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【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られた都市~  作者: こばん
21.所業

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21-14

どうするか考えていると、喰代博士が隣にやってきた。正確には喰代博士が肩を貸して歩いているゆずだな。かなりの血を流したからかゆずの顔色は悪い。

ようやく出血は止まったみたいだが喰代博士の話では一刻も早い処置が必要とのことだ。こんなところで時間をつぶしている暇はないというわけか。


しかし、なんだかんだ言っても佐久間が手を加えた感染者は強敵だ。しかもつり橋の上という危険な場所にいやがる。さらに夏芽が呼び寄せた感染者は確実に迫ってきている。まさしく前門の虎後門の狼という状態なのだ。


「カナタ君……」


悩んでいると、当のゆずが考えを耳打ちしてきた。


「いや、それは……」


「大丈夫」


「いやいや普通の状態でも……」


「大丈夫」


「うーん…………」


「大丈夫、任せてほしい。それともほかにいい案があれば聞く。私の案よりいい方法が何かある?」


真っ青な顔色ながら真剣な顔で見つめるゆずに何も言えなくなる。何もいい考えが浮かばないから悩んでいるのだ。


「大丈夫なんだな?」


そう聞くとゆずは頷く。そのまま視線を喰代博士にずらすと、博士は苦笑いをうかべて「全力は尽くすよ。」とそう言ってくれた。たぶん博士も散々止めたに違いない。


「カナタ君、悩んでる時間がもったいない。こうしている間にも進んでいる」


「…………はあ。わかった」


とうとう折れたカナタは大きくため息をつくとみんなに伝え始めた。




私が出した案をカナタ君は渋々受け入れてくれた。ほかにいい案がないから受け入れるしかないんだけど……。とりあえず最善を尽くす必要がある。私がそう言うと、覚悟が決まったのかカナタ君は真剣に頷く。

時間もあまり残っていない。私の体力が残り少ないのも自覚しているし、標的は絶えず動いているものだ。うまくいってもいかなくても一発勝負。もしかしたら私はここで力尽きるかもしれない。そう考えると底知れない恐怖が浮かんでくるがそれを必死に押し殺す。

たった一人になった私を縁もゆかりもないカナタ君は拾ってくれて、守ってやるとまで言ってくれた。そしてそれは今日まで実行され続けている。その借りを少しでも返せるなら、悪くはない。カナタ君には絶対生き残ってほしいから……

そのために私は最適な状態を作る。


「まず、…………」




「なあ、ゆず。これって必要なことか?」


カナタ君が聞いてくる。ちなみに二回目だ。


「これは絶対必要な事。成功率に大きく関わってくるから。早く」


真面目な顔でそう告げると、納得いかなそうな顔をしながらも私のいう事に従ってくれた。喰代博士の肩を借りた状態からカナタ君の背中へ移る。

カナタ君はそれほど体格がいいわけじゃないけど、やっぱり男の人。背中は大きい。そして何とも安心する。


「ん、ここなら。これで成功率は二倍強まであがった」


「ほんとかよ!」


私の軽口にカナタ君がつっこむ。こういう時間も私は好きだ。そしてあらかじめ言っていたようにロープで私とカナタ君の体をがっちりと固定しはじめる。


「ん、そこ。もうちょっときつめに締めていい」


ロープをまわしているスバル君が変な顔をしながらも言う通りにする。それを受け取ったヒナタがぎゅっと締めてくれる。そして私を見るとニコッと笑う。


「ん、さすがヒナタ。よくわかってる」


「まかせてゆずちゃん」


私とヒナタが軽くハイタッチするのを不思議そうな顔でカナタ君が見ていたが、何も言うことはなかった。さすがに少しくらいのわがままは聞いてやろうと思ってくれているみたい。


そして所定の位置にカナタ君が移動してその前にダイゴ君が腰を下ろす。


「……ちょうどいい高さ。耳栓はしておいて」


私が言うとダイゴ君は神妙な顔をして耳栓をする。カナタ君は私がしてあげた。ふふん♪


「……はい、ゆずちゃん。無理しちゃだめだよ?」


そう言ってヒナタが私のライフルを手渡してくれる。すでに弾薬も装填状態でロックを外せばすぐに撃てる。


「ん、ありがと」


でも誰かが無理をしないといけない場面。私はそっとライフルを構える。ダイゴ君がバイポットを肩にひっかけるようにして固定してくれる。カナタ君も手元足元をしっかり踏ん張れるように調整している。


私が出した案。それは超長距離射撃で佐久間を狙撃する。もし成功すれば、長野はつり橋を叩き切って橋ごと海に落としてしまえばいい。

佐久間の狙撃が失敗しても後顧の憂いを残すというだけ。長野は同じく海に叩く落とす。もしかしたら海に落ちても生き続けるかもしれないけど、この辺は波も荒く落ちてしまえば再び上がってくるのは難しいんじゃないかと思う。


「カナタ君、少しだけ高くできる?……うん、それくらい。ダイゴ君はそのまま」


私はスコープを覗いて最終調整に入る。へカートⅡは威力も射程も申し分ないけど、その分反動も強い。私の体格なら伏射が正解。でもここで伏せると標的が見えないのだ。だからカナタ君におぶってもらって伏せた状態で高さを上げてもらっている。ダイゴ君のほうが安定している?そんなことはないカナタ君の方が安定する。私の心が……

そんな事を考えているうちにもスコープが波間を漂う小舟を見つけた。少し大きめの船外機エンジンを積んだ船だ。

それなりには進んでいるんだろうが、ここから見るとほとんどわからない。


キャビンのない船でよかった、いくらか狙いやすい。船外機を操作する佐久間の後頭部にレティクルを合わせる。このレティクルの十字を合わせたからと言って当たるわけじゃない。ゼロインも出せていない、狙撃用ライフルのスコープは本来細かな微調整が必要だし、放たれた弾丸は重力の影響を受けるし、風の影響も受ける。まして標的は風の強い海の上にいる。おおよそ狙撃をする条件としては最低だろうな。


それでも、なんだかやれる気がするのは不思議だ。体調だって最悪なはずなのに、胸とお腹に感じる温かさが私に無限に力を送り込んでくれる。そんな気がする。


「それじゃ、行く」


私が小さく言うと、カナタ君の体に力が入るのがわかる。銃を支えるダイゴ君もだ。心配そうに私を見つめる喰代博士も私の背中に手を添えていてくれるヒナタ。

皆の温かさを感じながら、大きく深呼吸をする。肺一杯に取り込んだ酸素とわずかに感じるカナタ君のにおい。


細く、ゆっくりと吸い込んだ息を吐きながら照準を定める。距離と風向きを測るレーザー測定機によると距離は2800風は左方向に6m。大丈夫、長距離狙撃の最高記録は3500。それに比べればまだまだ近い。

細く吐き出していた息を止め……トリガーに手を添える。左手で軽くカナタ君の肩を叩く。撃つ合図だ。


波に揺られ、スコープに収まらないくらい上下に動く船。狙うは一番下がった所、息を止めたまま上下する船を見つめ……レティクルの中に下がってくる船が一番下に……来た。


ダーン!


重い銃声、殺しきれない反動が私の肩から全身を貫く。吹き飛びそうな意識を必死でつなぎ止め、私の一念がこもった銃弾の行く先を見つめる。

…………体感だけど10秒くらいたった?外したか?そう思った瞬間、スコープの向こうで赤く弾ける何かを見た。その瞬間安心した私の意識は急速に沈んでいった……カナタ君に抱きしめられている気がするのは早くも夢を、見ている……の、かな……?





ゆずが放った銃弾はなんと三キロ近い距離を飛んで見事に命中した。射撃して10秒くらい差があったと思う。それだけの距離ということなんだろう。


「ちょい、カナタ君。うれしいのはわかるけどさぁ、ゆずちゃんはけが人だよ?そんなに抱きしめたら傷が開いちゃうから」


喰代博士に言われて初めて背負っていたはずのゆずを抱きしめていた事に気付いた。いつの間に……

でも、あれだけの超長距離射撃を成功させたんだ、しかも標的は佐久間という大金星だ。戻ったら盛大にお祝いしてやるからな。気を失いながらも気持ち口角が上がっているゆずのかおを眺めて喰代博士にそっと渡す。


「お願いします。もうあとは何も心配しないように睡眠薬でもぶち込んどいてください。心安らかに休ませて……あとは俺らの仕事ですから」


ゆずの快挙ともいえる超長距離射撃の成功に、俺たちの士気はうなぎのぼりである。なんならつり橋で今かと待ち構えている長野とタイマンはってもいいくらいの気持ちだ。


隣に並んだアマネ先輩もおそらく同じ気持ちなんだろう。珍しく腕まくりしながらずんずんと歩いている。


そんなカナタとアマネが目を合わせる。どちらからともなく大きく頷き合うと刀を抜いた。


「よっしゃ、やったろうか!」


しかしそんな気合十分のカナタ達は見事に空回りすることになる。真正面からずんずん歩いてつり橋に向かうカナタとアマネをひらりと飛び越えたヒナタが両手に持った短刀を数回閃かせたかと思うと、音もなく切れたロープが重力の力に従い、ずるずると海に向かって引きずられるように落ちていく。


しばらくしてこっち側で何をしたのか気付いた長野が、何か口汚く文句を言いながら猛ダッシュで船着き場の方に走ったが健闘むなしく、つり橋とともに海に落ちていった。

読んでいただきありがとうございます。作品について何か思う事があったら、ぜひ教えてくれるとうれしいです。

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