭わない集団と敵対して壊滅させたこともあるが、そのアジトには複数人の女性が囚われていた。その女性たちは言葉では言えないような仕打ちをされており、心を壊していた人もいた。
思わず拳を握りしめていた事に気付いたヒナタが深呼吸をしていると、男は奥から何かを持って戻って来た。
「訓練着だ、これを着ろ。」
そう言ってヒナタに渡してきたのは学生が身に着ける体操服のようなものだった。どう保管していたのか、しわくちゃで汗臭い。
受け取ったがいいが、とても袖を通す気にはなれない。しかも着替えろと言いながらも男は席を外す気もないようで、ヒナタの方を凝視している。
内心呆れかえっていた。この予備隊で何が起きているのかはまだ分からないが、どこの誰とも知れない自分を簡単に受け入れたばかりか、いきなり欲望に忠実な行動に出た。
こういう場合、時間をかけてヒナタが何者か調べたり、反抗できないような下地を作ってから事に及ぶべきではないのか。
内情を調べるために乗り込んだわけではあるが、逆に隠す気はあるのかと問い詰めたくなってくる。
手渡した服を持ったまま動こうとしないヒナタを見て、何を思ったのか男は少し焦ったように話し始めた。
「し、守備隊は軍隊みたいなところだ。男も女もないし、まして着替えるところがいつも別々に用意できるような環境じゃない。恥ずかしいのは分かるが慣れてしまえばどうってことはない」
口早にそれっぽいことを言ってくるが、焦っている事を見せては効果がないだろう。と、さらに呆れた目で見てしまう。
そんなヒナタを見て、男はおびえているとでも勘違いしたのか、今更ながら「早く着替えろ!」と荒々しく命令口調で言った。
はあ……。と、内心ため息をつきながらヒナタは男に背を向けて上着のボタンをわざと時間をかけて外していった。上着の下には愛用の短刀を隠し持っている。いざとなれば武器もあるしどうとでもなるが、情報は搾り取りたい。
どうしようか迷っているひなたの姿を男は服を脱ぐことに躊躇していると思ったのか、もしくは我慢ができなくなったのか……
荒々しく立ち上がり、背中を見せるヒナタに歩み寄る。
いくら情報が欲しいとはいえ、こんな男にわずかも肌を見せる気はないヒナタがここまでかと短刀を握りしめる。
「ぐぇ…………」
もう数歩近づいたら死なない程度に切り刻んでやる。そう思っているヒナタに聞こえてきたのはカエルがつぶれたような音とどさりと何かが倒れる音だった。
「あれ?」
そう言いながら振り返ると、うつぶせに倒れた男の後頭部を踏むように立っているゆずの姿があった。
「もう、ゆずちゃん!せっかく何か情報を得られないかってか弱い女の子のふりしてたのに。」
そう言って口をとがらせると、ゆずはもう一度男を踏みつけて言った。
「もう十分。こんな男がいる所がまともなわけがない」
はっきりと嫌悪感を浮かべてゆずはそう吐き捨てると意識のない男を後ろ手に拘束すると素早く体を検めだした。そしてその手がぴたりと止まる。
「こんな物も持ってるし」
そう言いながらゆずが持ち上げて見せたのは、一丁の拳銃。都市で流通しているものではないそれは、かつて制服警官が使っていたリボルバータイプの拳銃だった。
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