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「それにしても穏やかでない発言だな。予備隊のはそれほど人材がいないのかな?」
咳ばらいをしてカナタが尋ねるが、アスカはよそよそしさを前面にだして答えるばかりだ。
「穏やかでないと言われましても……言葉のとおりであるとしか言えません。何より我々は予備隊での内部事情を外で話すことを固く禁じられています。話した事が知れれば我々は罰せられることとなりますので、内部事情についてはご容赦いただきたい」
答えはするものの取り付く島はない。さらに予備隊時代の事については話せないときた。しかしもう予備隊の所属でもないのに……そう感じたカナタが聞く前にアスカが先に口を開いた。
「どうやらご存じではないようですが、我々のような一部の予備隊出身の者にはいくつかの制約が課せられています。詳しくは予備隊のトップである代表に確認されるのがよろしいかと……」
そう言ったきり、アスカは口を閉ざしてしまう。これ以上この話題では話すことはないという強い意志を感じる。
「……わかった。じゃあその制約に関しては明日にでも確認しておく。知らずに制約に触れると困るのは君たちだからな」
カナタがそう言うと、アスカは顔を上げて一瞬カナタと視線を合わせた。しかしそれは便宜を図って感謝するといった類いのものでは決してなく、むしろ傷口に触れられた野犬のような反応だった。
その激しい感情にどう対応していいか分からないでいるカナタ達をしばらく見ていたアスカだったが、やがて大きく息をつくと何の感情も感じない口調に戻っていった。
「失礼しました。環境の変化にいまだついていけていないようです。お気に障りましたらいかようにも罰してください。ただ、今まで申し上げた事は私個人の感情であり、彼女は関係ありませんので連帯しての処分をお考えの場合は、彼女の分まで私に加えてください」
もうアスカはカナタ達の誰とも視線も合わせる事もなく、事務的にそう言うばかりだった。アスカが彼女、と言った時だけ隣をちらりと見て、隣に座るゆらがピクリと肩を跳ねさせていたのでゆらを指していたのが分かるくらいだ。
しかしゆらは自発的に何か話すことはないし、これ以上アスカを追及しても火に油を注ぐだけのような気がして、その場を重い無言の空気が支配する。
そのまま数分が過ぎ、アスカがおもむろに口を開いた。
「質問があります」
気分が落ち着いたのか、自分の気持ちを押し殺すことができたのか、さっきまでの激情どころか、何の感情も感じさせない雰囲気でカナタをまっすぐに見てアスカは言う。
「……何かな?」
「我々の過ごす場所を教えて頂きたいのです。これから十一番隊として過ごす場所の事です」
アスカの言う意味が分からず、思わず花音に視線をやると、花音は半分泣きそうな顔をしている。
カナタが花音に視線をやったのを見て、幾分慌てたような口調になったアスカが言葉を続けた。
「あ、いえ!倉田さんはきちんと案内してくれました。それではなく、我々の普段の待機する場所といいますか……」
恐らく案内役だった花音をかばった発言なんだろうが、それでも意味を測りかねるがカナタは一応決まっている事を言うしかない。
「あ、いや。花音が案内した部屋が君の部屋だったんだけど……何か不都合でもあったのかな?」
こわごわとカナタがそう聞くと、今度はアスカが困惑した表情になる。お互いに困った顔で見合っていると、見かねたのかゆずがパンと両手を叩いて話し始めた。
「何か致命的な意識のすれ違いを感じる。一応確認する、花音が案内したのは私がさっきあなた達を迎えに来た部屋で間違いない?」
不機嫌さを隠そうともせずゆずがそう聞くと、アスカは遠慮がちに頷く。
「ん、なら間違いない。あそこがあなたの私室。そしてその隣の部屋があなたの私室」
ついでとばかりにゆずがゆらを指さして言った。するとそのゆずの言葉にアスカもゆらも大きく目を見開いた。
「ちょっ!か、確認させてください。さっきまで我々が待機していた部屋が私の部屋で、さらにその隣が彼女……ゆらの部屋であると、そう言われたのですか?」
何を確認したいのかよくわからないが、アスカはゆずが言った事と寸分たがわず同じことを問い返してきた。
「ん、間違いない。不服?」
挑むように言うゆずに、さっきまでの雰囲気を感じさせず身を縮めるようにしてアスカは首を振った。
「まぁまぁ、きっと慣れない所に来て緊張しているんだろうし、今日の所はゆっくりしてまた明日細かいところは話し合えばいいんじゃないかな?」
不思議な沈黙が場を支配し始めたところで、取り繕うようにこれまで黙って話を聞いていたヒナタがそう言った。それを受けて、これ以上の打ち合わせは難しいと思っていたカナタも頷いてアスカとゆらはヒナタに連れられそれぞれの部屋に戻って行った。
「はあー……」
「カナタ君、ため息をつくと幸せが逃げるって誰かが言ってた」
アスカとゆらが居間を出て言ってから、力を抜いたカナタが大きなため息をもらすのを見咎めたゆずが言うが、それに言い返す気力もカナタにはなかった。
「これどうすればいいんだ?」
力なく言ったカナタの言葉には誰も答えを返すことができなかった。
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「どうなっているの?お兄ちゃん」
アスカ達を部屋まで連れて行ったヒナタが居間に戻ってくるなりカナタに向けてそう言った。しかしそれはカナタの方も聞きたいことであるから、わからないとしか言えない。
「あの人たち、さっきここで話していた時はあんなに強気な感じだったのに、部屋に着くとすごい申し訳なさそうな顔して何度もここを使っていいのか、とか間違いではないのかとか聞かれた。ゆらさんっていう人なんか倒れそうな顔してたけど……」
言いながらテーブルにつき、カナタと向かい合うように座ったヒナタは険しい顔をしている。
「……ぶっちゃけ俺もよくわかっていないんだよ。多分だけど今の予備隊の中で何かよくないことが起きているんじゃないかと思う。その被害者が彼女らで、俺たちにはその予備隊の内情を聞き出してほしいんじゃないかな?」
庁舎で松柴さん達から言われた事と、実際に彼女たちと接してみての感想などをふまえて自分の考えを告げる。ヒナタもゆずも難しい顔をしながら黙って話を聞いている。もう時間が遅いので花音は休むように言って部屋に戻したが、何か自分が間違った事をしたんじゃないかとひどく心配していた様子だったから、あとでフォローしとかないといけない。
「予備隊って松柴さんが作った部隊なんでしょ?お兄ちゃんに調べさせないで自分で確認すればいいんじゃないの?橘さんならあっという間に全部調べてくれると思うんだけど……」
若干不満そうにヒナタは言うが、カナタも同じ思いである。ただ、自分たちでは調べにくいとも言っていたから、何か事情はあるんだと思う。
「松柴さん達が言うには、一応信頼できる人に任せているという事と自分たちでは調べにくいってことを言ってたな。どうも長野の件がずっと尾を引いてるみたいで、自分が立ち上げた部隊で何か不祥事があるとまずいみたいらしい。だからあまりおおっぴらに調査ができないんじゃないかな」
庁舎での会話を思い出しながらカナタが言うと、ゆずもヒナタもさらに難しい顔になり考え込んでしまった。さっきまでのアスカ達の様子を見るかぎり簡単に打ち解けて話をしてくれそうには思えないからだろう。
「とにかく、事を荒立てられないんなら様子を見るしかないんじゃないか?普通に新人としてしばらく接してみよう」
どうにもはっきりとした指針が立てづらい。消極的ではあるもののとりあえずはしばらく様子見しかない。松柴さんがこっちに何を期待しているのかもはっきりわからないのだ。
カナタがそう告げると二人とも納得はしていない様子ではあったが、とりあえずは頷いてくれる。こうして十一番隊は新たに新人の隊員を二人迎えて動くこととなった。
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