21-16
「……佐久間の奴は確かに始末したんだな?」
頭を上げた藤堂さんが探るような顔をしてそう問うてきた。カナタは伊織たちとも顔を見合わせて答えた。
「状況だけでは……なにしろ距離がありましたし、ライフルのスコープや一杯に望遠にした双眼鏡越しでしか見てませんから……でも俺は間違いなくやったと思ってます。」
「ほう……その心は?」
さすがに長年荒くれたちを率いてきた迫力というか、藤堂さんにまっすぐ見つめられると心の底まで見通されているような感覚になる。若干気おされながらもカナタははっきりと答えた。
「まず、対象の船に乗っていたのは佐久間と佐久間が作り出した感染者が二体、感染者は生活反応がないため激しく出血することはありません。しかし狙撃に成功した際対象はまるで赤い花火のように弾けました。経験上同じ状況を作ったとしても感染者であればもう少しこう……どろっとした感じになります。」
この「どろっとした」という表現は普段感染者を見慣れている人にとってものすごくしっくりとくる想像を掻き立てる表現だったらしく、しばらくの間顔を見るだけで嫌な表情をされるようになった。理不尽な話である。
「はは……」
伊織と詩織ちゃんも例外ではなかったらしく、目をそらして曖昧な顔をされてしまった。何とも言えない気分になったがとりあえずカナタは話を続けた。
「あともう一つ。俺にとってこっちがもっとも大事な部分ですが……狙撃をした本人が間違いなかった、確かに撃った。そう言っています。そして俺は彼女を信頼しています。異常が俺が確信に近いものをもっている理由でしょうか」
そう言うと藤堂さんはなぜかとても満足そうな顔をして頷いた。
「いやしかし距離3000近かったんだろ?しかも海上って悪環境で……よくもまあ一発で当てたもんだな」
今回の狙撃は指定のレーザー距離計と同期したライフルを使ってなので、公式な記録として残される。№都市のIDを持っている者が既定の道具を使う事で登録されるランキングという物があるのだ。これまでの一位は元自衛官が団地のベランダから狙撃した距離2085風速0.8だったから記録を大幅に塗り替えたうえでの更新となった。ゆずは距離やランクよりも十一番隊の隊章がランキング内に載ることがうれしかったようだが。
「そうだな、俺も信用するとしよう。本音を言えば俺の手で始末をつけたかったんだがぁ……伊織と詩織がその場に居合わせたってだけで良しとしとくか」
そう言うと藤堂さんは両手で自分の膝をパシンと叩いて立ち上がった。
「よし!聞くべきは聞いたからよ、俺ぁ仕事に戻るぜ。伊織たちはゆっくりしときな、№4には簡単に遊びに行くってわけにはいかないからな」
主に伊織の方を見て藤堂さんがそう言うと、見る見るうちに伊織の顔が赤くなっていきやがて臨界点を超えたのか藤堂さんの背中をバシバシ叩くマシーンになっていた。
「ふふ……姉さんは副代表だから忙しいでしょうしね。私は距離も近いですし、時々遊びにいきますね?」
父親と姉の戯れを微笑ましく見ていた詩織はパンと手を打つとそんな事を言い出した。今回の事で№3は都市にも人にも大ダメージを受けた。佐久間は政治的な行動は全く関与せず、それを管轄している部署に丸投げしていたのだ。結果、上の承認がなくて動けなくなってしまった部署と、これ幸いと自分の好きに動いて横領などの汚職に手を染める部署に分かれてしまった。藤堂さんは代表の座に戻って一番最初にそう言った部分にメスを入れ、汚職を行っていた部署はもちろん、日和見で何も行動を起こさなかった部署も頭のすげ替えを行った。風通りはよくなったが業務にも結構な影響がでているらしい。
「ほんま忙しいねん、詩織が時々手伝ってくれんかったら脳みそバーンしとるで」
親子の触れ合いを終えてきた伊織は本気で疲れたように言っている。もともと頭を使うような仕事は得意ではないのに、各部署の応援で飛び回る父親の補佐で副代表という立場に収まってしまい文字通り悲鳴をあげているらしい。
「ふふ、姉さんファイトです。またダイゴさんの伝言を預かってきますから」
詩織がそう言うと伊織は再び顔を真っ赤にしている。伊織は副代表という役職に就き多忙な日々を送っているが、詩織は半感染者という特殊な立ち位置のため表向きには動きづらい。定期的な検診も必要になるので№3と№4の中間地点に感染者専用の研究施設を合同で造り、こちらも表ざたにできない佐久間の研究所のデータも移し稼働している。詩織は定期的にそこに通っているので、№4の守備隊とも接触しやすいのだ。
ちなみにその感染者・医療研究センター(I・M・C)の所長は喰代博士が抜擢された。一応は十一番隊に所属していたから引き抜かれた気分だったよ。まあ、実績から言っても順当だろうけど。
所長という権限を与えられた喰代博士は水を得た魚みたいな顔で所内を走り回ってたな……
「ふふふ、なんかもうすぐ感染・非感染を判別できる非接触の検査機ができるみたいですよ?」
所内での喰代博士の様子をよく見ている詩織ちゃんが楽しそうに言った。きっと楽しそうにしているんだろう。
「じゃあ、要件としてはこんなとこだね。ああそうだ、№4に戻ったら休暇をとりな、ゆずの嬢ちゃんもしばらく動けんだろう?」
松柴さんも心配そうな顔になってそう言った。ゆずはすぐに医療施設に運び込まれ緊急手術を受けた。重要な血管にも損傷があったらしく大変な手術だったと聞く。ゆずと血液型が同じだったため、カナタもだいぶ強制献血をされたようだ。
今はだいぶ落ち着いていて先に№4に戻っている。
「ゆずもそうですけど、松柴さんもあの時こっちに来て以来№4に戻っていないんでしょう?倒れられても困るんですけど?」
史佳
カナタがそう言うと松柴はわずかにバツの悪い顔をした。
「わかってはいるんだよ、ただ問題山積ってやつでね。ほとんどが№3の問題ではあるんだけど放っとくと№4にも飛び火しそうなやつもあって火消しに奔走しているところだよ。№4の運営自体は史佳がうまくやってくれているからねえ。」
「橘さんも大変だなあ……」
思わず言ってしまった。あの人有能だけど、色々な事できるみたいだけど肩書は代表秘書なんだよな。滅茶苦茶有能だけど……
№4で松柴さんの無茶ぶりに答えている橘さんに同情していると、ふと松柴さんと目が合った。
「……もう少し落ち着いたら帰るよ。なんだか№2からもきな臭いうわさが聞こえてきているからねぇ」
そう言うと、松柴は面白そうにカナタの顔を見た。それに対しカナタは目を閉じて耳を塞いでいる。完全に聞かなかった事にする気満々だ。ボクハナニモキイテマセン。タチバナサンガンバッテクダサイ。
「ふはは!心配しなくてもこれ以上アンタらをこき使ったりしないよ!あんたらはしばらくのんびり休暇を楽しみな。どこかバカンスに行ってもいいんだよ?」
「いや、バカンスって」
今はまだ四国の事も完全には掌握しきれていない。四国から一歩出ればどういう状況下すらわかっていないのだ。そんなとこにバカンスに行けるわけがないし、四国内であってももれなく感染者が出てくるだろう。そんなバカンスはごめんだ。
それからしばらく雑談をすると、スーツを着たいかにもお役人然とした人が来て松柴さんに耳打ちすると、松柴さんはカナタ達に簡単に挨拶すると部屋を出て行った。本当に忙しいみたいだな……
「それじゃあ、またな」
「ああ、他のみんなにもよろしく言うとって」
伊織と別れの挨拶を交わす。地図で見るとお隣さんだが、交通手段もなく通信も安定して行えないような時代だからそう簡単に会う事もない。IMCという比較的近くにいる詩織ちゃんと違って№3は遠いし、伊織も忙しく飛び回っているのだ。まあそれでもダイゴとはどうにかして会う時間をひねり出すんだろうけど……
詩織ちゃんも定期検診を終えて里帰り中らしく、ここで一緒にお別れだ。
「さて帰りましょうかね」
大きく背伸びをしたカナタはそう言いながら、久しぶりに誰にも何にも追われることのない旅路につくのだった。
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