0-3
「ああ、そうじゃ。今日来てもらったのはそれだけじゃないんだった。史佳!書類を持ってきてくれるかの?」
なんとなく重い空気になったのを払拭させるためか、松柴さんが明るい口調で橘さんを呼んだ。
「代表、書類はお持ちしますが、今日彼らはここに来ていますが」
「なんと、そうか!それならちょうどいい、ここに呼べるか?」
松柴さんがそう言うと橘さんは一礼して部屋を出て言ってしまった。
「少し待っててくれ。そうじゃ!確か菓子があったはず……」
そう言うと松柴さんは自分の机やその後ろにある棚をあちこち探しだした。
「いや、気を使わなくてもいいですよ!お菓子は……」
いらないと言おうとしたら、ゆずが強く俺の袖を引いた。ちらりとみると真剣な表情で首を振っている。……余計な事は言うなってか。ゆずもそういうところは女子か。甘味には弱いらしい。
「おう、あったあった。アタシも少し食べたが少し甘すぎてね。ゆずの嬢ちゃんは好きだろう」
そう言って松柴さんが出してきたのは皿に乗ったカステラだった。
「おお!ありがとう、おばあちゃん」
「お、おい!」
思わず言ってしまったのか、ゆずが発した言葉にカナタはさすがに冷や汗をかいた。いくら親しいといっても都市の代表相手におばあちゃんはまずいだろ……
「ん?カナタは知らんのか。構わんよ、公的な場所ではさすがに困るが、こういった気の許せる者しかいない場所や他人に聞かれる恐れのないところでならな。ゆずの嬢ちゃんはちょくちょくここに遊びに来ているしな」
「は?」
ここにって、代表の執務室に?遊びに?
カナタがぱっとゆずを見ると同じかそれ以上の速さで目を逸らされた。
「かっかっか!史佳にも気づかれんような時もあるくらいだからの。なあに、立場にとらわれない友人と言った感じじゃ。さみしい老人の話し相手になってくれよる。菓子がないと帰るのが早いからこうして常に準備しておるというわけじゃ」
楽しそうに松柴さんがそう言っているが、それは半分お菓子が目当てだろう。ジト目でゆずを見ると目を逸らしたままだったがさっきよりも耳が赤くなっている。
「まあ、松柴さんがいいならいいんですけど……」
その言葉を待っていたかのように、ゆずは松柴さんが自ら切り分けてくれたカステラに手を伸ばした。そして一口かじると実に幸せそうな顔になった。
「ゆずの嬢ちゃんがお菓子を食べるときの顔を見てるのがアタシの密かな楽しみさ。おかげで対外的にはアタシは甘味に目がないって事になってるがね」
そう言うと松柴さんはおかしそうに笑った。
「あ、うまいな。久しぶりに食べたけど、こんなにうまかったんだな……」
かつて平和だった頃にお土産でもらったのを食べた事があるが、ここまで感動するような味ではなかった。これはこのカステラが特にうまいというわけではないんだろうな。
「なんじゃカナタも好きなのか?なら業務の合間にでもここにくれば何かしら用意して待っておるぞ?」
そう言う松柴さんの顔は、代表として時には非情ともいえる事を指示する時の表情とは違い、とても柔らかい顔になっていた。これはゆずじゃなくても、ついおばあちゃんとか言ってしまいそうだ。
カナタが一切れを食い終わる頃にはゆずは三切れほどを平らげていた。それどころかちらちらとまだ残っているカステラに目線をやっている。
「なんじゃ、まだ欲しいのか?」
まるで孫におもちゃでも買い与えるような表情になった松柴さんがそう言うと、ゆずは首を振った。
「違う。そのお菓子はとてもおいしかった。……だから宿舎で待ってるヒナタと花音にも食べさせてあげたい。と思った」
「なるほどな……松柴さん。対価は払いますから……」
「ああ、構わん構わん。残った分は全部持って帰るといい。アタシは甘い者は食べないからね、ただし絶対に誰にも見つかるんじゃないよ。たかが甘味と思っていると暴動すら起きかねん爆弾だぞ、それは」
譲ってもらえないかと聞こうとしたら持って帰っていいと言われた。ただその後に続けられた言葉にカナタはドン引きしている。
怖いな甘味……
松柴さんが持って帰りやすいようにきれいに包みなおし、さらにパッと見てそれとはわからないようにあろう事か、代表印のついたスタンプを押し、さらに「極秘」とスタンプまで……
ほくほく顔になったゆずはそれをリュックの奥の方に入れると早く帰ろうと言いたそうな顔になっていた。
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