21-10
まだまだ不定期ですが更新を再開していきます。これからもよろしくお願いします!
みなさんも健康にはお気をつけて(^^;
部屋に入ってくるなり、ふらふらと壁際まで歩いて行った伊織はそこで倒れた。
「伊織ちゃん!」
慌てて駆け寄ったダイゴが抱え起こすとそこには大量の汗をかいて顔面蒼白になっていた。
「ど、どうしたんだい?伊織ちゃん大丈夫?僕が分かるかい?」
ダイゴがそう声をかけるが、伊織は力なく微笑んだだけだった。
「喰代博士!」
たまりかねてダイゴが助けを呼んだ。すかさずやって来た喰代博士が伊織の熱や脈などを手早く確認する。
「まさか……」
口に手を当て、驚愕の表情をする喰代博士の様子に、ダイゴはもう気が気じゃなくなっている様子だ。
「嘘だろ?なんで感染してるんだい?」
「「はあ!?」」
喰代博士が上げた声に全員の疑問の声が重なる。いくらなんでもちょっと意味が分からない。もしかして感染したふりして佐久間を誘い出そうとでもいうのだろうか?
それはちょっとあさはかではないかと思う……なんか噛み傷っぽいのが腕にあるけども、今このタイミングではいくらなんでも……
カナタは思わず何とも言えない顔になってしまい、他のみんなの顔を見るが周りも同じような顔や、どうしていいかわからないような表情をしている。
そんな時、部屋の外から派手に発砲する音が聞こえてきた。そしていくらもしないうちに激しくドアを開けてゆずが部屋に入ってくる。
その目が伊織を抱える喰代博士を見ると、ゆずはライフルを投げ捨て走り寄って来た。
「お、おいゆず……」
カナタが声をかけようとしたが、それよりも早くゆずは走って来た勢いのまま喰代博士に体当たりして伊織から距離を空けさせた。
「カナタ君!その部屋に感染者がいた!油断して、噛まれた……すぐに離れる!」
必死な顔でそう訴えてきたが、なんとも三門芝居を見ているようで背中がむずがゆい。微妙な顔で動きが悪いカナタ達に苛立ったようにゆずが急ぐように叫ぶ。
「あああぁぁっっ!」
その時だった。ゆずがぶつかって来たことで床に放り出されていた伊織がむくりと起き上がると感染者のような唸り声をあげて立ち上がる。
そして一番近くにいた喰代博士に向かって動き出した。
「博士!」
ゆずが悲痛な声をあげるが、それ以外の者の動きはにぶい。ゆずはそんなカナタ達の様子をちらりと見ると、体当たりするときに落としたライフルと一歩一歩と近寄る伊織を見比べる。ライフルは部屋に入ってきてすぐに手放しているので、取りにいくには離れている。そう思ったのかゆずが伊織と喰代博士の間に立ちふさがる。
止めるべきなのか戦うべきなのか、はたまた逃げるべきなのか。どうしていいかわからないカナタ達が見ている前で、伊織はゆずに掴みかかり、…………嚙みついた。
肩口にかなり深く噛みつき、引きちぎるように首を振る。
「ああああ!」
ゆずの苦痛の声と、激しい出血でカナタ達の顔色が変わった。
「え……まさか。ほんとなのか?」
呆然とした声を出したのはスバルだったか?いや、もしかしたら自分だったかもしれない。カナタはまるで寝起きのような回転しかしない頭を強引に動かして、これがくだらない芝居ではなく本当の事だと思い至った。しかしそれは遅すぎた。ゆずは嚙みちぎられた左肩を押さえ、ふらふらと後ろ向きに歩き喰代博士に抱かれるような形で止まった。
「うそだろ、伊織!」
慌ててカナタが抜刀してゆずの前に立ちふさがる。伊織はそんなカナタを口の周りを真っ赤に染めて見ると口を大きく開く。まるで獲物が増えたと喜んでいるみたいに……
「くっ……そんな。こんな事って!喰代博士、ゆずの容体は!」
刀を大振りに振り回し、伊織をけん制しながらカナタが叫ぶ。
「まずいよ……動脈ごと噛みちぎられている。すぐにしかるべき施設で治療しないともたない……」
返ってきた喰代博士の言葉は力ないものだった。背中でそれを聞いたカナタが歯を食いしばる。ついいつもの悪ふざけだと思ってしまっていた……たとえそうであったとしても警戒だけは怠ってはいけなかったのに。歯噛みしながら伊織を見る。伊織は顔のほとんどの部分を血で染めて、それでも物足りないとばかりに腕を伸ばしている。
「くそっ!斬るしかないのか」
さすがにこれまで行動を共にしてきた仲間を斬る事が出来ずに、今も刃先を立てないようにして伊織を近づけないようにしているだけだ。しかし、いつまでもこうしているわけにはいかないし、喰代博士が開発した試薬はあくまで発症を抑えるものだ。すでに発症してしまった感染者には効果はないと聞いている。つまりすでに発症してしまっている伊織を救う手立てはない……ということになる。
「ま、って……カナタく、ん」
やむを得ないか、と心を決めかけた時後ろからか細い声が聞こえる。
「ゆず!大丈夫か、お前はまだ発症してないんだな?早く喰代博士に……」
タン!
試薬を投与してもらうように言おうとしたところで銃声が響き、顔の横を何かが通り抜けていく感じがした。
「ガッ!」
思わず振り返ると、苦しそうな顔をしながらもハンドガンを構えたゆずがいる。
ドサリ。
そして背後で重い物が倒れるような音がする。
「ゆず……お前」
「本当、はもっと……早くに、はあ……こうしないと…………いけなかった。ごめん、私が躊躇した」
そう言うとゆずはポロリとハンドガンを落とし、目を閉じた。一気に力が抜けたのか支える喰代博士の体に力が入る。
「ゆず……」
そのまま足を引きずるようにしてゆずの元まで行くと、意識を失ったのかピクリともしないゆずのほほに手を添える。いつもあまり感情を表さない顔は飛び散った血で汚れてしまっている。喰代博士がありあわせのもので処置してくれた左肩はタオルのようなもので止血と固定がしてあるが、噛まれたのが首の方に近いためかかなりの量の出血をしたようだ。
「博士、ゆずは……」
「ここでできる処置はすべてやった。それでも血も薬も足りない。一刻も早くきちんとしたところで処置しないと……」
そう言うと博士はカナタから顔をそむけた。
カナタの胸中では苦悩が押し寄せていた。本音を言えば恥も外聞もなく撤退してゆずを治療のできる施設まで運びたい。しかし、標的である佐久間は強固とは言え壁の向こうにいるし、なんなら詩織ちゃんも捕まったままだ。ここにくるまでにも少なくない犠牲を出している。すべて放り出して撤退してしまえばそれらのものも投げ出してしまう事になる。
周りのみんなの顔を見回したが、スバルやダイゴは黙ってカナタを見つめている。ハルカはひなたの肩を抱き、アマネ先輩は辛いのか向こうの方を見ている。
皆、リーダーであるカナタの言葉を待っている。そんな感じだった。
「カナタ君……」
もう一度ゆずの方を向き直ると、つらそうな顔で喰代博士が声をかけてくる。
「ごめんな、ゆず。ほんとは今すぐでも連れて帰りたいんだが……そうしてしまうと俺たちをここまで送り出してくれた人や詩織ちゃんを見捨ててしまうことになる。だからと言ってお前を見捨ててもいいだろうって話じゃないんだ。ただ決断したのは俺だから、恨んでくれていい。ごめん」
そう言うとカナタはゆずの背中に手をまわして軽く抱きしめた。頬と頬が触れ合う距離で「それでいい」と聞こえた気がしたのはカナタの罪悪感が聞かせた幻聴か……
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