21-15
「もう!お兄ちゃん?せっかくゆずちゃんが頑張ったのにわざわざ普通に戦おうとしてたでしょ!アマネさんも!」
腰に手を当ててぷりぷりと怒るのはカナタの妹のヒナタである。平和な頃は些細なすれ違いからお互いに避けていた時期もあったが、最近ではすっかり仲の良い兄妹である。
「いやあ、ゆずの頑張り見てたらやる気がみなぎっちゃってさあ……」
「面目ないなー。同じくなんだか火がついちゃってなー。あの烏間を仕留めきれなかった不完全燃焼ぎみもあってなー」
二人並んで同じような格好で頭をかきながらお説教をされているカナタの隣には、カナタが仁科剣術道場に通っていた頃の先輩でカナタの才能になんとなく気付いて、よくいじり…稽古をつけてくれていた。小柄で愛嬌のある女性ながら剣術の腕前は相当で道場主の仁科晴信に次ぐ使い手なのだ。
「まあまあ、ヒナタちゃんその辺で。さっさと橋を架けなおさないと帰れないし……あとは労役で反省してもらいまょ?」
「むー……ハルカお姉ちゃんが言うなら。しっかり働くよーに!」
怒られているカナタ達の元にそう言いながらきりっとした女性が近づいてくる。芯が強そうなかっこいいという表現が似合いそうな女性はにこやかに酷いことを言う。お姉ちゃんと呼んでいるが姉妹というわけではない。幼馴染ではあるが……
カナタとヒナタにとっては幼いころからの付き合いである。
ハルカに引きずられるようにつり橋がかかっていたところに行くと、ぶら下がっていたつり橋は引き上げられ修復されている。あとはこっち側に渡して固定すれば完成という段階だ。
「なんだよ、もうほとんど終わりじゃん」
てっきりこき使われると思って来たカナタが拍子抜けの声を出す。
「バッカおめー、どうやってここまで持ってくるんだよ?一度下まで降りて泳いで渡ってまた戻ってくるか?」
意外と器用でDIYで簡単な物なら作ってしまうスバルはこういう時には頼りになる。中学高校とずっと同じクラスでいつも一緒にいた友人だ。彼とダイゴを含めた三人はもはや、ばら売り不可のセット品として扱われていた。少し単純ではあるものの気のいい奴なんだがなぜか女性に縁がなく、最近急に伊織との距離が近くなったダイゴに威嚇の声を出しているをよく見かけるようになった。
「カナタ君が向こうに行ってつり橋に結んだロープをこっちに投げてくれれば僕が引っ張るよ」
そう言ってニコニコ笑っているのがダイゴだ。頑丈そうな体格をしていてこのパニックでも機動隊なんかが使うポリカーボネイト製の盾を愛用してみんなの危険を幾度となく救ってくれた。優しすぎて攻撃に向かないと思っていたが、伊織が危機の時には重量のある盾をフリスビーみたいに投げて相手の骨を砕いていた。パワフルなナイスガイである。
「馬鹿言うなよ。こんなとこ落ちたらあっという間に流されるだろ……」
スバル達が言うので下を覗き込んだカナタが顔を青くして文句を言う。つり橋が掛けれるくらいの大きな岩に挟まれた部分の流れはとても急になっていて泳ぐとかそういうレベルじゃない。ここに落とされた長野は溺れて死なない体かもしれないが、むしろ流されまくって生き地獄なんじゃないだろうか。どうでもいいけど……
「とりあえず向こう側に渡るよ……押すなよ?ネタじゃないぞ、振りでもないぞ?じりじり寄ってくるなってシャレにならないから!」
両掌をこっちに向け、二人並んでじりじり距離を詰めてくるスバルとダイゴを押し戻そうとすったもんだしているとヒナタとハルカが新しいロープを持って戻って来た。
「もう!また遊んでる。お兄ちゃん!早く橋をかけないとゆずちゃんの治療もできないって何度言わせるの?」
「……ほら、怒られた。て、なんで俺だけ……」
ヒナタとハルカの姿を感知した瞬間、かなりの速度で掌を返した二人は岩に結んだロープの補強作業をしている。お前らさっきまで俺の邪魔をしてただろうが……
しっかりもう一巡お説教を受けたカナタはロープを肩に担いで岩場を降りている。こうして一番距離が近いところまで行って向こう側に渡るのだ。
「よっと!おお、結構滑るな」
潮の加減によっては海水に浸かると思われる部分の岩はとても滑りやすい。こんなとこで滑ってけがをするような間抜けなことはしたくないので慎重に飛び移る岩を選んで渡っていく。
「よいしょ!」
必死に滑らないように飛んでいる俺の上でヒナタはひらりと岩から岩に飛び移っている。ヒナタが身軽なのは知っていたがここまでとは……
向かい合う岸壁はVの字型になっているので、下に降りるほど距離は短くなる。逆に上に行くほど離れているのだが、ヒナタはカナタの倍ほどの距離をひらりひらりと飛び移っているのだ。しかも上の方は海水に浸かることが少なく滑りにくくなっているので、躓きさえしなければ飛び移りやすくはある。
「……もうヒナタが運んだほうがいいんじゃないかな?」
悲しくなりながらそう独り言ちていると、少し上でヒナタが待ってくれていた。そしてカナタに向かって手を伸ばす。
「ほら、お兄ちゃん。もう少し!ガンバレ」
……かわいい妹にそういわれれば発奮しないわけにはいかない。兄にも意地はあるのだ、たぶん……ちょっとくらいは……
両岸壁にロープを渡し合い、修復したつり橋を結んでダイゴが引っ張る。かなりの重さだと思うのだが、「ファイトやで、ダンゴさん!」と伊織の声援もあり、数時間かけてようやくつり橋は復旧し、全員が船着き場側に行くことができるようになった。
「……これって、誰か一人が向こう側に行って、船だけ持ってきてこっち側から乗ればよかったんじゃ……」
半感染という特殊な体で、しかも直前まで佐久間に捕まっていた詩織ちゃんは思っていたよりも体力を消耗していたらしく、つり橋復旧の作業の時には離れた所でゆずや喰代博士と共に休息をとっていた。つり橋が通れるようになって近くまで来たときの第一声である。
「アカン!詩織、それは言うたらいかん奴や!」
伊織が慌てて口を塞いでいたが、しっかりと全員の耳に届いてしまっていた。
「「「はあ~……」」」
全員が特大のため息をついても仕方ない……
それから小型の船の操船に四苦八苦しながら沿岸沿いに戻り、時に感染者と戦いながら№3に戻ったのは一週間が経っていた。
「疲れました……」
№3の中央庁舎の一室で松柴さんに事のあらましを報告したところだ。同じ部屋には伊織、と詩織ちゃんそれから二人の父親で№3の元代表である藤堂さんもいる。
お茶の入った湯飲みを片手に目を閉じてカナタの報告を聞いていた松柴さんは、ことりと湯飲みをテーブルの上に置いた。
そしてカッと目を見開くと……
膝を叩いて爆笑しだした。
「ははっ……あんまり年寄りを笑わせるんじゃないよ。ぽっくりいったらどうするんだい」
目の端ににじむ涙を拭きながら松柴さんはそう言った。いや、笑わせるつもりはこれっぽっちも、髪の毛一筋ほどもないんですけど?
「カナタ、あんた持ってるねぇ。見事に面倒ごとをみぃんなひっかけていってるじゃないか!」
そう言ってまたひとしきり笑う。好きでそうなってるんじゃないやい。もう膝を抱えていじけそうになっていると、苦笑いを浮かべた藤堂さんがなだめてくれた。
「まあ……ご苦労さん。こんな言葉じゃとても足りないのはわかってるさ。それでも言わせておくれ」
落ち着いた松柴さんは顔を引き締めるとそう言って頭を下げた。
「あ、いや。誰のせいってわけでもないですし、なあ?」
バツが悪くなって、隣にいる伊織に同意を求めたが帰って来たのは苦笑いだった。なぜ?
「いや、ともかく今回の原因の大本はウチにある。そいつにカナタを始め№4の人たちまで巻き込んじまった。俺の不徳の致すところってやつだぁ。ほんとに申し訳ない」
今度は藤堂さんまで頭を下げだした。№都市の代表二人に頭を下げられて俺はどうしてればいいのよ?
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