2-1 再会
「……隊長、本当に行かれるのですか?」
アスカが少し前から幾度となく同じセリフを繰り返している。予備隊の調査の依頼を受けて、どういうアプローチで調べるか。ゆずやヒナタと相談したが、カナタ達はそういう調査のプロでもないし得意というわけでもない。結局とりあえず行ってみようという事になった。
うまく潜入調査できたならば良し。もし見つかった場合はアスカ達の指導について相談しに来たという理由にする予定だ。ちなみにアスカと由良は同行していない。
予備隊に行くと告げた途端、明らかに挙動不審になったあげく、普段は毅然とした態度をとっているアスカが尻込みした様子で黙り込んでしまったのだ。
アスカでさえその調子なのだ、由良に至っては死人のような顔色になっていた。まだ都市の外をうろついている感染者たちのほうが元気に見えるくらいだ。
なので待機を言い渡している。戻ってくるまで隊舎から出る事も禁じているので、余計な行動はとれないはずだ。
「そんなに予備隊に行きたくないのかな?本気で嫌そうだったよね ?」
予備隊の施設へ向かいながらヒナタが納得いかなそうな顔でつぶやいた。
「そうだよな。ウチに配属されるまでは予備隊にいたんだろうし、あそこまで嫌がるわけがわからないよな? かといってウチへの配属を喜んでるって感じでもないし」
腕を組んでしきりに首をひねりながらカナタも言う。
「きっとまた何かトラブルが起きている。カナタ君が行くところはいつもそう」
二人の後ろを歩いているゆずが不機嫌そうに言う。
「ちょ、俺のせいみたいに言うなよ!俺だって好きで巻き込まれたくないって!」
振り返ったカナタがそう言うが、ゆずは半目で見ながら言い返した。
「これまでの事を考えてほしい。胸に手をあてて……フラグもたてたし」
「待て待て、そんな事……」
「はいはい、二人でじゃれてないで。もうすぐ着くよ?」
言い合いに発展しそうなカナタ達を慣れた様子でヒナタが止める。
俺のせいじゃないのに……と口の中でぼそぼそといいながら前を向いたカナタの目に広い敷地とそこに入るための門が見えてきた。
車輪のついた鉄製のゲートが閉じられていて、門には淡路工業高校と看板がかかっている。予備隊が利用している元高校だ。守備隊への縫い遺体を希望した人は、まずここで基礎的な訓練を行うようになっている。
正門からの先にあるグラウンドでは、今も予備隊生らしき若者が一対一の組手を行っているのが見える。
「ぱっと見は変わった所もなさそうだけどな」
そう言いながらカナタが同意を求めるために二人の方を見た。
「あれ……」
振り向いた時にはそこに誰もいない。カナタのつぶやきをかき消すように鉄製のゲートがにぎやかな音を出しながら開く音がする。
「あいつら、いつのまに……」
カナタが再び正面を向いた時にはゲートを開けて敷地内に入り、予備隊生に何やら話かけている二人の姿があった。それに苦笑しながらカナタもゲートをくぐると、「よろしくお願いします!」と元気に挨拶するヒナタの声が聞こえてくる。
「え?何をよろしく……」
するつもりだ?カナタがそう思っているうちに組手を始めるヒナタ。視線を移すと指導っぽい事をしているゆずの姿もある。
「何やってんだよ!俺たちは……」
真剣に組手をしだしたヒナタに声をかけると危険なので、ゆずに走り寄って声をかける。それに振り返ったゆずの顔は存外に真面目な顔をしていた。
「カナタ君、おかしい。これだけの人数が訓練しているのに一人も指導教官がいない。誰も指導しないからこの子らも前に習った事を繰り返しているだけらしい。」
ゆずが言うと、ゆずが指導していた少年も少しきまりが悪そうに頷いた。見渡すと30人くらいの人数が訓練をしている。
訓練と言ってもバラバラで、素振りをしている者や、その場で筋力トレーニングをする者など統率が取れていない。こんな状況で指導教官がいないのは確かにおかしい。カナタが来るまでの間で少し話を聞いていたのか、ゆずが意外と丁寧に指導しながら話した。
「ここ半年くらいはずっとこの調子らしい。それでも訓練しないと罰があるから、しかたなく知っている事を繰り返しやっているって。見た感じ動き方もつたないし、今のまま正しい指導もしないで同じことを繰り返していても強くはなれない、変な癖がつくばかり。むしろ今きちんと基礎を教えないといけないのに……」
ゆずはそれだけ言うと、眉をひそめて少年に動き方などを教えている。ヒナタの方を見るとにこにこしながら次々と相手を変えて組手をしている。かつて仁科道場に通っていた頃を思い出すな。少し感傷に浸りながら見ていると、腰に衝撃を感じた。
見るとゆずが軽く蹴りを入れている。
「回し蹴りは腰を入れて体重を乗せないとだめ。こういうふうに」
そう言ってもう一度カナタに向かって回し蹴りを放つ。当たる寸前に力を抜いているので痛くはないが、しっかりと腰が入っているので重たい。感染者だけを相手取るのであればあまり役に立たない動きだが、生存者を襲い物資や命まで奪う略奪者も意外と多いので、こういった格闘技術は最低限習得しておく必要がある。
もちろん十一番隊でも訓練の中に入れている。
「私たちはしばらくここで教えながら話を聞き出そうと思う。カナタ君は教官を探してほしい」
ゆずが繰り出してくる攻撃を黙って受けていると、何度目かの蹴りの後、顔を寄せてそう言ってきた。カナタがそれに頷くのを見て、ゆずも頷くと訓練生に向かってアドバイスを始めた。
その声を背中に聞きながらカナタは正面玄関に向かって歩き始めるのだった。
「すげえ、あんまり年も変わらないくらいなのに」
ひなたが相手をしていた少年が肩で息をしながら感心したように言う。ヒナタにも訓練生たちが行っていた組手があまり真剣みがない事はすぐに分かった。新しい知識や技術を得るでもなく、同じことを繰り返しているのだから飽きてしまっているのだろう。
そう思ったからヒナタはいきなり乱入したのだ。
最初は驚いてとまどっていた予備隊生だったが、ひなたが戦えることを理解すると積極的に向かって来た。それを見て、けしてやる気がないわけではない事にひなたはホッと息をつく。
それから数人を相手取って組手をしてみたが、いずれも初心者の域をでていない。
「ふふー。これでも実戦経験者だからね!君たちくらいなら軽い軽い。君たちはここ長いの?」
ほとんど息を乱すこともなくそう言うヒナタに少年たちは尊敬のまなざしを向けている。
「俺たちは、一年……くらい前からここにいる。でも……」
ひなたの問いに答えた少年は、そう言って俯くといつの間にか握りこんでいた拳を見つめている。きっと今の環境と強くなれていない自分に忸怩たる思いがあるのだろう。
そしてそれを見たヒナタも少しだけ微笑む。その気持ちがあるのならまだ取り戻せるはずだ。俯いてしまった少年にそう伝えようと一歩踏み出した時、グラウンドに怒鳴り声が響いた。
それを聞いた少年たちの体が硬直するのが見てわかった。
それまでの弛緩した空気が一瞬で変わった。張り詰めた……というより、静かにして怒られないようにしている。そんな感じの雰囲気だった。
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