21-6
№3から来たという女、夏芽はうまい事動いて一緒にいたグループからハルカだけを自分の手の届くところへ引き離してくれた。根が真面目なハルカをうまく自分のほうに引き込むのはそう難しいことではなかった。
しかし、カナタがいろいろと動きその目論見をつぶしてくれた。あげくにあろう事か自分に傷をつけたのだ。この時から獅童はカナタに対して手段を選ぶのをやめた。結果的にそれは自分の足元をすくう事になるのだが、獅童の中ではそれもこれもみなカナタが悪いという事になっている。
ハルカも薄々感ずいていたが、カナタとの間に誤解があった事と、表向きは人望もあり六番隊の隊長と言う立場もある獅童に面と向かって歯向かうような事が言い出しづらく従っていたに過ぎない。
そしてそんな獅童の口からそもそもの事を聞いて、ハルカの中で決定的な何かが切れた感覚があった。
うつむいたまま、異様な気迫を放っているハルカに一瞬足を止めてしまった獅童だったが、そもそもハルカが自分に心から敵対するわけがなく、邪魔者さえいなければ自分の元に戻るという意味の分からない自信を持っている獅童は、ハルカの存在を一旦除外しすべての原因たるカナタに向かって構えた支給刀で斬り付けた。
ギャイィン……
鉄と鉄のぶつかる音。カナタも獅童の刀を受けるべく、構えていたがカナタの持つ刀まで獅童の攻撃が届くことはなかった。
獅童がカナタに向かって振りぬいた刀の通る過程、横合いから刀を通すことのできるわずかな隙間をハルカの刀が抜けていき、獅童の刀の腹の部分を打ち、そして断ち切った。
日本刀の腹の部分は比較的弱い部分で、さらに支給刀は鍛造ではない。ハルカの刀は質の良い玉鋼があった時代に鍛え抜かれた鍛造と思われるので、単純な軍配はハルカの刀にあがるだろう。
そうであっても、一撃で鉄の塊である刀を同じ刀で斬るという事は並大抵の技術ではできない。大昔の逸話に殿様に献上しようとした刀の切れ味を見せるのに、石灯籠ごと曲者を断ち切ったというものもあるが、そんな事はそうやすやすとできる事ではないのだ。
しかし、極限まで研ぎ澄まされたハルカの集中が細い道筋を通り、振りぬく途中の獅童の刀を捉え、剰え断ち切ってしまった。
来れにはさすがの獅童も、迎え撃つカナタでさえ気を取られて一瞬の空白ができた。その空白はハルカが振り抜いた刀を引き戻し、獅童の首を飛ばすのに十分な間であった。
キン! きぃ……
固い物を絶つ音が響き、ごろりと転がった獅童の首には醜く肥大化した感染体が肉眼でも確認できる大きさまで成長していた。大きく育った感染体は延髄どころか小脳のあたりまで浸食している。しかし、その肥大化が仇となり今回はハルカに真っ二つにされてしまったわけだが……
ごろりと転がった獅童の首はしばらく転がると、ハルカを見据えるように止まった。
「こ、の……ぼくの、くび、をき……るなんて……だいそれた、まっまねを……」
この期に及んでさらに世迷言を吐きそうな雰囲気だったので、つかつかと歩み寄ったカナタが脳天から串刺しにした。ぐべっと声にならない声を上げ、両目がそれぞれ反対側まで寄ると、下を出したまま獅童の頭はようやく沈黙した。
念のためか、体の方もハルカが何か所か軽く斬り付けていたが、反応がないところをみると完全に倒したと言っていいだろう。
「……はあっ、はあはあ……」
それを確認すると、溜まっていた空気を吐く出すように息を吐きだしたハルカがふらふらと壁際まで歩くと背中を壁につけて、ずるずると滑りおちた。
「ハルカ!」
その様子を見たカナタが駆け寄ったが、ハルカは力のない笑みを浮かべて大丈夫と言う。
そんなハルカを見て、無理していると判断したカナタは何も言わずハルカの隣に腰かけた。
「カナタ?」
「疲れたな」
「え?」
「いや、疲れたよな。なんだかんだ獅童とは№4に来てからずっとの因縁だったしな。ハルカは一時期とはいえ、共に戦ったりしたんだ、疲れてないはずないだろ?」
カナタがわざと明るくそう言うと、ハルカは少し目を伏せて「そうだね……」と消え入りそうな声で返した。
「獅童の事は……俺は大嫌いだったけどさ、でも人を集めて従える力はあった。そこは俺はあまり得意じゃないか素直に尊敬できるよ。でも、どこかで何かが掛け違えちゃったんだろうな。少なくとも嫌な奴だったけど、№4を守るって気持ちはちゃんと見えてた。……こんな事する奴じゃなかった、と思う」
「そうだね……私が知ってる獅童隊長もそんな感じだったよ。昔から女の子に甘いのと自信過剰なのは私も嫌いだった」
そう言うと少しだけ笑い合う。いくら嫌な奴でも困難の中を共に生き抜いて生きた仲間であることには違いなかった。お互い相容れはしなかっただろうけど、この手でとどめを刺してしまった事が心に重い影を落としこんでいるのだ。
「ハルカ……獅童にとどめを刺したのは俺だ。俺が刺すまで何か言ってたろ。まだ生きていたんだよ」
「なあに?……手柄を奪うつもり?」
ハルカがカナタの気持ちを分かった上でそう言った。その証拠に笑いながら言っている。
「手柄なんていらないよ。ただ獅童にとどめを刺したのは俺だって事実だけあればそれでいい」
真正面を向いたまま、カナタはそう言った。ややぶっきらぼうなのは照れているのだろう。ハルカもカナタとの付き合いは長い。それくらいは手に取るようにわかる。
性格上、甘えるのが苦手なハルカはいつもならそんな事は認めないだろう。せいぜい譲って罪を半分ずつ背負う程度までだ。これまでなら……
ハルカがちらりとカナタの顔を見ると、何も言わずこてんと頭の力を抜いた。すなわちカナタの肩にもたれた。
びくんとカナタの肩が跳ねたが、今は不問にしておいてやろう。とハルカは心の中で思った。
しばしの間、無言の時が流れる。周りははげしい戦いであちらこちらに刀傷がついているし、なんならお互いの血も飛び散っている。ほんのすぐそこには獅童の物言わぬむくろが転がっているし、限界まで体を酷使して汗をかいているのできっとひどく汗臭いだろう。
とても甘い空間とはいいがたい雰囲気ではあるが、なんだかそれすらも今の私たちっぽいのかなとハルカは思い始めている。日本刀を振り回してゾンビみたいなやつらと戦って、血みどろの生活を送っている。ほんの数年前にはこんな将来が待っているとはほんのひとかけらの可能性もあるとは思った事もなかった。せいぜいネットでたまに呼んでいたライトノベルの中の世界で味わうくらいだった。そう考えれば、今の日本は異世界であるといっても言い過ぎではないだろう。
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