1-3
「なんでお前はライフルなんて持ち込んでんだよ」
カナタが、隣でどこからか取り出したライフルを新人の女の子に向けたゆずの頭を叩く。ただでさえ片方の女の子は倒れそうな顔をしているのに…
ゆずはカナタから叩かれて恨めしそうに見上げている。
ライフルを向けられた女の子の方を見ると、いきなりライフルを向けられて、冷静さをなくしまではしていないが、やはり顔色を青くさせている。
どことなく諦めているようにもとれる表情をしているのが少し気になるが……
さっきまで松柴にお菓子を出してもらって上機嫌だったゆずが今は険しい顔をしている。橘が新人だという二人を連れてきてからだ。もしかしてゆずは何か感じとったんだろうか……
表向きにはゆずをたしなめながら、カナタも警戒心を一段階引き上げる。こういった世界になって一番怖いのは、わかりやすく攻撃の意思をみせてくる感染者などよりも、一見して何を考えているのかわからない人間であるという事は、これまでに何度も体験している。
「……新人の話は聞いていた。でも若い女の子だという事は聞いていない!橘さんどうなってる?十一番隊は女性ばかりの部隊、これ以上女の子が増えると……」
そう言うとゆずは難しい顔をして考え出した。たしかにうちの部隊は女性比率が高い。というかスバルやダイゴを送り出した今、男性はカナタのみだ。荒事の多い守備隊の行動内容を考えると、戦力的に考えるとどうしても女性よりも男性の方が望ましいのは確かだ。ゆずが危惧するところはわかるが……
「ゆずが心配している事もわかるけど、いきなりライフルを突き付けるのは……」
違うだろう。と言おうとしたカナタの声にゆずは言葉をかぶせる。
「ただでさえ私はカナタ君の妹ポジション。ハルカさんがいて実の妹のヒナタがいるからどう頑張っても私は三番手。それなのにこれ以上の女性の増加は受け入れかねる。」
一瞬ゆずの言った事が理解できず、ぽかんとした顔になる。おなじくライフルを向けられても直立の姿勢を崩さず緊張した面持ちでいた女の子も何を言われたのか分からないというような顔をしている。
「おい、それって……」
数秒かけて、なんとかゆずの危惧する理由を理解したカナタが何か言おうとしたが、またしてもそれは遮られる。ゆずの言葉を聞いた松柴が笑いだしたからだ。
「クク……何じゃカナタ、随分ともてているようじゃないか?部隊をハーレムにしてしまうとはけしからんの」
ひとしきり笑った後、ニヤニヤしながら俺の脇を肘でつつきながら松柴が言う。
それに対しカナタは大きなため息で返した。
「ハーレムなんて作ってないですよ!ていうか女性だけになったのだってスバルとダイゴが部隊を持って十一番隊から離れたからじゃないですか」
そう言って否定するものの、松柴はニヤニヤするばかりだし橘は顔を背けている。微かに肩が震えているからきっと笑いをこらえてるんだろう。
そんな事よりも、今は新たに十一番隊に配属されるという新人達だろう。
先ほどから緊張して声も出せないような状態の子は時間が経って少しはましになったかと思えば、話を聞いて顔を真っ赤にさせて俯いてしまっている。
もう一人の方はとても冷えた視線をカナタに向けている。すっかり誤解を与えてしまっていると思ったカナタが慌てて弁解をした。
「待って、そんなことないから!ウチの部隊はそんな浮ついたもんじゃないから!」
そうは言ったが、ごみを見るかのような視線はなくなることはなかった。
どうやら隊長の威厳は地を這うような位置からのスタートのようだ……。
「改めまして、予備隊から十一番隊に所属するようになりました。本谷飛鳥と言います。」
気を取り直して新人隊員の二人の自己紹介になった。カナタへの視線は厳しいままだったが……
本谷飛鳥と名乗った女の子は姿勢も良くはきはきと話す子で、背も高くすらっとした体型をしている。口調や態度は固く、まるで軍隊での上官に対するそれだった。
「よろしく、十一番隊隊長の剣崎カナタだ。こっちにいるのが同じく十一番隊の大良木ゆず。射手で後方支援を務めている。」
さっきまでの一幕はなかったことにして真面目な顔で言ったが、まだアスカの顔から尊敬の色は伺えなかった……
「あ……その……中川由良……です。あ……ゎ……」
先ほどからあえて気にしないようにしていたが、アスカと違いもう一人の女の子のほうは雰囲気がおかしかった。目は合わせないし、おどおどとしていて言葉もおぼつかない。最初は部隊のトップの部屋に呼び出されて緊張しているのかもと思っていたが、どうやらそうではないようだ。
「ええと……よろしく。中川さんだっけ?ウチの部隊はどちらかと言えば砕けた雰囲気なんだ。さっきのゆずとのやり取りを見てもわかると思うけど、あんな風に冗談が飛び交ってる。もちろん作戦行動中は違うけど普段はそんなに気を張らなくてもいい。……大丈夫か?」
少しでもリラックスできるように言ったつもりだったが、話している間に顔が赤くなったり青くなったり震えだしたりと想像もできない反応をしだした。初めて見るタイプの人間に思わず心配になったカナタがそう言って近寄ろうとした。
「……っ!」
カナタが近づこうとした瞬間、ゆらは下がって距離を取る動きを見せた。その後ハッとした顔をしていたので思わずやってしまったことなんだろうが……
今はさっきまでにも増して真っ青な顔でうつむいてしまっている。
「隊長、よろしいでしょうか!」
まるで拒絶するような態度をとられ、一歩踏み出したまま動きを止め困った顔をしているとアスカが発言の許可を求めてきた。
「……どうぞ」
まるで軍人みたいな話し方に慣れず、カナタは元の位置に戻ってアスカのほうに向きなおった。
「この子は極度のあがり症のようです。その上、過去に何かあったようで非常に男性に対して恐怖心を抱えているように見えます。私も詳しく聞いたわけではありませんが、これまで共に行動をしてきて間違いないと思っております。」
アスカがとても真面目な表情でそう言った。
都市の中はまたまマシだが、外は無法地帯になっている。命の危険はもちろん、女性は尊厳を奪われる危険もあるし、そういう話はいくつも聞いた事がある。
過去に男性からそんな仕打ちを受けた経験があるのなら、男性に対して嫌悪感を抱いても無理はない。
カナタは思わず、また面倒ごとを……と抗議する気持ちを乗せて松柴を見るが、当の松柴はどこ吹く風で相変わらずニヤニヤしているばかりだ。
「はぁ……とりあえず了解した。ただ部隊に入る以上そのままでは支障があると思う。改善しようとする意志はあると思っていいのかな?」
今ここで松柴に苦情を言ってもきっと受け付けてくれないだろう。それに当人を前にして言えるわけもない。とりあえずこの場は良しとして、今後の事に対して釘をさしておく。人見知りや男性恐怖症は少しずつでも改善してもらわないと困るのだ。
そう思って由良にそう伝えると、由良はすごい勢いで何度も頭を下げると、どこかほっとした表情になった。
その顔を見てカナタは訝し気な表情になる。
まるで由良の態度をカナタが咎めるとでも思っていたような雰囲気がある。
アスカの軍隊にいるような対応の仕方も気になるし……。
カナタは二人に悟られぬようにそっと嘆息するのだった。
とりあえず顔合わせは済んだ。これからアスカと由良は十一番隊の隊舎に、私物を運ぶそうだ。
これからどう対応していけばいいか、初対面にしてすでにカナタは頭痛を覚えていた。
読んでいただきありがとうございます。作品について何か思う事があったら、ぜひ教えてくれるとうれしいです。
ブックマークや感想、誤字報告などは作者の励みになります。ページ下部にあります。よろしければ!
忌憚のない評価も大歓迎です。同じくページ下部の☆でどうぞ!




