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【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られた都市~  作者: こばん
21.所業

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21-8

そして、それは存外に早かった。


カナタ達がいた所から隠し通路に入って最初の角を曲がるとそこはもう行き止まりだった。これまでと同じく自動のドアがあったが、そこはすでに全開の状態だった。


武器を構え、中を覗き込むと薄暗い何もない部屋のようだ。武器を構えながら部屋の中に足を踏み入れる。その際にゆずがドアが閉まらないようレールに鉄片を挟んでいた。スイレンやハクレンに習ったらしい。


感心しつつ全員が室内に入ったところで、急に照明がついた。とっさに守りを固め、喰代博士に敵の手が及ばないようにするが、特に何も起きなかった。やがて明るさに目が慣れてくると、そこは真っ白な壁と床があるだけの殺風景な部屋だった。


ただ、全員の意識は一つの方向に向いている。何もない部屋の壁の一面だけが大きな鏡になっているのだ。そしてこういう場合は大概……


「ようこそ、この研究所の中枢へ。まさかここまで足を踏み入れられるとは思わなかったよ。」


乾いたパチパチという拍手と共に、それまで鏡としてカナタ達の姿を映していた壁面が変化した。鏡の向こう側の照明がつくと向こう側の様子が見えるようになっていた。


「やはりマジックミラーか……」


誰かが呟いたかと思うと、いきなり近くで破裂音がした。


ドガン!という音と同時に鏡の向こうから拍手をしている人物の額の部分にわずかに亀裂が入った。


「おっと、問答無用というわけか。気持ちはわからんでもないが、ここは人間らしく会話としゃれこもうじゃないか」


あくまで余裕の姿勢は崩さず、鏡の向こうにいる男、佐久間はそう言った。もちろん音の正体はゆずだ。室内で出番などないと思われるのにゆずはへカートを持ち込んでいた。室内に入るときにはいつでも撃てる状態でいたのだ。


「12.7mmで撃ち抜けない!?」


ゆずにしては珍しく困惑の感情が見える。カナタは銃の事は詳しくないが、音や撃たれた相手の惨状を見て威力が高いことはわかっていた。それをもってしてもここのマジックミラーは撃ち抜けなかったということだ。

しかしゆずはキッと佐久間を睨むと重いへカートを抱え、ボルトハンドルを操作し空薬きょうを排出した。

それを見て、全員が慌てて耳をふさぐ。


塞いだ手を通してさえドガン!という音が響く。


そして佐久間の方はというと…………


笑っていた。撃った場所も寸分たがわず同じところなのはさすがという他ないが、それでも一発目と亀裂もほとんど変わっていない。


「無駄だよ。物理的な衝撃ではこのガラスは砕けない。特殊な防弾ガラスを三枚使った複層ガラスでね。間に特殊なガスが入っている。たとえ一枚目を砕いても間にあるガスが衝撃を吸収して二枚目には衝撃が届かないようになっている。このガラスを砕くくらいなら、私なら地道に周りのコンクリートを砕くね。まあコンクリートも特殊な製品なんだがね?ふっふっふ、どんな力を持っているか分からない感染者を実験する施設だよ?衝撃で壊れるような構造はしていないんだよ」


ゆずが奥歯を噛む音がカナタの耳にまで届いた。カナタがそっとへカートを上から抑えると、ゆずは我に返りライフルを下した。


「珍しいじゃないか、ゆずがそんなに感情的になるなんて」


落ち着かせる意図もあり、話しかけるとゆずはぽつりと返事した。


「ん……自分でもびっくり。私は直接の恨みはないと思っていたんだけど、あいつのにやけた顔を見たら一瞬でキレた。あいつのせいで私の大切な人たちが苦しんでると思ったら……ごめん、落ち着く」


そう言うとがっくり肩を落とした。


「謝るなよゆず、みんなの事を考えての事なんだろ?きっとみんなもうれしいはずさ、ゆずがそんなに怒ってくれてたって」


そう言いながらゆずの頭をなでる。子供をあやすようで抵抗があったんだが、猫のように頭を押し付けてくるゆずの様子をみるに間違った対応じゃなかったらしい。


「ずいぶんしつけがなっていないようだね。君が隊長なんだろう?命令違反は厳重に注意すべきだと思うが?」


「あんたにしつけがどうこう言われるとは思わなかったよ。注意なんてする必要ないな、何も命令に違反なんてしていない。あんたみたいな人間は何かやらかす前に殺す。それも正しい選択だと俺は思うしな」


カナタが肩をすくめながらそう返すと、佐久間は肩を揺らして笑った。


「はっはっは!そうか、サーチ&デストロイというわけか。確かにな、ただ今はその時ではないな。」


「お前とのんびりお話ししにきたんとちゃう。サッサと詩織を返せ!死にそうになってから謝っても止められんで」


怒りをこめたような低い声で伊織がそう言った。さすがに本人を前にしたら怒りを押し殺すことができなかったのだろう。


「おや、誰かと思えば伊織お嬢ではないですか。いいんですか?あなたが面と向かって私に逆らうという事は藤堂の親分の命は風前の灯ですが」


「じゃかあしい!そんなとこでごちゃごちゃ言うとらんで、話したかったらこっちに来い!ほんならいくらでもお話に付き合ってやるわ」


「いやあ、そうしてもいいんですがねえ。そちらにはやけに恐ろしいお嬢さんが何人もいる様子。私なんかがその部屋に入った瞬間細切れのハチの巣ですよ」


「よおわかっとるやないか、そのうえで言うとんねん。こっちに来いや」


伊織がそう言うと佐久間は大げさに肩を震わせて見せた。


「おお、怖い怖い。私はね、臆病なんですよ。安全が保障されてないとまともに話すこともできないんです」


あくまで佐久間は余裕を崩さない。どういうつもりで姿を見せたのか、長野達をどうしてけしかけないのかわからない。少し話を引き出してみるか、とカナタが考えた時。


バン!と伊織が平手で鏡を叩いた。それを見ていた佐久間の視線が伊織の手で止まる。


「ええからこれ読めや。お前宛や……」


そこには、筆圧の弱い震えている字でこう書いてあった。


「パパへ。いつもおしごとごくろうさまです。みかはいつもかんしゃしてます。でもぱぱがつくってくれたくすりがさいきんきかないの。いたい いたくてねむれないし、ごはんもたべたくない。ぱぱがみかのためにおくすりをつくってくれておりのにごめんなさい。がまんしてたんだけど……ぱぱ?おくすりできてなくてもいいからあいたいな。こんどいつかえってこれるかおしえてください。おてつだいさんたちはさいきんあまりきてくれなくなりました」


「お前美香ちゃんのために研究していたんちゃうんかい……うちの会社にいた頃は口癖みたいに言うとったやないか!だからオヤジも金出して研究施設なんて関係ないもん作ったんやろが、なんで放っとんのや。お前が頼んでいた介護の連中は痛いしか言わん美香ちゃんに嫌気がさして来んようになったらしいで。金だけ取ってな……んで?お前は何しとったんや?美香ちゃんが痛みに苦しんで、一人でさみしくて。この手紙よう見てみい、震えとるやろが。お前の仕事邪魔せんとこって耐えきれなくなるまで我慢して我慢して……どうにもならんくなって手紙書いたんや、それでもお前が帰ってこんからウチの事務所に電話かけてきて、そんときにはまともに会話もできとらんやったわ。急いで駆けつけたときはもう……この手紙は玄関は言って一番目立つとこにおいてあったわ。家の中はなんもなかった、人が住んどったって思えんほどにな……なんで帰ったらねん!!」


そう言うと伊織は激しく手を鏡に叩きつけた。強固な防弾ガラスの、その向こうまでこの手紙が届けと言わんばかりに……

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