21-7
……もしかしたら半分眠っていたのかもしれない。カナタの肩にもたれかかって目を閉じている。そんな事がどうしようもないくらい心地いい感覚に思えてくるのだ。
「なあハルカ」
そんな事をつらつらと思っていたら、カナタが急に話しかけてきて現実に引き戻された。……もう、もう少しゆっくりさせなさいよ。心の中でちょっとだけ文句を言う。
「なあに?」
「もし、俺が獅童みたいにどこかで道を間違えて……どうしようもなくなったら……斬ってくれるか?」
何という事を言うのだろうかこの男は。この雰囲気なら、もっと他に言う事があるんじゃなかろうか……一瞬そう考えたが、現実に引き戻された今は、その前にいろんな問題が転がっている事も思い出している。それを考えたら……あながち
ぶっ飛んだ言葉でもないかもしれない。
「いいわよ。もちろん逆の場合もあるって条件よ?」
「ハルカは大丈夫だろう。でも……そうだな。わかったよ」
「ふふ……」
「なんだよ」
「そんなら、カナタが道を間違えないようにずっと監視しとかないといけないかなぁって思った。カナタって方向音痴だからねー」
ハルカが笑いながらそう言うと、一瞬憮然とした顔になったカナタも噴き出すように笑顔になる。
「おっかないなぁ……道間違った瞬間ひっぱたかれそうだな。それと方向音痴は関係ないだろ?否定はできないけどさ」
くだらない言い合いをしていると、高校生の時を思い出す。当時はよく道場で休憩中に下らない話をしては時にエキサイトして立ち合いで決めよう、とヒナタを審判にして打ち合っていたものだ。
ふと、そんな光景が頭をよぎり、ハルカを見るとハルカの目とぶつかった。芯の強さを感じる深い部分に優しさを秘めた目だ。やがて、どちらからともなく、自然にその距離が縮まっていく。
「おお、なんやいいタイミングやないか。ほれ、もっとがっといかんかい」
「その辺に死体が転がってるのがマイナスポイントだなー。私ならぶん殴ってるかもしれないなー」
「わーわー、お兄ちゃんがっばって!」
「………………聞こえないとでも思ってんのかお前ら」
それまでのいい雰囲気が爆散した。ハルカと見つめ合っていた視線を声のほうに向けると、通路の奥の方。曲がり角から見知った顔を出しているのがいる。
「なんや、そこまでいったんなら一気にいかんかい、このヘタレ」
頭の後ろで手を組んで、面白くなさそうに伊織が言う。
「知人や妹の見てる前でラブシーンに及ぶ趣味はないんでな!」
「いや、かなちん。ここは気付かないふりで一気にいったらよかったんだ。」
「いや、声が聞こえてきた時からハルカも笑いをこらえてましたからね?」
カナタがアマネにそう言い返すと、とうとうこらえきれずにハルカが笑い出した。
「わ、わー!ハルカお姉ちゃんがほんとのお姉ちゃんになりそうだったのに!」
そう言うヒナタは顔を赤くしながら両手で目を隠しているが、指の隙間からしっかり目が見えている。まったく隠れていない。
「いや、お前は何を想像してんだ?……ん?」
ふと気づくとヒナタの後方に光が一瞬反射した。あれは……
「…………ゆずさん?」
「…………大丈夫、安全装置はかかってる。特等席で見ていただけ」
「君、安全装置外して撃つのに一秒かからないよね?なんの慰めにもなってないよね、それ。」
「……間違って撃っても威嚇射撃。絶対に当てたりしない。ゆえに大丈夫」
「なんも大丈夫じゃねえ!」
思わず絶叫したカナタをスバルとダイゴが苦笑いで見ている。
「ん?ダイゴ……何かお前、伊織ちゃんとやたら近くないか?まさかお前……」
「そうなんだよ、カナタ聞いてくれよ。こいつら所かまわずさぁ……」
「ふふ……カナタの周りっていっつもこうだよね?」
腹を抱えて、とうとう涙までにじませてハルカが言う。
「まったくだ。№都市の守備隊で多分一番シリアスが続かない部隊だからなうちは」
カナタが憮然と言うと、アマネがバンバンとカナタの肩を叩く。
「なんでも一番ってのはいいもんだぞー。よかったなーかなちん!」
「なんもよくないですよ。てか、かなちんはいい加減やめてって、痛い痛い!アマネ先輩肩が壊れる!」
ケラケラ笑いながらカナタの肩を叩く力を強めるアマネとそれを見て笑う十一番隊。一時状況を忘れ、心の底から笑う事がいい感じに緊張をほぐし、結果いい戦果をあげるのかもしれない。伊織は半ば本気でそう考えていた。
「これは守備隊にお笑い部隊があってもいいか?」
そう呟く伊織の言葉は、周りの笑い声にかき消されていった。
「それじゃ、詩織ちゃんが連れ去られたのか?」
しばし笑い合い、落ち着いたところでそれぞれが得た情報と近況を共有する。その中でも一番の問題は詩織が連れ去られた事だろう。
「おそらくは、佐久間は詩織さんが感染している事を掴んでいるのだと思います。おそらくどんな作用で発症を抑えているのか調べるはずだと。」
「だからすぐに命を奪うようなことはないと?」
カナタが問い返すと、喰代博士は深く頷いた。何の配慮もなく言ってしまえばせっかく手に入れた貴重なサンプルを失うような愚は犯さない。命を奪うとしたら生きているうちにできる実験をすべてやり終えてからだ。と、付け加えた。
「けったくそ悪いな……変なことしとらんやろな」
伊織が片手に拳をパンと打ち付ける。
「それならなるべく急ぐ必要があるな。たぶん外からも松柴さん達が攻めているだろう、だから内部が手薄なんだと思う。ほんとなら、もっとうじゃうじゃ感染者が出てきてもおかしくないはずだ」
カナタのいう事に皆頷く。特にスバルやダイゴは外の駐車場に百は下らない数の感染者を目撃している。あれを中に引き寄せることなど、マザーの力を使えるなら簡単だろう。それをしないという事はほかに対処しているからに他ならないというわけだ。
「これまで倒してきたマザークラスの感染者は、ヒナタと関りがあった克也と言う男、俺たちが倒した獅童。これらは倒している。そして少なくともあと三体。獅童の上司の長野、夏芽という女、それから烏間。こいつらはマザーと同等の戦力を有していると思っていい。ただ、俺たちも強くなってる。俺とハルカで獅童を打ち倒すことができたし、とどめは手伝ったが克也と対峙した時もヒナタたちが追い詰めるところまでいってる。武器さえあれば倒していただろう。
「烏間はわたしがやる。悪いけどこれはゆずれないぞー」
アマネが表情のない顔で言った。苦笑いしながら手伝いはさせてくださいよ?とカナタが言うと拒絶はされなかったので、メインで戦ってもらうようにすればいいだろう。
「あとは、特に思うところがないなら、行き当たりばったりでいこう。誰がどこにいて誰とかちあうかわかんないからさ」
烏間に関してはアマネが戦う事はゆずらないだろう。
「そうなると、今度はばらけない方がいいんじゃない?」
ヒナタがそんな意見を出した。こういう場でヒナタみたいな年若い者が意見を出せる環境と言うのは大事だと思う。言われたとおりにしかやれない奴にはなってほしくないと思っているカナタが極力そうなるようにしているのだ。半面、そのせいでシリアスが続かないと言った副反応があるのだが、それは誰も口にしない。そのほうが面白いからだ。
「そうだな、なるべく一丸となって動こう」
カナタがそう言うと、伊織も同意の声を上げる。
「ウチも賛成や。詩織に続いて喰代さんも相手の手に落ちようもんなら、最悪ここ捨ててとんずらこく可能性もあるってウチは思う。佐久間って男がこれだけ攻められてるのに、逃げないのは自分が作り上げた感染者がどれだけやれるのか実践データがとれるからや。あいつは徹頭徹尾研究の事しか頭にない。損とか得とかも考えてへん。それでも詩織と喰代さんっていう自分と別の視点の研究者を手に入れたらなんもかんも捨てて二人とデータだけ持ってとんずらもありえるで」
真剣な顔で伊織が言う。そしてそれはいろんな想定の中で最悪に近い結末だ。絶対に避けないといけない。
「じゃあ、喰代博士をカバーするのを基本方針で動こう」
そう締めたカナタの言葉に全員が頷き、ダイゴがこじ開けた隠し通路の扉があった場所を抜ける。この研究所の広さから見て、佐久間がいる部屋はもうそんなに遠くないはずだ。
歩き始めると同時にそれぞれの武器を握る手に力がこもる。最後が近い事を肌で感じながら……
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